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 雄英高校ヒーロー科では午前を普通科目を熟し、午後からヒーロー科特有の特殊科目が行われるカリキュラムとなっている。
 入学二日目の午前ではプレゼント・マイクこと山田の普通すぎる英語の授業を始めとする、教師も自由であることを謳っているにも関わらず至ってまともな授業内容が続いた。

 そして午後、ナマエたちが入学してから初めての、ナマエ以外が待ちに待ったヒーロー基礎学の時間がやってきた。

「わーたーしーがー!……普通にドアから来た!!」

 HAHAHAとアメリカンな笑い方で教室のドアから入ってきた銀時代シルバーエイジのコスチュームのオールマイトにA組の生徒たちは興奮気味だ。
 オールマイトにこれといった憧れを抱いていないナマエですらその衣装の希少性は知っている。昔、ナマエの父親と対談した時に着ていた衣装がそれだった。
 ヒーロー科の午後に行われるヒーロー基礎学ではヒーローの素地を作る為の様々な訓練が行われる旨をオールマイトが説明し、一枚の札を掲げた。

「早速だが今日はコレ! 戦闘訓練!!」

 “BATTLE”と書かれた札に奮起する生徒をさらに興奮させるものがオールマイトが持つリモコンにより現れる。
 教室の壁からせり出てきた棚の中には番号が印字されたケースが収納されており、各々の出席番号と同じ番号のケースを受け取る。
 国立というだけあって雄英高校には被服控除として入学前に提出した個性届け及び要望に沿ったコスチュームをサポート会社が用意してくれるシステムがある。

 開けてみれば各々が思い浮かべていたコスチュームが入っていて、俄然やる気が湧く一同。
 ナマエも21番のボックスを受け取り更衣室へと急ぐ。横にはいつもと変わらぬ穏やかな表情の天草。



「じゃあ時貞はここで待ってて」
『楽しみにしてますね。……アヴェンジーもこっちです』

 そのまま更衣室に付いていこうとしたアンリマユを彼女の影から引っ張り出した天草と一旦別れ、ナマエは更衣室の扉を閉める。
 きゃいきゃいとはしゃぐ女子に混ざって彼女もコスチュームの入ったケースを開け、中の衣装を取り出したまでは良かったがそのデザインを見て動きを止めた。

「ナマエさん? どうなされましたの」
「……いえ、何でもないわ」
「そうですか? さ、早く着替えましょう!」

 予想外の衣装が入っていたものだから思わず動きを止めてしまったが、八百万に促されとりあえず着るものはこれしかないとのだ半ば諦めながらナマエはそれに着替え始めた。

 頭にはウィンプル、半袖のワンピースは膝上丈。腰のあたりには前掛けのような白い布が垂れ下がっており清貧さを現している。足元は短めのブーツで黒ストッキングを履いた脚を惜しげもなく晒していた。
 そして極めつけは修道服の上から羽織っている真っ赤な外套である。マントのようなそれには胸元に十字架が描かれ修道服と実に合う。
 他のクラスメイトと比べるとヒーローっぽさに欠け、些か異質なテーマと見た目である。

「わぁシスターさんだ可愛い!」
「ナマエさんに良く似合ってますわっ」
「二人ともありがとう」

 彼女のコスチュームを見た麗日と八百万が駆け寄ってくる。他の女子からも同様な賛辞を受ける。
 ナマエ自身褒められて悪い気はしないがこのコスチュームに関して納得はしていないというのが本音だ。

「二人のも似合ってるわ。百は随分と大胆だけど百の“個性”に合ってて良いわね」
「ふふ、ありがとうございますっ。本当ならもう少し露出を多めにしたかったのですが……」
「それ以上はかなり危ないんじゃないかな……!」
「百はもっと自分の体を大切にして!」
「は、はい……」

 “個性”の関係で露出が多い方が良いのは分かるがうら若き女子高生が無闇に肌を晒すもんじゃあない。ナマエが八百万の肩を掴み心から訴えかければ、八百万も分かってくれたようだ。完全にナマエの勢いに押されてはいるが。
 八百万はその真面目すぎる性格が長所でもあり短所でもあるようだ。彼女のコスチュームの件が終わったところでナマエの視線は麗日へと移る。

