小説 | ナノ

14/





「あ〜、いい温泉だった」


随分ゆっくり温泉を堪能してしまったので、 かなり時間が過ぎた。


清正はもう部屋に戻ってるかな…。


一緒に部屋を出たのだが、私の方がきっと部屋に帰るのが遅いだろうと思い、清正に部屋の鍵を渡していたのだ。


ちゃんと部屋の鍵を開けれたかどうか少し不安。
一応教えたつもりだが…。


流行る気持ちを抑え、いそいそと部屋に戻る。


扉の前にたどり着いてドアノブを回すとゆっくりと扉が開いた。
良かった。
鍵は開けれたようだ。


「清正〜、遅くなってごめんね…つい…!」


履いていたスリッパを脱ぎながら、部屋の中にあるもうひとつの引き戸を開けると、清正は部屋の真ん中に配置されてある机の前に胡座をかいて座っていた。


浴衣を羽織って、綺麗に背筋を正して座っている彼の佇まいが何とも凛々しく、思わず見とれてしまう。


「気にするな。
…いい湯だったな」


そう言って、ふっと微笑む彼に私の鼓動が高く波打つ。


「…」

「萌?」


清正は彼に見惚れたまま動けなくなっている私を不思議そうな顔で見つめている。


その様子にはっと我にかえる。


まずい!
変な風に思われちゃう!


「あ〜!
ごめん、ごめん。
長湯し過ぎてのぼせたかな〜…」

「気を付けろよ?
温泉で倒れるなんざ、目も当てられないぞ」

「だね〜、あはは…」


何とか誤魔化しながら、机の前に座っている清正の正面に座りながら、何の気なしに彼に視線を合わせると苦笑している顔がみえた。
それと同時に浴衣姿が再度視界にはいる。


改めて見ても様になっていてとても格好いい。
湯上がりのためか紅潮している顔に胸元が少しはだけ、彼の逞しい胸板がチラリと見えている。


…い、色っぽい…。
かなり色っぽい。


このまま、彼に抱かれたらどうなるんだろ…。
まさかのまさかでそういう状況になったら………。

…………。

いやいや、何を考えてるの!
男の人に欲情してどうするの!


「お前…大丈夫か?」


破廉恥な妄想を一生懸命掻き消そうと頭を振る私を見て、本気で心配そうな表情をしている清正。


「…。
大丈夫…」


だって好きな人とこんなシチュエーションなんだもん。
意識しない方が難しいよ。
清正は全然平気そうだけど…。
はぁ…私の理性もつかな。


未だ早まる心臓の音を感じながら私は清正に気付かれないように少し溜め息をついた。


***


畳に寝転ぶと元の世界を思い出した。
すぐ側に萌の笑顔が見えてとても安心する。
これが元の世界だったら…
そう思った。

思わず口付けをしようとした自分に正直驚いた。
今までもこんなことがあったが、彼女の前では自制心が効かない。
俺は元の世界に戻らなければいけない。
彼女とは運命が交わることはない。
どう足掻いても。

そう、何度も言い聞かせているのに。
なぜこんなに…、なぜこんなに惹かれるのだろう。

彼女に惹かれてはいけない。
距離を置かなくては…。
別れが辛くなるだけだ。

そう考えを決めている矢先に俺の目の前で頬を桃色に染めて、愉しそうに酒を煽り続ける女がいる。


「…飲み過ぎだぞ」

「飲んでませ−ん」

「酔ってるだろ?」

「酔ってないでーす」


いや、酔ってるだろ。

誰かどうにかしてくれ。
彼女が動く度に着ている浴衣から白い柔らかそうな肌がチラチラと見える。
酔っているのかそれを隠すこともしない。
俺も男だ。
余りにも無防備な姿に気が気ではない。
意識する度に言い様のない胸の高鳴りに襲われる。

夕げが部屋に運ばれ、始めの頃は美味しく食事を楽しんでいた。
しかし、食後に布団を敷かれた時から萌の様子がおかしくなった。
確かに男と女が隣で寝るのに抵抗があるのかもしれないが、しかし彼女の部屋で毎日寝食を共にしているのだ。
今更…。
と、思えたりもする。
それが原因なのかとは考えにくい。

挙動不審なだけならまだ良かった。
突然荷物から日本酒をとりだし、飲み出したのだ。
俺も付き合ってはいたが、彼女の方は二、三杯辺りから酔いが回ったようで、今こんな状態になってしまっている。
冷酒で飲んでいるのだ。
酔いが早く回って当然だ。


不意に萌が机から離れ、布団に寝転んだ。


「天井がふわんふわんしてる〜!
面白い〜」


布団に寝転んで乱れた浴衣もなおさず脚と手を投げ出して、けらけらと笑っている。


その姿にまた胸が早鐘を打つ。


こいつは俺を男だと思っているのか…?
意識してるのは俺だけか?


