08/
「だっだいまぁ〜」
大分酔って部屋に帰った萌はそのままソファーに寝転んだ。
「おいおい」
自分の世界ではあり得ないような彼女の行動に少し苦笑いを浮かべてしまう。
けれど、彼女のこういう行動は嫌いではない。
突拍子もなく驚くことも多いが何故か気になってしまう。
「ぁ〜飲んだ〜!
幸せ…。
このまま寝そう」
「せめて、風呂に入れ」
「ん〜、じゃ抱っこしてお風呂場に連れていって?」
萌はそう言って、寝転んだ体勢のまま俺に両手を差し出した。
まさか、俺に風呂場まで運べということか?
男に風呂場に連れていけなどと、こいつは一体何を考えているんだ。
「…自分で起きろ!」
「だって頭フワフワするし。
足はフラフラするし〜、このまま寝る。
お休み〜」
そう言ってソファーの上で目を閉じる彼女に呆れつつも、そのまま放ってもおけず、折れてしまう俺。
「…しょうがない奴だな」
俺は萌をひょいっと抱え上げた。
自分が言った癖に本当に抱えられるとは思っていなかったのか、彼女の目が少し見開いた。
その後少し微笑んで、俺の首に手を回して、自身の顔をぴたりとくっ付けた。
「萌…!」
俺の腕の中にすっぽりと入る彼女の小ささと、突然近づいた彼女の香りに胸が高鳴っていく。
「清正は格好良くて、凄く優しい。
…私、清正と一緒にいると凄く幸せな気持ちになるの…」
「……萌…」
大分酔っているのだろうが、ふにゃりと無邪気な笑顔を見せる萌を素直に可愛いと思った。
俺は無意識のうちに彼女に近づいていた。
そして、ゆっくりと二人の距離が更に近付く寸前で異質な音がけたたましく鳴り響いた。
「!?」
「あ〜電話だ。
清正、降ろして?」
異質な音に驚いたが、彼女はその音に思い当たるふしがあるようで、俺はゆっくりと萌を降ろした。
同時に自分が何をしようとしたかを思い出して、戸惑っていた。
…俺は今萌に何をしようとした…?
無防備に笑う彼女がとても愛しく思え、思わず口付けをしようとしていた。
有り得ないことだ。
彼女の存在は怖い。
自分の男としての自制が効かなくなる。
距離をとらなくては。
俺は今一度心に言い聞かせた。
***
「はいはい、舞?
どした?」
電話の主は私の会社の同期の舞だった。
彼女は私と同い年でもあり、さばさばとした裏表のない性格をしているため、あまり気を使うこともなく接することの出来る貴重な友人だった。
『休暇楽しんでる?』
「仕事お疲れ様!
楽しんでますよ〜」
『あんた!酔ってんの!?
振られたからってヤケになってんじゃないでしょうね?』
おや?
可笑しい…と思った。
私は振られたことを彼女に話してない筈だ。
だとしたら話を廻した人物は一人しか考えられない。
何となく予想はついたが、一応確認してみる。
「……何で知ってるの?」
『君の元彼、会社で言いふらしてますけど?』
…やはり。
「やっぱり…だけど、
もういいのさ」
『何、落ち込んでないじゃん?
まぁ、あんたが落ち込んでなきゃいいんだけどさ。
ところで誰と飲んでたの!?
まさか……男!?』
「うーん、そうだけど」
『えーっ!?もう彼氏できたの!?』
「友達…みたいなもんかな」
清正の事をどう説明していいのか解らない。
友達でも家族でもない。
だけど一緒に暮らしてて今、急激に彼に惹かれている。
曖昧な返答をする私にさも面白くなさそうに言葉を続ける私の友人。
『あぁ、そう。
つまんない〜。
ところでさ、明日飲み会するんだけど、来ない?
あんたちょうど別れてるんだし!
イケメン多数よ!』
「うーん、明日?」
『何?予定あり?
その男友達と遊ぶの?』
「そういうわけじゃないんだけど…」
『何、もう面倒くさいな〜!
もう決まり!
明日夜の7時にね!!
詳細はメールする!
バイバイ〜』
ーーープッッ
「言いたい事だけ言って切ったな…」
ふと振り返ると、不思議な顔で自分を見つめている清正と目が合った。
「あ!
これ、遠くにいる人と話せる機械なの。
さっきのは私の友達」
「一体誰と話しているのかと思った…。
明日どこかに行くのか?」
「う…うん。
どうしようかな…」
「俺に気を使うな」
「…なんて言うか明日の飲み会は、男の人と女の人の出会いの場みたいな感じなの。
そこから出会って結婚してる人もいるし…」
「………」
「清正?」
「…いいんじゃないか?
お前、男と別れたばかりなんだろ?」
「…そうだけど。
でも…」
今、私はあまり飲み会に行く気がしない。
それは清正のことが気になるから。
こんな想いを抱いていてもどうにもならないことはわかっているが、こんな状態で他の男の人に興味を持つことも難しい。
「行けよ」
清正はその事について何も思っていないように普通に話した。
そう言われるのは当然だ。
清正とは一緒に暮らしているだけで、別に付き合っているわけでもない。
何より、他の世界の人物だ。
彼には元の世界に帰ることが一番であって、私のことなんて感謝はしているだろうが、恋愛感情なんて微塵もないだろう。
わかってはいる。
わかってはいるが、自分は何を期待したのだろう。
行くな…とでも言ってほしかったのか。
バカだな、私。
好きになりそうじゃなくて、もう好きになってるじゃない…。
現実世界の人じゃないのに…。
「……そうだね。
行こうかな。
彼氏つくるいい機会かもね…」
私は清正と視線を合わせずポツリとそう呟いて、お風呂場に向かった。
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