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- ナノ -

▼名前ライフ

006

 全ての授業が終了した放課後、担任の日向に生徒として、社長である早乙女にナマエとして呼ばれている名前はそれなりに急いでいた。
 だからといって走る訳でもなく、地元の高校に通っていた時と同様マイペースを貫いている。それが名字名前なのだ。

 教室を出て職員室に続く廊下を歩いていた時、誰かが名前の腕をつかんで制止した。
 突然の事に驚く様子もなく振り返った名前はその人物を見上げて首を傾げる。

「なぁに?」

 色素の薄い瞳が彼、一ノ瀬トキヤを真っ直ぐに見つめる。
 見つめられた本人は引き留めたのは良いものの、何から話していいかわ分からずにいた。
 いつもならば頭が回転し直ぐに言葉が出てくるというのに、彼女の前だと思考が上手くまとまらない。
 胸にもやもやとしたもどかしさを感じつつも、何か言葉を発せなければと必死に思考を巡らせる。
 聞きたいことは沢山あったが余り聴き過ぎると怪しまれてしまうと判断し、結局口から出せた言葉は自分が散々聞かれてうんざりしてた物と同じで。

「あの、ナマエという人を知っていますか」
「……ナマエって人は知らないなぁ」
「そう、ですか……」
「あはは、新手のナンパかな?」

 誰もが見惚れる名前の微笑みに彼の脳は冷静さを取り戻してゆく。と同時に自分がしていることの重大さに一気に顔が熱くなっていくのが分かる。

「ナン……! すみませんでした、忘れてください」

 それまで掴んでいた手を離し平静を装ってはいるが顔は真っ赤だ。

「あはは、君って面白いね」
「……一ノ瀬トキヤです」

 あの地方ロケの夜以降毎日聞いていた声を聞き間違えなんてことはないはずなのに。
 聞きたいことは山程あるが身分を偽って学園に通っている自分に追窮する権利はないのだと諦める。

 彼にとっては思い出深い出会いであったが彼女にとっては取るに足らない些細なことなのだと、頭では分かっていたが現実として思い知らされると軽いショックを覚えるものである。
 あの日ほんの数分間を共有しただけで、トキヤは彼女のことを何一つ知らない。その事実を再認識させられているようで、胸が苦しい。

「そう、一ノ瀬くん。わたし、先生に呼び出されてるからまたね」

 そう言って軽く手を振る名前は踵を返し職員室へと歩を進めた。
 残されたトキヤは何をするでもなくただその場に立ち尽くしていた。




「失礼しまーす」

 どこか気の抜けた言葉で職員室に入った名前は目的の人物を見つけ。

「おー、来たか。お前入学式に居なかったからこの学校のことよく分ってないだろ」
「はい、分ってないです」
「素直でよろしい。じゃあこの学園のシステムについて軽く説明するからとりあえず座れ」

 そう言って隣のデスクの椅子を指差した日向に従いその椅子に腰を下ろし彼の話を聞く体制に入った。
 それからいくつかのプリントを受け取り、入学式の日に聞けなった早乙女学園の設備等の説明を軽く受ける。
 シャイニング事務所に所属する自分も卒業オーディションを受けなければいけないのだろうかと年間行事予定表を見ながら考える。

「その卒業オーディションのパートナー決めがある夏休みまでの期間、月一単位でレコーディングテストを行う。一回目のレコーディングテストのペアはこちらが決めた。お前のペアは……」

 彼女の最初にペアとなったのは取るにならない単なるモブの男子であるため名前は割愛しよう。

 それから説明は十分も掛からずに終わりを迎え、これで説明は終わりだと言う日向の言葉に名前がプリントを持って立ち上がったところで職員室に女性が入ってくる。
 女性、というのは語弊があるが見た目は完璧に女性である。彼、月宮林檎は現役の女装アイドルでありAクラスの担任である。
 職員室に入るや否や名前を見つけた月宮は目を輝かせて彼女に近づく。

