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▼02 Physical fitness test.

 A組の残りの生徒が登校し互いに挨拶をしたり態度の悪い者を注意したりと周りがこれでもかと騒いでいるにも関わらず名前は起きる様子を僅かにも見せず、静かに寝息を立てている。
 それは寝袋に包まって芋虫のようになっていた担任が騒ぎを咎めている時も、その寝袋から体操服を取り出してグラウンドへ行くよう指示した時も変わらず。

 少し伸ばされた銀髪の所々に入っている青いメッシュ、髪の合間から見える耳にはシルバーのリングピアス。近寄りがたい雰囲気のある名前。

 起こされるまでこのままなのでは、と思われていた名前の肩が強く揺さぶられ沈んでいた意識がゆっくりと浮上していく。

「んー……?」
「はよ。あんだけ騒いでたのに起きないなんて結構図太いのな」
「……ずぶといはHB振りでゴツメか食べ残し……」
「HB? ゴツメ? 食べ残し? 何言ってんだ……?」
「……寝ぼけてた。ごめん、今の忘れて」

 脳がはっきりしてきて、名前は自分の言ったことを思い返して気恥ずかしくなり思わず右手で顔を覆った。

「ははっ、お前おもしれーな。……ジャージに着替えてグラウンド集合だってよ」
「ん、ありがと」

 周りを見渡せば教室に残っているのはほんの数人しかおらず、目の前の彼に悪いことをしたなぁと渡された新品のジャージを受け取り、更衣室へ向かう彼に付いていく。
 未だ眠たそうに欠伸をしながらもしっかりと後ろを付いてきている名前がまるで親鳥の後をついてくるカモの子供のようだと轟が思っていたのはここだけの話だ。

「俺、名字名前。名字は慣れてないから名前で呼んでくれると嬉しいな。これからよろしく」
「ああ。俺は轟焦凍だ、こっちこそよろしく」




「まず自分の“最大限”を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段」

 最大限、彼が最も苦手とする力量だ。
 教師がなんと言おうと今まで通り“それなり”の結果を出せば良い。それでも十二分に通用するのだから。

 そう言って相澤が生徒らに見せた爆豪のソフトボール投げの成績は705.2m。
 いきなり叩き出したものすごい数値にクラスメイトはわぁっと盛り上がる。

「なんだこれ! すげー面白そう!」
「705mってマジかよ」
「個性思いっきり使えるんだ! さすがヒーロー科!」

 面白そう、とは名前は思わなかった。
 ちらりと相澤の方に目をやると、彼はため息をついている。

「………面白そう、か。ヒーローになる為の三年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?」
「……?」
「よし、トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し、除籍処分としよう」



「生徒の如何は先生の“自由”。ようこそ、これが雄英高校ヒーロー科だ」

 放課後マックで談笑したかったのなら残念だったなと淡々と言う相澤に名前は友人とファストフード店で談笑していた中学時代を懐かしむ。

「名字」
「……?」
「お前は今回の体力テストで一位を取れ。さもなくば問答無用で除籍にしろと、菊子さんからのお達しだ」
「おばあの差し金か……」
「どうした、自信がないのか?」
「いや、一位取るのは多分簡単です。ただ……」

 雄英に融通をきかせる祖母の顔の広さに驚くべきか、体力テストで一位を取らねば後が無いという衝撃的展開に驚くべきか。結局名前はどちらにも驚くことはなかった。

 除籍になっても構わないというのが本音だが、やはり高校中退は避けたい。

「“ただ”?」
「……いや、何でもないです。一位取ります」



 人数の関係で最後に一人で行わなければならない名前が注目を集めるのは至極当然の結果であった。
 じろじろと視線を向けられるのは余り居心地の良いものではなく、かといって注目されることに慣れていないわけではなかった。
 スタートラインに立った名前は素早さを倍にする“おいかぜ”を吹かせるとそれまで穏やかだった空間に連続的な風が通ってゆく。
 彼の長い襟足を前へと靡かせる力強いその風を利用し、瞬く間にゴールを通過した。

『2秒14』

 機械音で告げられた記録は、クラス最速であった飯田の記録を一秒近く上回るもので。当然クラスメイトはその結果に湧く。

「おおっ!」
「飯田より速ぇじゃん!」
「すごーい!」

 彼を取り囲むようにクラスメイトが集まり軽く言葉を交わす。

 本来の姿ならば視界に捉えることも出来ずにゴール地点を通過しているのだが、やはり完全人間フォルムではこれが限界のようだ。
 それでもクラスで一番という結果は、流石は素早さ種族値110といったところか。

