×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

 ナマエ・ファミリーネームには自覚があった。自分の人生が×回目であると。

 どうやら今回の世界は魔術師など関係なく人類の八割が何かしらの“超常能力”を持って生まれるらしく、彼女の母親の祖国ではそれを“個性”と呼ぶのだと。ファミリーネーム家は代々“魔術師”という“個性”を繋いでいく家系のようだった。
 そうして奇しくも幾度目かの魔術師の家系に生またナマエは、ファミリーネーム家歴代で最高の魔術回路と頭脳を持つらしく両親や親戚中の期待を受けてすくすくと成長した。
 頭脳に関しては×度目の人生なのだから当然である。魔術回路の本数も質もそこそこ優秀なのも、これまでの流れで言えば当然のことなのだろう。

 ファミリーネーム家の“魔術師”としての能力は凡そ今まで経験した“魔術師”と大差なく、違いと言えばファミリーネームの血筋以外に“魔術師”は居らず秘匿する必要が無くなったのと、父親がかつて“ヒーロー”と呼ばれる職業に就いていたことくらいだ。
 “個性”を悪用する者を、同じく“個性”を利用して取り締まる。どの国でも常識だった。


 ナマエが四歳に成った日。大抵の子供はこの頃に自分の“個性”を発現させ、彼女も例外なく自身の超常能力を開花させた。

「ナマエ、その“眼”は……!」
「今まで見たことない“個性”だわ……!」
「……」

 左眼が僅かに熱くなったことで何となくそうだろうと予想はついたが使用人が差し出した鏡に映るナマエの左眼にははっきりと令呪が現れていた。
 この世界にも聖杯戦争はあるのだろうか。過去、齢三歳にして読み漁ったファミリーネーム家の蔵書には聖杯らしき盃の存在はあったが、それが元となった戦争に関する記述は一切無かったのを記憶しているし、同じく英霊に関する記載も無かった。

 それでもやはりナマエにはこの眼に浮かぶ模様が“令呪”であり、サーヴァントを召喚すべきなのだという妙な確信が在る。

「ナマエ……?」

 確信を得てからナマエの行動は早く、ケーキを切り分ける為のナイフを手に取ると己の指先に躊躇なく刺した。
 突然の行動に彼女の母親は悲鳴を上げるがナマエの耳には入っていない。椅子から降りて広い場所の床に血の滲む指を押し当て記憶に眠っていた“それ”を描き始める。
 三回目となるとそれが当たり前であるように呪文もすらすらと出てくる。

「素に銀と鉄、礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を、四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。閉じよみたせ閉じよみたせ閉じよみたせ閉じよみたせ。繰り返す都度に五度。ただ満たされる刻を破却する――」

 齢四歳になったばかりの我が子が己等の知らない魔法陣を描きながらこれまた聞いたことのない呪文を詠唱している。驚かないはずばない。
 娘の真剣な表情は悪戯なんかではない。現に魔法陣からは眩い光が溢れ出し目を開けていることがつらい。

「――Anfangセット

 ついに使用人はその眩しさから目を閉じ、それでも彼女の両親は“これ”を見届けようと自らに強化魔術を施した。
 詠唱が佳境となれば、白い光はやがて虹色に。

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ、誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――!」

 魔法陣から現れたるは褐色白髪の神父風の男児であった。
 彼は、かなり幼い姿のナマエを見るなり飛びつくようにその小さな肢体を抱いていた。

「っ、ナマエ様!」

 突然現れた謎の男の行動に使用人たちから小さく悲鳴が漏れ、執事長がナマエを護ろうとするのを、彼女の両親が制止する。
 彼女の父親は“魔術師”を名乗る一族の代表だ。彼が人智も及ばぬ天上の存在であることくらい説明されなくても解かる。
 “個性”を発現させたばかりだというのにこの力量。歴代のどの“魔術師”をも凌ぐほどの才能。
 自分の娘ながらとんでもない者を育ててしまったのでは、と彼女を誇りに思う反面恐ろしくもあった。

 そんなやり取りなんて気にも止めず、彼はただそこにある温もりを、感触を、匂いを、生命を確かめるのに必死だった。
 今度こそは必ず、と強く思う。

「苦しいよ時貞」

 彼の肩口から顔を出したナマエは、眉尻を下げているがその表情はどことなく嬉しそうだ。 
 その証拠に小さな手をそっと彼の背中に回し撫で始める。

「これくらい我慢しなさい」

 彼女を咎める声色は誰よりも優しい。

[01]始まりはいつも君