苛苛した。


「面白くない」

「ねぇ、清正は寝ないの? 」

「寝ない」

「何で怒ってるの?」

「怒っていない」

「怒ってるじゃん。
変なの!
私、もう寝るから!」


視線を合わさず返事をしていることを怒っていると思ったらしい。
怒っているのではなく、苛苛したのだ。


俺はこんなに…。
こんなに彼女に心を惑わされているのに。
当の本人は全く気にしていない様子なのだから。


暫く無言で拗ねて背中を向けていた萌がゆっくりと俺に向き直った。


「おやすみ、清正…」

「…ッ…!」


彼女がふわりと微笑む。
そしてすやすやと寝息をたてて眠り出した。
俺に向かって微笑んだ顔とあどけない寝顔に心の中を掻きむしられるような激しい焦燥を感じた。


胸が…。
胸が苦しい。


「俺は…。
俺は萌を…」


言葉の続きを発することが出来ず、俺は目の前の酒をグッと煽った。


***

不意に目が覚めた。
薄暗い部屋にぼんやりと月明かりが差している

頭痛い。

まだ少し酔いがまわっているようだ。
さすがに飲み過ぎたかな…。
だってお布団敷いてくれた仲居さん、二つの布団を凄く引っ付けて敷くんだもん…。
多分恋人か夫婦だと思って気を聞かせてくれたんだろうけど…飲まなきゃ恥ずかしすぎて隣で眠れないよ。


寝転んだまま辺りを見渡すと、窓の近くの椅子に腰掛けている清正がみえた。


まだ起きてるの?


私の視線に気づくことなく、日本酒を飲んでいる。


その表情はどこか寂しそうで悲しそうで…。
胸を締め付けられるような切なさを感じながら、彼を抱き締めたい衝動にかられた。


この先どうなるとかそんなことどうでもいい。
とにかく彼に触れたい。


その思いに突き動かされ、身体をゆっくり起こし、私は清正の傍に近寄った。


「起きたのか?」


そう言って、少し微笑む清正の顔を私の胸元にふわりと引き寄せた。


「…何してる」

「…」

「…離してくれ」

「イヤ」

「お前に…甘えてしまう…」

「甘えていいよ…?」


私は身体を少し離して、正面から清正の瞳を見つめて話した。


「萌…」


彼は切なげに私の名を呼んだあと、私の両頬に手をあてた。
そしてお互いに引き寄せられるようにゆっくりと唇が重なった。


キスにドキドキするとかそんな感じではなかった。
ただもっとキスしてほしい。
もっと彼に触れてほしい。
今までセーブをかけて閉じ込めていた想いが溢れるように私は彼を求めた。
私の想いに答えてくれるかのように彼も同じように求め返してくれる。
貪欲にお互いの温もりを確かめ合うかのように、キスはより深く激しくなっていった。

そして、不意に清正の唇がゆっくり離れた。
彼の行為に満たされ続けていた私の心が急に寂しくなる。


「……清正?」


もっとしていたい。
その思いで彼を見つめると、私の身体をゆっくり持ち上げ、布団の上にそっと降ろした。


「…萌」

「あっ!んんっ…」


もう一度私の名を呼んだ清正が首筋を強く吸った。
全身に感じる甘い痺れに思わず声がもれる。
甘いキスがゆっくりと首筋から下に移動していく。
確信に向かっていく行為に心を添わせていると、彼の動きが急にピタリと止まった。


不思議に思って彼を見ると、困惑した表情で私を見つめていた。


「……?」

「すまない…。
俺は…。
俺はお前を抱くことは出来ない…」


…ああ。
そうだった。
この人はとても責任感の強い真面目な人だった。
彼には元の世界でやるべきことがある。
一時の感情で私を抱くこともきっとこの人には出来ない。
この優しい瞳も甘いキスも逞しい身体も。
私に独占することは出来ない。
どんなに好きになっても…
愛しても。


「……。
わかってる。
私達は住む世界が違うんだもんね?」

「……」

「だけど…。
今だけ。
今日だけ私を抱き締めて…?
お願い…」


なるべく笑顔で話したつもりだったけれど、きっと上手く笑えていないだろう。
そんな私の想いを悟ってくれたのか、清正はその日の夜私を一晩中抱き締めて眠ってくれた。


私のわがままだとはわかっている。
彼を求めてはいけない。
離れるときにお互い辛くなるから。
私はこれ以上深く彼に踏み込めない。


だけど、好きなの。
清正が好きなの。

だから今日は、今日だけは許して…。
あなたに触れることを。
あなたに抱き締められることを。


私は彼の胸の温もりの中で一時の幸福を感じながら、眠りについた。

prev / next
[ ]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -