小説 | ナノ

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【繋がる心】逆トリップ六日目


うっすらと朝の光が射し込む。
暗い部屋に少しずつ光が灯り、あっという間に広がっていく。

それはまるで俺が急速に彼女に惹かれていったように。
隣で幸せそうに眠っている彼女の表情が徐々に見えてくる。
その無垢な表情は俺の感情を優しく揺さぶる。

無意識に手が動いていた。

彼女の頬をそっと撫でると、心に温かい想いが溢れてくる。


…愛しい。


萌が愛しい。


彼女に惹かれていたのは事実だ。
ただ…その想いを誤魔化しながら、抑えていただけ。

だから、だからこそ。
昨夜の事を思い出すと、自分を責めずにはいられない。

…どうして口づけをしてしまったのか。
…どうして突き放せないのか。

頭と心は裏腹。

心は求め…身体は欲している。

彼女一人を。



頬に手を添えたまま顔を近付けると、彼女の香りに包まれる。


「…俺は…。
俺は…どうしたらいい?」


安らかな顔に問いかける。


なぁ…。
…萌。


愛している。


心が締め付けられ苦しい程。
心が喜びで溢れ出す程。


心の中で何度も『愛している』と言葉を紡ぐと、胸にある不安が取り除かれるようだ。


吸い寄せられるように重ねた唇。
そっと触れるだけの口づけ。


彼女の柔らかな唇の感触が伝わるのと同時に気持ちがどんどん満たされていく。


解っている。
俺達は離れる運命。


だが、今だけは…。
お前が目を覚ますまで…。


心のまま、お前を求めたい。


これが…最期。
これ以上、求めはしないから。


俺は萌の柔らかな髪に顔を埋め、眠っている彼女を両手で包み込んだ。


今この時だけ、体が…心がひとつに交わるように…。


***


「ん…」


朝の光を瞼に感じて瞳を開けると身体にあたたかい温もりを感じた。
意識が覚醒するのと同時にふわりと彼の香りが漂う。
まるで幸せな夢のように心地いい。
彼の存在は現実と夢の狭間。
辛い現実と幸せな夢の。

香水なんてつけていないはずなのに彼からはとてもいい香りがする。
前にテレビの番組で相性の良い異性からはとても魅力的な香りがすると聞いたことがあったことをふと思い出す。
彼と相性が良いのならとても嬉しい。
香りに引き寄せられるように、少し彼の胸元に頭を寄せると低い声が頭の上から聴こえた。


「…起きたのか?」

「……」


思わず返答につまる。
起きたなんて言ってしまったらこの幸せな時間が終わってしまうではないか。
只でさえ今の状態は清正の優しさに甘えた私のわがままみたいなものなのに。

私は彼の胸元の浴衣をぎゅっと掴んだ。

暫く無言の時が過ぎる。

きっと、彼は今困った表情をしているだろう。
優しい人。
だから、私の甘えを突き放すこともきっと出来ない。


男の人にすがり付くなんて格好悪い女のする事だと思っていた。
男の人に甘えることなんて、自分には出来ないと思っていた。
先のみえない恋愛なんて、無意味だと思っていた。


だけど…。


彼と出逢って…恋をして、全てが覆されてしまった。


私の知らない私の一部が見えてくる。
彼と一緒にいると…。


それはとても不思議な感覚。
嬉しいようで…同時に怖くもある。


恋は盲目とはよく言ったものだ。
私の今の状態は正にそれに重なる。
『愛している』と只言うことは簡単。
彼の事を考えずに私の気持ちを押し付けることも簡単。
だけど、私は子供じゃない。
だから、全てに見ないふりをして彼に寄り添うことも出来ない。


これが最期。
今が最期。


そう心に何回も言い聞かせて離れようとするけど、なかなか離れられない。


「…萌」


少し戸惑ったように彼が私の名前を呼ぶ。


解ってる。
解ってるよ。


好きな人だからこそ相手の事を考えなきゃいけないのにね。
解ってる。
これが最期…大好きな人の温もりを感じれる幸せな時間。


もう満足できたよね?
もう…大丈夫だよね?
ちゃんと離れられるよね?
ちゃんと諦められるよね?


そう言い聞かせながら私はぎゅっと目を瞑り、ガバッと身体を起こした。


「よーし、おはよう!
朝ごはん食べに行こう!」


両手を挙げて絶叫する私を見て、暫く呆気にとられていた清正が身体を起こして大笑いした。


「はっ…ははっ!」


『本当にお前は飯が好きだな』なんて半分涙目で笑っている清正に失礼だな…と思いながらも、私が好きなのは貴方なんだよ、という言葉を心にグッと飲み込んだ。


「清正、笑いすぎ」

「ふっ、すまん」


口元にまだ笑いの余韻を残した彼が私を見て微笑む。


愛しいから。
大好きだから。


だからこそ、この先、彼に想いを打ち明けることは決してない。
彼がもとの世界に帰る…その時が来たら、笑顔で別れよう。
だから、共に過ごすことの出来る今だけはこの笑顔を見ていたい。

それぐらい…いいよね?
許されるよね。


「早くご飯食べに行こうよ。お腹空いちゃった」

「わかった。わかった」


清正の大きな背を両手で押しながら、私達は朝食が用意されている会場へ向かった。

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