×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
 歌仙が夕餉の準備を始める頃。社の方へ来訪者が現れた。参拝者ではなく、来訪者。
 瑞希が珍しく夕餉の支度に行かなかったのは来訪者を察知したためか。全く、優秀な神使だ。

「おい、名前はいるか?」

 私を呼び捨てにする者は限られている。はてさてどこの狐か烏か。

「おや、鞍馬じゃないか。どうし……」
「巴衛をっ、巴衛を助けて下さい!!」

 訪ねてきたのは知り合いの烏天狗で、要件を聞こうとした刹那一緒にいた女の子が幼子を抱えて助けを求めているではないか。
 鞍馬の紹介で私を訪ねてきたということはただの女の子ではないのだろう。
 彼女の腕の中にいたのはこれまた見知った顔で、ミカゲ社の神使を務めている妖狐の巴衛だった。

「鯰尾、薬研を呼んできてくれ。大至急だ」
「分っかりました!」

 最後に会った記憶よりも随分と幼くなってはいるが確かに巴衛だ。彼女も巴衛と呼んでいたのだから間違いはない。
 鯰尾に薬研を呼んで来てもらっている間に、瑞希に布団を敷かせそこに巴衛を寝かせるよう彼女に指示する。
 赤い顔をして短い呼吸を繰り返す姿は実に痛々しい。いつもの姿ならばこれ程に心配することは無いのだが、今は幼子の身の上だ、そりゃあ心配にもなる。
 頬は林檎のように真っ赤、額に手を当てれば予想以上の熱さ。本来の妖力がこの小さな体に収まらず暴れているのだ。

 巴衛の両頬に手を添えその小さな額に私の額を押し当てる。一見母親が子供の熱を測っている時のようにも見える。

「呼んできましたー……ってえぇ!?」

 タイミングよく薬研を連れて戻ってきた鯰尾が驚嘆の声を上げた。私が障子に背を向けているため角度的にキスをしているものと勘違いしたようだ。
 どこぞの少女漫画ではないのだから口から妖力を吸い取るような真似はしないので安心してもらいたい。
 瑞希に手招きされ、部屋へ入ってきた鯰尾と薬研が布団を挟んで向こう側へ回り込めば、やっと状態を把握したのか大きなため息を吐いた。

「大将、急患と聞いて来たんだが……その子だな」

 薬研の言葉に、私はようやっと額を離す。多少強引ではあるが大体の妖力は放出させたからまずは一安心だ。

「至急解熱剤を処方してくれ。ウイルスや菌などではないから、一般的な……あやかしに効くものを頼む」
「ああ、以前瑞希の旦那に処方したので構わねぇか?」
「それでお願いするよ」

 薬研の問いかけに答えたのは瑞希だった。
 以前に瑞希が遡行軍の瘴気に当たりすぎてしまい酷い高熱で倒れたのを思い出す。あの時は本当に焦ってしまい随分と取り乱してしまった。
 聖神使である瑞希に人間と同じ薬を飲ませても良いのかとおろおろしていた私に手を差し伸べてくれたのが薬研藤四郎だ。
 彼には医学の心得があるようで、今も慣れた手つきで薬を処方する姿はまさに医者そのもの。
 私は巴衛の中の妖力を放出させることは出来ても解熱させることは出来ないため、医学の知識がある刀剣が居てくれて助かった。

「許容量を超えていた分の妖力は放出させたからもう安心だ。熱の方は薬研の処方した解熱剤が直に効いてくるだろう」
「ありがとうございます! なんてお礼をしたら良いのか……」

 片時も巴衛から目を離さなかった少女に向き直り処置内容を簡潔に伝えれば、気持ちの込められた謝辞と深い礼。
 薬研に処方箋を飲まされ幾分か顔色が良くなった巴衛に、強張っていた表情も柔らかくなる。
 巴衛は本当に大切に思われているのだな。

「大したことはしてないよ。もう遅いから、今日は泊まっていくといい」
「何から何まで……本当にありがとうございます! この御恩は忘れません!」

 またも恭しく頭を下げた少女を制し、畏まらなくていいと言う。
 巴衛とは交友関係があるので彼女に請われなくとも助けていたし、女の子を外に放り出すほど鬼でもない。それに鞍馬と一緒に帰したらそれこそ何があるか分からないからな。
 部屋の隅で我が家のように寛いでいる鞍馬に至っては帰ろうとする様子が一切ないので泊まる気でいるのだろう。

「構わないよ。寧ろ男ばかりの場所ですまないね」
「そんなそんな! 屋根があるだけでも有り難いです!」

 一体どんな生活をしてきたんだと問いたくなるような台詞だが、込み入った事情がありそうなのでこの場では聞かないでおこう。

「あのっ、私、桃園奈々生っていいます。鞍馬の知り合いって聞いてたのでどんな妖怪かと思ったら普通の人で安心しましたよ〜」
「お前最近俺に失礼すぎだろ」

 笑って誤魔化そうとする奈々生に更にツッコミを入れている鞍馬。周りの女の子といえばファンしかいなかった彼にも、女の子の友達が出来たようで安心した。
 制服を着ている所を見るに奈々生は鞍馬と同じく高校生か。やはり泊まらせるという提案は良策だ。

「鯰尾、度々すまないが歌仙に夕餉の追加を頼む」
「二人分追加と、子供用のお粥でいいんですよね?」
「ああ」
「まっかせてください!」

 元気よく部屋を飛び出していった鯰尾を横目に、鞍馬は面白そうに口を開く。

「にしても名前。随分と神使が増えたんじゃねぇか? 心なしか社も広くなった気がするしよ……」
「ふふ、そのことか……彼らは神使ではないよ。私の神使は昔も今も瑞希だけさ」
「じゃあこいつらは何なんだよ。もしかして誘拐……」
「名前ちゃんがそんなことする訳ないじゃん。天狗のくせに鞍馬君は頭悪いよね」
「んだとゴラァ!?」
「二人とも喧嘩しない」

「俺っちたちは訳あって大将に尽力してるんだ、鴉の旦那」
「薬研の言う通りさ」

 あと社が広くなった気がするのは気ではなく事実本丸の分広くなっているのだ。寧ろ本丸部分だけでも社の数倍の広さがある。

「おい今鴉って……」
「何となくだったんだが当たってたか? ははっ」
「……お前何もんだよ」
「自己紹介がまだだったな。俺っちは薬研藤四郎。ここには藤四郎って付く奴が多いから薬研って呼んでくれ」
「ああっ、そうだった! 薬研くんも、どうもありがとう」
「俺っちは大将の指示に従っただけだぜ」
「それでも、巴衛を助けてくれて感謝してるの」
「……大将、感謝されるのって良いもんだな」

 薬研の潤んだ瞳が私を見上げるので笑みを浮かべ頭を撫でてやる。
 普段は粟田口派の兄貴分としての沽券がどうのと甘やかさせてくれないので、他の刀剣のいない今のうちに沢山撫でておこう。


 続きます


<< 戻る >>