 ソフトボール投げでは投げる際に“ふきとばし”て飛距離を延ばし、相澤が掲げたディスプレイ端末には“983.6メートル”の数字。麗日の“∞”に次ぐ二位である。
 素手では大分威力が落ちてしまうが本来の力を使えば雄英高校の校舎など簡単に吹き飛んでしまうのだから、これが正解だ。

 風を操る“個性”だと勘繰っているクラスメイトもいるがそうではない。単に風系、つまり飛行タイプの技しか使っていないからそう見えるだけで、本来は様々なタイプの技を使えるのだ。
 しかし彼はそれをひけらかそうとはしない。
 当の本人は人間の姿でもそれなりに良い記録を出せものだと感心しつつ残りの種目も熟していく。ルギアという生き物をよく理解している故だ。

 握力測定は“かいりき”を使い障子の540キロを軽く超え、超えすぎた結果握力計を壊してしまい記録はクラス唯一の“測定不能”。
 立ち幅跳びも“おいかぜ”を利用して軽く一番を取る。

 最後の種目、持久走はクラス一斉の10キロメートルマラソンとなる。
 短距離走のように持久力を要さないものとは違いこの種目は個性で補助しようにもその配分が難しく、かなり素地が重要となってくる。
 といっても流石は雄英ヒーロー科。推薦入学組の三人は勿論、実技入試を突破してきた一般入試組も一般高校生に比べたらかなり速いペースで走っている。

 中でも八百万と名前は群を抜いていた。

 飯田も個性のお陰で他のクラスメイトからは頭一つ抜きんでていたが、個性で自転車を創造した八百万と、人間以上の肺活量と地の体力・素早さを持つ名前はクラスメイトの遥か先を走っていた。

 ただ走っているだけというのは退屈なもので、名前は隣を並走する八百万に話しかけることにした。

「そういえば俺たちって席前後だよね」
「え!? ええ……」
「俺、竜ヶ崎名前。よろしくね」
「私は、八百万、百、ですわ。こちらこそ、よろしくお願いしま、す……」

 自転車に乗っていても息が上がっている八百万の横で、教室内での会話かと錯覚しそうなほど流暢に喋っている名前に驚きを隠せなかった。
 普通ならば汗を流し息も絶え絶えになる距離とスピードなのに彼はどうだ、呼吸ひとつ乱れていないどころか汗すらかいていないではないか。

「百ちゃんって呼んでいい? 可愛い名前だね。俺のことも下の名前で呼んでくれると嬉しい」
「え、ええ……」
「百ちゃん息上がってるけど、まだあと三分の一くらいあるから少しペース落とした方が良いよ。少しくらいペース落としても順位は変わらないだろうし」
「そうは、いきませんわ……!」
「そう? じゃあ俺はこれからラストスパートかけるから。ゴールで待ってるね」
「え……!?」

 八百万が驚いてペダルを踏む足を止めてしまった隙に名前は彼女との距離を離していた。
 そのままスピードを上げた名前がゴールする頃には八百万との距離は500メートル以上開いていた。

 結局八百万がゴール地点に着いたのは名前がゴールしてから数分後だった。

「百ちゃんお疲れー」
「名前さん……貴方、いったいどんな個性なんですの……?」

 ぜいぜいと肩で息をする八百万に対し名前は何でもないと言った風に首を傾げた。

「ん? 持久走に関しては“個性”使ってないけど……」
「え!?」
「あー、でも“個性”の影響なのか肺活量は普通の人の十倍くらいあると思う」
「じゅっ……!(肺活量だけではあのスピードは出せませんわ……!)」

 バトルの時とはまた違った“おいかぜ”の有用性について再発見した体力テストであった。



「んじゃ、ぱぱっと結果発表。トータルは単純に各種目の評点を合計した数だ。口頭で説明すんのは時間の無駄なので一括開示する。ちなみに除籍はウソな」

 相澤先輩が端末を取り出しながらぼそりと呟いた最後の言葉に、何人かが目を丸くする。

「君らの最大限を引き出す合理的虚偽」
「はー!?」
「あんなのウソに決まってるじゃない。ちょっと考えれば分かりますわ……」
「うーん、そうなのかなー」

 頭の整理が出来ていないお茶子や緑谷君たちを見て八百万さんは呆れたように言うが、あの言葉に偽りはなかったと名前は確信している。
 人生三回分による経験則とでも言えば良いのか、除籍処分を宣言した時の彼の目に欺こうという意図は無く、最初は本気で最下位を除名する気でいたのだと思う。

 何はともあれ、名前の成績は文句なしの一位。高校中退という結末は免れた。

 バトルの時とはまた違った“おいかぜ”の有用性について再発見した体力テストであった。


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