「お茶子も可愛らしいコスチュームね! SFチックなデザイン、私は好きよ」
「あ、ありがと……えへへ。でも申請書、特に何も書かなかったからパツパツスーツになっちゃって……二人みたいにスタイル良くないから恥ずかしいや」

 そう言ってはにかむ麗日のヒーローコスチュームは本人の言った通り制作会社の独自の判断で身体にフィットしたボディースーツである。
 だからといってナマエは然程気にする必要はないと思うのだが、思春期女子にはちと恥ずかしい模様。
 麗日との会話で忘れかけていた問題を思い出す。

「そういえば私も特に何も書いてなかったのよね……」
「そうなん!? 私もそういうのが良かったよ〜」
「ううん。これは身内が勝手に書いたやつなの、多分」

 ナマエは確かに、申請書には特にこれといったデザインは描いていなかったがその代わりにはっきりと“魔術師っぽい服”と書いたはずなのだ。
 故にナマエはマーリンやキャスターのクー・フーリンのようなローブを想像していたのだが、蓋を開けてみたら出てきたのは丈の短い修道服と、ひどく見覚えのある外套ときたものだ。
 しかも修道服は妙に露出が多くスカートも短めで、ペチコートがなければ激しい動きで中が見えてしまっていただろう。
 つまり今着ているコスチュームは完全に“誰か”による仕業だ。でなければこんなにも似通った外套を、ピンポイントでナマエのコスチュームに採用出来るはずがない。

「まぁ!」と八百万が口元に手を添える。
「で、でも、ナマエちゃんに似合っとるしええんやない?」

 麗日がすかさずフォローに入ったのでナマエはこれ以上渋っても仕方ないと気持ちを切り替える。
 それに犯人は彼の名探偵の手を借りずとも容易に特定出来るのだ。そもそも探偵の英霊はまだ召喚出来ていないが。兎に角、犯人は更衣室の外で待機している“奴”しかいない。すぐにでも咎めてこの話は終わりにしよう。

「ナマエさん」
「?」

 天草さんと並んだらとても絵になると思いますわ。

 彼の存在を知らない麗日に配慮して小さく耳打ちされた言葉にナマエの頬がほんのり染まる。

「ちょっと、百!」
「うふふ。さぁ、演習場に急ぎましょう!」
「楽しみやねヒーロー基礎学!」
「え、ええ、そうね」

 この後の授業に胸を躍らせる二人に続いて更衣室を出れば霊体化した天草が扉の横で待機している。扉の開閉音で伏せていた瞼を上げ誰が出てきたのかを最低限の動きで確認する姿はあまりにも事務的だ。
 麗日の後ろから出てきたナマエを捉えた彼の瞳は一気に光を取り戻し、爽やかな笑みへと変わる。横にいるアンリマユは八百万の大胆なコスチュームに目を奪われていたがすぐにナマエへと向く。

 演習場へと歩くナマエを、同じ歩幅で付いていく天草とアンリマユがまじまじと全身を余すところなく見回していく。霊体で壁にぶつかる心配がないとはいえ流石に見過ぎだろう。
 視線に耐えかねたナマエが口を開こうとした時だった。

「いいですね。とても似合ってますよ」

 天草の満足そうなその言葉に、ナマエは確信する。やはり、犯人はこいつだ。

 詳しく説明するとベースは耐火布を使用しており熱に強く、天草のそれと同デザインの外套は見た目より動きを制限しないよう長さが調整されている。ペチコートに隠れた太ももには救急道具の入った小さなホルダーが一つ。
 といった具合に見た目はただのコスプレ衣装のようだが実際は雄英のサポート会社が製作した技術力の結晶である。
 天草の言葉に同意するよう頷くアンリマユ。

「やっぱスカートは短いに限る」
「……そう。アンリマユも共犯なのね」
「げ、何で分かったんだ……?」
「ふうん」
「あっ……」
「はぁ……バカ」

 シスターと神父。八百万の言った通りナマエと天草が並べば揃いの外套も相まって相応に映えるのは確かだが揃いの外套を纏って人前に出るなんて恥ずかしいこと、ナマエには出来ない。
 彼の霊体化を解く時は必ず陣羽織姿にしようと心に誓ったナマエであった。

[09]貴女だけのコスチューム