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 ファミリーネーム一族といえば、その界隈では有名な魔術師の家系だ。元々ファミリーネームは“魔術師”という超常能力を発現させる前はドイツの大地主として有名な一族であり、魔術師となってからもその財力に変わりはない。
 何もしなくとも金が入ってくる暇な人生に飽きた当時ハイスクールを卒業したての若造だったナマエの父親は、副業として“ヒーロー”を始めた。アメリカを筆頭にヒーロー社会となった世の中で、ドイツでもヒーローの需要は高く、加えて彼の超常能力と一族の知名度により一気に人気ヒーローの仲間入りを果たした。
 それからなんやかんやあってドイツに留学中だった日本人女性と恋に落ちそのまま結婚。二人の結婚に一族は最初こそ反対したが彼の持つ土地の所有権の半数以上を譲渡する条件で結婚が成立。
 程なくして彼はヒーローを引退し妻の故郷である日本の土地に購入。自宅の隣にサーヴァント専用の別宅を移築したのはナマエが齢歳になる頃であった。
 ナマエの父親は現在、元ドイツのヒーローという肩書きで、テレビでヒーロー関連番組のコメンテーター兼タレントとして活躍中だ。関連する書籍も多数出している。

 ナマエの母親は公務員の両親に育てられた普通の女性だ。料理は苦手だが掃除は得意。愛妻家の夫を射止めたその幸運値はA+以上だろう。大らかな性格は最早楽天家の域であるがその芯の強さはサーヴァントたちを折れさせるほど。現在は予てからの夢であった小児科の非常勤医師を勤める。

 と、ここまで正直聞き流しても支障のない内容のナマエの両親についてを語ったが、とどのつまりナマエの父親はその家柄と元ヒーローという経歴により社交界でも顔が広い。
 今回はナマエが十歳の頃、彼女の父親が開いたホームパーティーでの話である。


 その日はナマエの両親が主催ということで各界の名家、芸能関係者、果ては医者やヒーローに至るまで。兎に角沢山の著名人がパーティーに参加していた。勿論あのオールマイトも参加している。
 普段は家族と使用人だけで少し寂しく感じる本宅の大広間も、今は人で溢れている。親馬鹿な両親に引っ張り出されたナマエはパーティーの開始の挨拶と共に始まった父親の家族紹介という名の娘自慢に辟易とし今は壁際に置かれた椅子に避難している。霊体化している天草も隣で、騒がしい程に盛り上がっているパーティーをぼんやりと眺めていた。

「あ、あの!」

 絵に描いたような暇人であるナマエに声をかけたのはナマエと同じ年頃の女の子だった。ポニーテールを揺らしながら畏まった様子でナマエに話しかける少女に、ナマエは椅子から降りて対応する。

「初めまして」
「は、初めまして! あの、わたくし……」
「八百万さんのところの娘さん、よね?」
「はい! ごぞんじで……?」
「ええ」

 八百万家は父親同士の気が合うらしく何度かパーティーに招待して顔を覚えていて、その夫婦が今日初めて小さな女の子を連れてきたのだ。十中八九娘だろうと踏んでそう言ったのだが、やはり正解だった。

「八百万百といいます!」
「私はナマエ・ファミリーネームです。堅苦しいのは苦手だからナマエって呼んでね」
「はい! わたくしのこともぜひ百と!」
「よろしくね、百」
「こちらこそよろしくお願いしますわ」

 仲良くなれたのが余程嬉しかったのか先程までの強張った体から緊張は無くなり満面の笑みを浮かべている百に、ナマエも優しく微笑む。
 折角なのだからこんな騒がしいところではなく別宅へ行かないかとナマエが提案すると百もぜひと目を輝かせた。
 彼女の親御が心配しないよう近くにいた使用人の一人に八百万家の息女を連れて別宅で遊ぶ旨を伝え、彼女の手を取って騒がしいパーティー会場を後にした。外は夏特有の生温い風が吹いていて彼女らの肌を撫でる。

「……時貞、もういいよ」
「では……」
「?……! どなたですの!?」

 辺りに自分たち以外誰もいないことを確認し天草の霊体化を解くよう言えばいつものカソックに赤い外套を纏った天草が姿を見せる。
 突如姿を表した天草に百は瞠目する。至極当たり前の反応である。

「私の“個性”の一部、って言えばいいのかな。簡単に言っちゃえば英霊っていう偉人とかの霊を召喚することが出来るの」
「天草四郎時貞といいます」

 未だ目をぱちくりさせる彼女の目線に合わせるよう膝を付き、人当たりの良い笑みを浮かべる天草。
 流石は八百万家の息女といったところで、詳細をはっきりと答えられはしないが幼い彼女でも彼の名は聞いたことがあった。
 
「ナマエさんはすごい“個性”をお持ちですのね! わたくし八百万百といいます。よろしくお願いしますわ」
「これはご丁寧に、こちらこそよろしくお願いします。さぁ、立ち話もなんですし別宅へどうぞ」

 それほど距離のない別宅までの道程をエスコートする天草の少し後ろを素直に付いていく二人。
 別宅にはナマエが召喚し契約した英霊ことサーヴァントらとマスターであるナマエが生活しているのだと、興味深く天草を観察する百に説明してやる。
 別宅は本宅よりは小さいが数人のサーヴァントがナマエを護りながら生活するには十分な広さだ。

