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▼カワイイボクにぴったりでしょう!

 八百万百は輿水名前と同じ中学校に通っていた。
 八百万が名前の存在を認知した時には、彼女は既にアイドル道をひた走っていたし、一度も同じクラスになったことが無かったため“同じ学校に通う芸能人”という認識しかなかった。
 しかしクラスメイトの女子が度々彼女の噂話をしているので情報元の分からぬ噂は耳にすることが多かった。

 某男性アイドルと付き合っているだとか、若手ヒーローに言い寄っているだとか、時には枕営業をしているなんて噂もあった。本当にどれも根も葉もない。

 聡明な八百万は、まことしやかに女子の間で交される噂を鵜呑みにしようとはしなかった。
噂で決め付けられることが多かったため彼女の噂を鵜呑みにするつもりはなく、そもそも余り興味もなかった故に特に気にしたことはなかった。

 しかしその数日後、偶然廊下で見かけた名前がメディアでのイメージとはかけ離れすぎていて驚いたのを、高校生になった今でもはっきりと覚えている。
 その時の名前は物静かで表情も無に近く、暗いとさえ感じさせられる姿だった。
 メディアでは明るく自信に溢れた姿しか映していないのでてっきり友人も多く常に笑顔が絶えない人物だと思い込んでいたのだ。
 現実は八百万の想像と全く違っていた。
 芸能活動との両立はしていても学校では心を許せる友達はおらず、それどころかクラス内でも孤立しているようだった。

 名前が通ると女子たちが集まってひそひそと何かを話している光景は最早いじめのそれに立ち会ってしまったようで居心地が悪い。
 普段は穏やかなお嬢様でも一度嫉妬の炎を燃やしてしまえばそれは消えることがないのだと知った。嫉妬すると鬼になるというが、本当なのだと思い知る。
 その嫉妬こそ、八百万にとって初めての“他人に向けられた明確な悪意”であった。

 そんな折、進学先で名前と同じクラスになり、八百万は彼女に話しかける機会を失い続け、ついには第一回目のヒーロー基礎学の時間になってしまっていた。
 自分よりも関係性の薄い蛙吹はとっくに彼女と友人関係になっているというのに自分は話しかける勇気すらない。八百万は焦った。

「ふふん。どうです? カワイイボクにぴったりでしょう!」

 そう言ってヒーローコスチュームを自慢するように一回転してみせた名前。
 その仕草にクラスの半数以上が彼女の可愛さを再認識する。

 名前のヒーローコスチュームは可愛らしくアレンジされた所謂巫女服のようなものだった。
 ノースリーブで肩から二の腕にかけてが露出しており、袂の広い袖が左右の腕に装着されている。薔薇の髪飾りが名前の可愛さに華を添える。
 金の装飾が施された膝丈の緋袴には同じ柄の大きな緋色のリボンが付いており、両サイドが大きく開いているため上に着ている白衣の裾とほんの少しだけ太腿が覗いている何ともフェチズムを擽るデザインだ。
 緋袴のスカートと白のニーソックスから生まれる絶対領域に一部の男子は胸の高鳴りを感じざるを得ない。

 一見、ライブの衣装のようで実用性が無さそうに見える。

「ええ、とっても似合うわ」
「そうでしょうそうでしょう」

 蛙吹と友人関係に発展してからはカメラを向けられていなくても明るい面を見せるようになり、蛙吹はその姿に安心していた。
 大人しい名前も可愛いと思ってはいるが、やはり明るく自信に満ちている方が名前らしいと思う。
 名前のオンオフの割合は、柿ピーの柿の種とピーナッツの割合くらいがちょうどいい。

「梅雨さんのコスチュームもなかなかカワイイですよ。まぁ、ボク程ではありませんけど!」
「そうね、ありがとう」

 機能性を重視し、特に可愛さを意識してデザインした訳ではないので蛙吹自身返しに困るのだが、そのまま自己完結してくれたので良しとした。


 いつものヒーローコスチュームを纏ったオールマイトと演習場内にある一棟のビルディングに入る。初めて行われるヒーロー基礎学はヒーローチームと敵チームに分かれての戦闘訓練である。
 敵チームが核を持って立て籠もっているという何ともアメリカンな設定だ。ヒーローチームの勝利条件は制限時間内に敵チームに確保テープを巻くか核に触れること。逆に制限時間内にどちらも達成出来なかったり確保テープを巻かれてしまったら敵チームの勝利となる。

 基本一チーム二人ずつのペアマッチとなるのだがクラス総数が奇数のためどこか一チームだけ三人となる。
 そして三人チームとなったのが名前と八百万と峰田のCチーム、敵役である。

「とりあえず八百万さんの“個性”で鉄板を出して頂いて扉を塞ぎましょう。定石です」
「……」
「八百万さん! 聞いてるんですか!」
「! あ、はい! わ、分かりましたわ!」
「ったく。ボクのカワイイ声を無視するなんて本来ならば許されませんよ!」

 話しかけるのならば今が絶好のチャンスではあるが如何せん今は授業の最中だ。私語は慎まねばらないと律する一方で、この機会を逃したらこの先一生名前と話す機会など訪れないのではないかという一抹の不安もある。
 そんな狭間で揺れていたせいか名前が咎めるまで八百万は心ここに非ずであった。
 意識を浮上させた八百万は名前の指示通り“個性”で鉄の平板にコの字型の鉄板を組み合わせた強度の強い鉄骨を創造し、名前と二人で扉を塞いでいく。
 ちなみに身長が低く、鉄骨を運ぶことが出来ない峰田は核のハリボテの周りに自身の“個性”である球体状の髪をばら撒きつつも、名前のフェチズム溢れる腋と絶対領域、さらには八百万の惜しみなく晒される太腿と胸元を凝視することに集中している。

 それなりの強度を要する鉄骨は、勿論重く、八百万本人でも扉を半分覆う頃には手が疲れているにも関わらず、名前はそんな素振りを一切見せずにてきぱきと自分のすべきことを熟していく。
 輿水名前は身長も低く華奢で、それこそ力仕事など自分のすることでは無いと突っぱねるイメージがあるが、その実根は真面目で努力を怠らない。ライブ会場やテレビ局内でも積極的に手伝いを申し出るタイプであることは世間では知られていない。
 またも自分の持つイメージと違う行動をしている名前に、八百万はとうとう自制出来なくなってしまった。

「輿水さん」
「? 何です? 八百万さん」
「私、貴女に謝りたいことがありますの……」
「ボクに謝りたいこと……?」

 はて、何でしょう。と名前なりに八百万との接点を探してみたが二人が接触したのはこれが初めてで、何一つとして心当たりはない。
 名前が疑問を持つのも無理もない。これから始まるのは八百万の一方的な私情なのだから。


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