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▼乱馬の姉ちゃん03

・桜餅の話(完成品)

「あら、あかねちゃんお菓子作り?」
「あ、名前さん。それが……」

 のどの渇きを感じ何か飲み物をと思い名前が台所へと足を運ぶと、そこではあかねが何やら料理をしている最中であった。内容を見やるとどうやら和菓子らしく、気になった名前は素直に声をかけるとあかねは彼女にいきさつを話した。
 話を要約すると、かすみに茶菓子を買ってくるよう頼まれたあかねが桜餅を買おうと行きつけの和菓子屋へ行くと店は休み。そして行商の怪しい翁に桜餅の恋占いの話を聞いたそうだ。
 手作りの桜餅を意中の相手に食べさせ、その男が自分と結ばれる運命の者ならば顔面に桜の花びらの印が現れるのだそう。
 話を聞いた名前は眉を寄せ唇を尖らせる。運命の人の顔に桜模様が浮かぶなんて話、にわかに信じがたい。しかしそれが本当ならば一興。

「……私も作ってみようかしら?」
「ぜひ!」

 とは言ったものの出来上がった桜餅をすぐ本命に食べさせるのでは面白味がない。まずは誰かで試してみねば、そう思い立った名前は、桜餅の入ったお重を抱え台所を後にする。
 ちなみにあかねの桜餅は始めに茶の間へと運ばれたのだが毒味と称され八宝斎の口に無理やり突っ込まれ、見事な罰印を浮かび上がらせた。そしてやはり、あかねの桜餅は不味かった。

 名前が誰に食べさせようか考えているうちに、あかねの桜餅から逃げおおせた乱馬が歩いているのを見つけた。何ともベストタイミング、彼女は口元に笑みが浮かべる。

「……乱馬」
「何だ? 姉ちゃ、むぐ……?」

 乱馬が振り向いた刹那、彼の口に桜餅が入れられていた。始めはあかねの作ったものかと焦ったが、笑顔の姉と、口内に程よい甘味が広がるのを感じ、素直に咀嚼し始める。
 先ほど家族を蒼然とさせたあかね手製の桜餅とは違い、名前の作った方はちゃんとした桜餅の味がする。あかねの方のはまだ食べていないが味は大方想像がつく。その想像が美味いものではないが些か切ないが。

「美味しい?」
「ああ美味しいけど……まさかこれも……?」
「ええ、そのまさかよ。乱馬、顔洗いなさいね」

 見事に罰印が付いた顔を歪ませ乱馬は洗面台へと急いだ。こんな顔をあかねに見られでもしたら勘違いされるに決まっている。
 弟の顔に出た印を見て、彼女も桜餅の効果を信じることにし、他に誰に食わそうかを思考する。本命は最後に取っておくとして、どうせなら反応が面白そうな人を選びたい。

「おお、早乙女名前、奇遇だな! いや、むしろこれは運命と言うべきか!」

 そっと彼女の肩を抱き現れたのは同級生の久能帯刀だった。既にあかねの方を食べたのだろう、彼の顔にも罰印が付いている。

「運命でもなければ奇遇でもないと思うの。同級生のよしみで桜餅はあげるけどね」

 肩に乗った手を叩き落とし、お重から桜餅を取り出し久能の口へ押し込む。あかねのとは違い美味いそれを涙を流して食べる。が、顔の模様に変化はない。罰印の上に罰印が出ても変化がないのと同じ、彼は運命の相手ではない。
 ふと乱馬とあかねが外へ飛び出して行ったのを見、交際だと勝手に一人で騒ぎ立てている久能を放り、名前も外へと出てゆく。
 二人を追いかけた名前が見つけたのは額に桜の花びらを浮かばせた良牙と、それを見て唖然とする乱馬とあかねだった。
 その光景だけで彼があかねの桜餅を食べたこと、それによって模様が浮かび上がったことが見て取れる。名前は静かにその場から去った。

