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 眠れぬ夜。それは決まって月が笑っている日だ。
 美しい弧を描く月に照らされた縁側には決まって奴がいる。わざわざ座布団を敷いているあたり長居する気満々なのが伺える。
 天下五剣が一振り、三日月宗近。最も美しいとされている刀なだけあって月見酒に興じる姿もやはり絵になる。

「おや、主ではないか。一緒にどうだ?」

 三日月は私を見るなり夜ノ森と書かれた酒壷を掲げ、軽く揺らしてそう言った。
 揺らされる度に中の酒が揉まれ、次郎太刀が反射的に喉を鳴らしそうな小気味いい水音が聞こえてくる。
 三日月の隣に腰掛け、彼からぐい呑みを受け取る。

「生憎盃は一つしか用意してなくてな」
「構わないさ」

 神同士が盃を交わすといっても神事でもあるまい、契りなんぞ生まれやしない。
 彼に注いでもらった酒の水面には天に輝く三日月が揺れている。
 ぐいと喉に通せば乾いていた喉が熱くなるのが気持ち良い。瑞希の作った酒は私の口によく合う。

「ここへ来てだいぶ経つけれど今の生活に慣れたかい?」
「うむ、この身体にもようやく慣れた。食事も旨いし酒も旨い。労働は大変だが主の役に立てるのならば苦ではない」
「ふふふっ。嬉しい限りだよ」

 ぐい呑みを三日月に返し、今度は私が注いでやる。

「それに、こうして肉体を貰い、主と酌み交わせるようになるなんぞ思わなんだ」

 そう言って笑う三日月の表情は誰もが見惚れる程に美しく、しかし感情はいまいち読み取れない。この表情を見る度に、私はこいつが怖くてたまらなくなる。
 ここにいる刀剣たちは概ね私を信用し主であることを認めてくれており、そういった意味では分かりやすい者ばかりなのだが、この三日月宗近という刀ばかりはよく分からないのだ。

「時に主よ、近侍はどうしたのだ?」
「ふふ、今剣に夜更かしは無理だったようでね」

 前田や平野のように夜警を買って出た今剣であったが私が床につく前に寝てしまっていて、今は布団に包まってぐっすりだ。

「いやはや、今剣らしいな」

 今剣が寝ている私室を隔てる障子を見やる三日月。今剣とは同じ刀派で旧知の仲らしく、三日月がこの本丸に来た日も今剣が案内を買って出てくれたのを覚えている。
 そうして同じ刀派の刀剣たちが睦まじくしているのを見ると大変微笑ましく、早く他の刀剣も集めねばと気が急いてしまう。

 ぐい呑みに口を付け中の酒を飲み干して、再び私に差し出してきたので二杯目は丁重に断る。

「そうか、飲まんのか」
「ん、そろそろ床に戻るよ」
「うむ……」
「それじゃあ。三日月もいいところで寝た方がいい」
「ああ主よ、最後にこれだけは言わせてくれ」
「? 何だい?」

 徐に立ち上がったところで三日月に呼び止められる。少しだがアルコールを入れたことにより眠気が誘発され、私としてはもう寝たいのだが。
 相変わらず読めない表情の彼から、次の言葉を待つ。

「主はここの刀剣たちから愛されているな。あの神使とやらも相当な恋慕を募らせている」

 刹那、冷たい風が私達の間を吹き抜け、温まってきた体が一気に冷え込むのが分かる。

「……そのことか」

 三日月の元来の性格なのかここの空気がそうさせているのか、穏やかな顔をしてずばずばと物を言い容赦なく核心をついてくる。

「そんなこと……とっくに気づいているさ」

 一部の者ではあるが、彼らが私に向けている感情が友愛や親愛などではないことは分かっていた。

 しかし、刀剣たちは肉体を与えられたとはいえ結局は道具の身、使われることで愛情を感じ、自らも愛そうと錯覚しているだけに過ぎない。
 なまじ肉体を授かったが為に感情のコントロールが上手く出来ない、赤子と同じなのだ。
 瑞希も、神使故に私に尽くしてきたのをいつしかそれが愛情であると勘違いしているだけだ。
 そう、全てはまやかし。気の迷いとはよく言ったものだ。

「人が神と恋に落ちるなんて、それこそお伽噺の中だけさ」

 自分でも驚くくらい冷たい声が出たが今は構っている場面ではない。
 奈々生や沼の皇女には悪いがこれが私の持論なのだ。彼女たちの恋は応援するが、私自身は人間以外とは恋愛する気はない。

 すると三日月は私の言葉のどこがおかしかったのかくつくつと笑い始めた。
 早く話を切り上げたかったこともあり軽く睨みつけてやれば怖や怖やと、怖がる様子なんぞ露ほども見せず寧ろ楽しそうに笑みを深める。

「……何がおかしいの」
「だとて、主も今は神の身であろう?」

 無意識のうちに一歩引こうとしていたことに気付いた三日月に腕を引かれ、バランスを崩した私はそのまま彼に抱き留められていた。
 せめて文句の一つでも言ってやろうと顔を上げれば彼と目が合い、喉まで出かかっていた言葉が全て引っ込んでしまっていた。
 瞳の中の双月は妖しい輝きを見せており、見詰めすぎれば暗示をかけられそうだ。

「都合の良い時だけ人間振るなぞ狡いのではないか?」

 ゆっくりと、説き伏せるように彼が言葉を紡ぐ。

 狡い、か。確かにそうだ。
 人間の前では神様になり、妖かし者の前では人間になり、都合の悪いことから体よく逃げている。これ程狡いことはない。

「その気になれば契りなぞ簡単に結べるのではないか?」

 口元には弧を描いているくせに目は全く笑っていない。
 普段はガラスを重ねたように美しい青色が、この瞬間だけは、暗く冷たい海の底のように感じられた。

 構わず顔を寄せてくる三日月に、大袈裟なほど肩が跳ねた。互いの息がかかる程近くなると流石に鼻先もぶつかるが、今はそれどころではない。
 唇が触れれば三日月は私の神使となってしまう。
 契約のことを知れば良からぬことを考える輩が出てくる、そう考えて神使の契約法は敢えて他言せず私と瑞希しか知らない状態。まさかそれが仇となろうとは。
 このまま最悪の事態に陥れば、天下五剣といえど三日月を刀解せねばならなくなる。心臓が五月蝿いくらいに鳴る。

「……っ、三日月……!」

 しかし私の心配は杞憂に終わり、彼の整った顔が離れ解放される。

「俺も主を狙っている一人であるということを、ゆめゆめ忘れぬようにな」

 分かっているから困るんじゃないか。



 ほのぼの日常系と言いつつがっつりシリアスに……すみません。


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