「あの、ナマエさん……」
「どうしたの? 百」
「あれは……」
 
 百が視線を少しずらした先に緑の茂るスペースを見つけて駆け寄る。別宅の玄関スロープから伸びた道の先にはファミリーネーム家の広い土地には似つかわしく小ぢんまりとした畑が存在していた。
 小ぢんまりと言っても家庭菜園としてはそれなりに大きく、手入れが行き届いているのか雑草もほとんど無く豊かな実りをつけている。知識や景色としての畑を見たことはあったがこうして間近でその様子を観察するのは初めてであった百。彼女の知的好奇心を燻るのには十二分であった。

「ただの家庭菜園よ?」
「わたくし育てているところを直に見るのは初めてですのっ。少し見学しても?」
「どうぞ」
「ありがとうございます! トマトにおナスにきゅうりにイチゴ、ズッキーニまでありますわっ」
「私が趣味で育ててるの」
「まぁっ。自分でお野菜を育てるなんて素敵ですわ! わたくしはお花くらいしか育てたことがなくって……」
「花を育てるのも野菜を育てるのも同じようなものだよ。手塩にかければそれだけ植物も応えてくれる」

 それは、×回目の人生での細やかな趣味であった。
 一応社会人として経済的に家計を支えていたとはいえ料理等の家事は義弟に任せきりだった為せめてこれくらいはと始めたのがきっかけだ。ちまちまと雑草を抜いたり、出てきた芽を間引いたりと手間暇をかけるうちに気が付けばすっかりハマっていたのだ。
 今の家の菜園は彼女の記憶にあるものより規模が少々大きくなってしまったので時折手の空いているサーヴァントや使用人らに手を貸してもらっているが。

「そうだっ。何か食べる?」
「い、いいんですの?」
「大丈夫、どれも食べ頃よ」
「そうではなくて……じゃあお言葉に甘えて、頂きますわ」

 ナマエが赤く熟れたトマトを二つもぎ取ると水撒き用の蛇口を捻って水でさっと洗う。それから片方を百へ手渡し残った方をその場でかぶりついて見せた。
 使用人に見られでもしたらはしたないと咎められる行為だが今は誰も見ていない。またも好奇心が疼いた百は、彼女に倣って小さい口を開けてトマトにかぶりついた。もぎたてのそれは太陽の光を浴びて蓄えた甘さを百の口の中でじわりと広げる。生まれて初めての野生的な食べ方も相まって今まで食べたどんなトマトよりも美味しいと感じた。

「あまいですわ! ナマエさんはお野菜を育てるのがお上手なのですね!」
「ふふっ。ありがとう」



 トマトを食べ終えようやく別宅内のナマエの私室へ案内された百は、天草が用意したジュースを飲みながらナマエと様々な話をした。
 将来はヒーローになって平和の為に貢献したいと、この世界の子供定番の夢を語る百。

「そのために“個性”の特訓もしていますの!」
「へぇ。百はどんな“個性”なの?」
「わたくしの“個性”はこれですわ!」
「おおっ……!」

 ぽこりと百の掌から出てきたマトリョーシカ人形に、ナマエの魔術師然とした探究心が疼くのか隅々まで触り形や強度を確かめたり挙げ句匂いを嗅いだりと、百が恥ずかしがり天草が止めに入るまで丹念にマトリョーシカを観察していた。

「ごめんごめん、珍しい“個性”だったからつい。“これ”は消えたりしないの?」
「えっと……これはわたくしの中の栄養を使っているので消えませんわ」
「消えないなんてすごいのね!」
「?」
「私もね、似たようなことは出来るんだけど……」

 そう言ってナマエは投影魔術グラデーション・エアで百の造ったマトリョーシカ人形とそっくり同じものを作り出した。
 何もない所から現れたそれに百は目を丸くして感嘆する。英霊を召喚するだけでなく自分と同じようなことも出来るだなんてとんでもない“強個性”だと。彼女の手のひらに鎮座する人形を指でつついてみても本物と寸分変わりなく材質もそれっぽく出来ている。

「でもね、これは単なる虚像だから。いつかは消えちゃうのよ」

 すっとマトリョーシカを跡形もなく消したナマエは、“魔術師”として魔力で形を作ってるだけなのだと説明する。
 所詮は見た目を模しただけの偽物、虚像に過ぎない。故に魔術で投影した物は“世界”から異物と認識されすぐに消えてしまう。エミヤのように固有結界の派生としての投影は長時間形を保っていられるが通常の物は数分で消える。
 ナマエの投影魔術は己の魔術属性である“無”、ありえないが物質化するもの、という珍しい属性の影響により数分で消えてしまう通常の投影よりは遥かに高度なものであるが結局のところ必ず消えてしまうのだ。

「それでも十分すごいですわ! わたくしのは“創造”したい物の分子構造を理解しなくてはいけないのでまだまだ造れる物が少ないんですの」
「百は勉強家なのね。私なんかよりずっと凄いよ……きっと立派なヒーローになれるわ」

 彼女がそこらの子供と違うのは幼い頃から自分の“個性”を理解し最大に活かせるよう学び励んでいることにある。

「あら、ナマエさんはヒーローにならないんですの?」
「えっ……」
「ええ。だってこんなにすごい“個性”を持っているんですもの。きっと素敵なヒーローになりますわ!」

 無限の可能性を秘めている子供特有の、爛々と目を輝かせるその姿は正直ナマエには眩しすぎた。夢に夢を見るには、ナマエはあまりにも生死を重ねすぎてしまっていた。

「……考えておくわね」

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