「あらあらあら、アナタ入学式いなかったわよね?」
「こいつは諸事情で入学が遅れたんだ」
「じゃあシャイニーがスカウトした子ってこの子かぁ! アタシ月宮林檎、気軽に林檎ちゃんって呼んでね!」
「名字名前です。よろしくお願いします」

 可愛らしく自己紹介をする月宮はアイドル然としていて、名前は思わず圧倒されてしまう。

「……この後用事があるので、これで失礼します」

 あの日の早乙女を思い出させる彼の勢いに飲まれる前に職員室を後にする。

 それから逃げ込むように学園長室へ入ったが誰もいない。呼び出した本人不在とはこれ如何に。
 誰が見ているわけでもなく名前が首を傾げた瞬間、凄まじい音を立てて窓ガラスが割りながら早乙女が登場した。
 派手な車から出てくるのとは訳が違う、二度目の邂逅の衝撃的さに先ほどとは別の意味で圧倒される。彼女の故郷である田舎町にはこんな素っ頓狂な人間はいなかったからか、田舎者には少々きつい。
 最早窓とは呼べない壁の穴から入り込んだ風が彼女の長い髪を揺らす。

「ヘーイ、Ms.ナマエ! よく来てくれましたー」
「はあ……」
「ユーには今後シャイニング事務所所属のナレーターとして仕事してもらいマース」
「……頑張ります」


 入る事務所を間違えたのでは、と若干不安を抱えても後戻りは出来ない。そもそも今の名前に後悔している暇などないのだ。

「じゃ、例のラジオ、今晩から始まるのでヨロシクデース」
「……んん?」

 早乙女の言葉に思わず間抜けな声を出してしまったが仕方のないことだろう。ラジオ番組が始まることは聞いていたかがその初回が今晩とは聞かされていなかったし、思ってもみなかったのだ。
 彼女が呆気にとられていると学園長室の扉がノックされ、入ってマースという早乙女が返答する。

「シャイニーおまたせ〜」
「社長、急に呼び出したりして何なんだよ」

「オー! 龍也サン林檎サン待ちくたびれマシター!」

 扉を開けて入ってきたのは先ほど職員室で会ったばかりの日向と月宮だった。二人も早乙女に呼ばれていたらしく若干の呆れ顔をしていたが、次の瞬間日向の顔がさっと蒼くなる。

「……って窓!」
「もう! シャイニーが窓割るのなんていつものことでしょ」
「経費で落とすの誰だと思ってんだ!」

 アイドルに教師に事務所の経理も兼任しているなんて大変だなぁと、またもやズレたことを考える。
 そんなことお構い無しで早乙女は名前の肩に手を置き、話を進める。

「彼女、Ms.ナマエデース。今日からシャイニング事務所に所属するので契約書書いてもらってクダサーイ!」

 それだけ言い残すと早乙女は割れた窓から飛び出してしまった。残された名前は唖然とし、日向は未だ経費について嘆いている。
 唯一思考回路がまともに作動しているのは月宮だけで、振り返り名前に満面の笑みを向ける。

「よし、名前ちゃん事務所行きましょ! ほーら、龍也も気を取り直して!」

 それから名前はシャイニング事務所で契約書にサインをし、正式に所属タレントとなる。
 事務所の机上には早乙女からの指示書が置かれておりそこにはナマエはナレーターとして仕事をしていく事と、詳細不明顔出しNGの謎多きキャラクターでいく旨が書かれていた。

「ナマエ……名字の芸名か?」
「はい、その名前で地方ラジオやってまして、その関係でスカウトされたんです」
「そうか。社長の人を見る目だけは確かだからな」
「うんうん! 同じ事務所の所属タレントとして、学校では教師と生徒としてこれからよろしくね!」
「よろしくお願いしまーす」
「うふふ、名前ちゃんこれから忙しくなるわよ!」

 月宮の言葉通り、ナレーターとして大成し活躍していくこととなるのだが、この時の名前はまだ知らない。

「あ、そうだった。ラジオ局ってどこですか?」


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