 良牙の想い人が名前であることを知っている二人は、複雑な表情で良牙の額を見つめている。まさか彼があかねの運命の相手なのだろうか。
 どちらにせよこの状況を名前に見られでもしたら、それこそあかねの桜餅よりも不味い状況になるのは目に見えている。
 とりあえず彼に事情を説明しようとしたとき、たまたまそこを歩いていた親子の会話が妙に耳に付いた。

「おかーさん、さくらモチおちてる」
「ばっちいから拾っちゃダメよ」

「……さくらもち?」
「まさか……」

 二人が視線をやると道路に落ちている子供の言ったとおり桜餅が落ちている。あかねの手元にあるのとは違い、店で売られていても不自然ではない出来のものが。
 それが名前の作ったものであれば先ほどまで彼女がここにいたことになる。もしかしたら見られてはならない現場を見られたのかもしれない。

「これ名前さんの作ったやつに似てる」
「それが本当なら姉ちゃんに見られてたってことになるな」
「おい、名前さんがどうしたんだよ?」
「乱馬食べてみなさいよ。地面に付いてない部分なら大丈夫!」
「いや大丈夫じゃねーよ!」

「俺を無視するな!」

 痺れを切らした良牙が乱馬に向かって叫ぶ。そこで、ようやっと彼の存在を思い出した乱馬は悪い悪いと、全く悪びれた様子もなく事情を説明し始めた。
 乱馬とあかねの説明を聞いてゆくうちにみるみる顔を赤く染めたと思いきや今度は蒼くする。名前の桜餅を食べれば自分が彼女と結ばれる運命かがわかる。食べたい、でも罰印が出たらどうしようという揺れる気持ちが顔色にでているのだ。
 とりあえず名前の下へ行き誤解が生じているのならばそれを解く必要がある。桜の花びらの印が出てしまったのは事実なので誤解も何もないのだが。

「名前さん!」
「姉ちゃん!」

 名前のために用意された部屋まで走り乱馬とあかねが力任せに障子を開ければ、案の定彼女はそこにいた。落ち込む訳でもなければ怒ったり笑ったりもせず、いつもと変わらぬ様子で読書を嗜んでいる。
 あの現場に居合わせていなかったのだろう、あの桜餅もきっと偶然誰か別の人間が落としていったに違いない。そう結論付け、安堵の溜め息を吐こうとした時。

「あら、やっと来たのね。待ちくたびれちゃったわ」

 その言葉に二人は固まる。それと同時に桜餅の製作者が名前であることが確定した。

「名前さん! あの桜模様は何かの間違いよ!」
「そ、そうだぜ。ほら、あいつのヒズメの形って桜の花びらとそっくりだろ?……ってああ! そういうことか!!」
「? どうしてここでPちゃんが出てくるのよ」

 ようやっと真実に気づいた乱馬。
 あかねの桜餅を食べた良牙ことPちゃんはその衝撃に自分の顔を叩きまくり、その結果人間に戻った際顔に残っていたヒズメの痕を桜模様と勘違いしていたのだ。
 人間に戻るためにお湯を浴びた時にバツ印は消えたのだと考えると全ての辻褄が合う。


 気付いた事実を姉に力説すれば名前の表情は心なしか明るくなる。

「そ、そう……」
「つーわけで俺ちは退散するとすっか」

 ほら行くぞと、あかねを連れて名前の部屋から出ていく乱馬。その場に残ったのは名前と、良牙。

「あっ、あの、俺……!」
「良牙くん、桜餅食べる?」
「……はい! 喜んで!」

 部屋を出てすぐの縁側に並んで座り、名前の差し出した重箱から形の良い桜餅に手を伸ばす。

「う、美味い! こんなに美味い桜餅は生まれて初めてだ!」
「そう、良かった」

 自作の桜餅を本当に美味そうに食べる良牙を見て名前もにこにこと上機嫌だ。
 それもそのはず彼の顔にはそれは見事な桜吹雪が舞っているのだから。


 一方乱馬はと言うと、罰印が出るやもしれない緊張か桜の花びらが浮かび上がった場合の照れ隠しか、日中同様あかねの桜餅から逃げ回っているのであった。


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