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▼01.内定通知

 いつも通り大学を出てブロンズステージにあるマンションに帰る。エントランスに並べられた郵便受けの、自分の名前が書かれた所から大判の封筒を見つけて引っ張り出す。
 現在、私は大学の四回生で所謂就活生という立場にあるため私宛の封筒が送られてくることは珍しくない。
 宛名には当然私の名前。送り主は金融業界の大手、ヘリペリデスファイナンスからだった。一週間前に私が受けた入社試験と面接の結果が入っている封筒だと、すぐに気づく。

 ヘリペリデスファイナンスの支店銀行にでも就職できれば私の人生も安泰だし、日本に住んでいるお祖母ちゃんとお祖父ちゃんも安心してくれるだろう。
 胸をどきどきさせながら封筒を開ければ、中から出てきたのはヘリペリデスファイナンスから内定通知だった。
 あそこの会社は日本好きで有名だから、それも関係して私を採用したのだろう。他の就活生には悪いけれど、こういう時は日本人で良かったと心底思う。

『名前名字様 ヘリペリデスファイナンス ヒーロー事業部への内定が確定いたしましたことを通知します』

「……ヒーロー事業部?」

 はて。確か支店銀行員に応募したはず、なのにヒーロー事業部とはこれ如何に。私は内定通知書を見詰めたまま首を傾げた。
 百歩譲って本社勤務という点は良い、寧ろ喜ばしいこと。だけどヒーロー事業部ということが疑問だった。
 別にヒーローとかかわるのが嫌なわけじゃない、ただ、私はメカだのなんだのには詳しくないしマネジメント能力も皆無だということが重要なのだ。
 きちんと仕事をこなせる自信がない。あと、出来れば面倒なことはしたくない。ヒーロー事業部より銀行の窓口業務の方が楽でいいかななんて思った。

 入社もしていないのに憂鬱な気分になってしまったので、大好きな日本酒を飲んで気を紛らわせることにした。一応本命の内定が決まったということを建前に、冷蔵庫からとっておきの日本酒を出してお猪口に注ぐ。
 さて飲もうとしたその時、私の携帯電話が鳴った。ディスプレイを見やれば見知らぬ番号。しかし知らない番号でも出なくてはならないのが就活生の掟である。

「はい、名字です」
『ヘリペリデスファイナンスのハロルドです。内定通知は届いたかな?』
「はい、内定ありがとうございます。でも私、支店の方に応募したはずなのですが……」

 意を決して内定の事についてを尋ねると電話の向こうの男性は妙にテンション高く言葉を紡ぐ。

『ああ! そのことで電話をしたんだ! 今週の土曜日は暇かい?』
「はい、空いてます」
『オーケー、なら土曜日、我が社に来てくれたまえ! 以上だ!』
「はい、え、あの……切れた」

 用件だけを伝えるとハロルドさんは電話を切ってしまった。今週の土曜日と言ったら明後日じゃないか。もうどうにでもなれ、私はお猪口の中身を一気に飲み干した。



 時は進んで問題の土曜日。リクルートスーツに身を包んだ私は言われた通り、ヘリペリデスファイナンス本社へと赴いた。特に時間指定などはされていなかったので、なるべく早い時間にした。
 受付にてハロルドさんに取り次いで貰ったら、あれよあれよという間に会議室のような場所に連れて行かれ、そして十分もしないうちに四十代くらいの男性がやってきて名刺を渡してハロルドと名乗ったのだった。

「いやあ、来てくれてありがとう! さっそくだけど本題に入らせてもらうよ。君を我が社の新しいヒーローに抜擢したんだ!」
「は……え、ええっ!?」

 ヒーロー事業部所属ってそういうことか、そういうことなのか。
 唐突に告げられた内容に私の頭は混乱するばかりである。私がヒーローに成るだなんて、信じられない。

「私が、ヒーロー、ですか……?」
「ああそうさ! 君はNEXTであり日本人であり女の子であり奉仕活動が好きときた。そして我々は男性層の支持を増やしたくて日本人の女の子を探していたんだ! つまり君がヒーローになれば全て上手くいくんだ!」

 ちょっと待て、私がNEXTだといつの間に調べたんだ。
 確かに私はNEXTだけど大学内でもご近所さんにも、親しい友人にも知らせていない。そんな個人情報を調べ上げてしまうこの会社が、否、この人が少し恐ろしく見えた。

「その顔はどうして君がNEXTだと知っているのか不思議がってる顔だね! 大丈夫、君のかかりつけの病院に問い合わせただけだからね! ノープログレムさ!」

 いやいやいやいや問題だらけです、とは言えず。私はただただ頷くことしかできなかった。
 もうどうにでもなれ、その言葉はまるで魔法の呪文のように私の頭を冷静にしてゆく。二日前もお世話になりました。
 それからハロルドさんは持っていた紙の束を机上に置き、私に目を通すよう促した。

「その資料を見ながら聞いてくれ。……知っての通り我が社には既に折紙サイクロンというヒーローがいる。彼は見切れ職人して定着してしまいスポンサーもそれで良しとしてしまっているんだ。しかし我が社としてはもっとヒーローとして活躍し我が社の株を上げてほしいのが本音」

 ハロルドさんが十二ページを見てくれ、と言うのでそれに従いホチキスで留められた資料を捲る。
 見やすい円グラフが載っていて上部に“折紙サイクロンのファン層割合”と書かれていた。

「彼のファン層は主にキッズと女性、あとは精々高齢者くらいだ。しかも細やかな人数でね。しかし我が社としては男性のファンを増やしたい。そこでだ! 我が社もブルーローズみたく女性ヒーローを立てて男性のファン層を増やそうと考えたんだよ!!」
「はぁ……」

 良いアイデアだろう、と胸を張るハロルドさんに愛想笑いを浮かべてページを捲る。そこには新しいヒーローの原案の一部なのか日本の神社と鳥居が描かれていた。

「我が社が日本をフィーチャーしているのは知っているね? シンボルは狛犬、ビル頂上の彫像には鳥居も模してある。折紙サイクロンも日本のニンジャをモデルにするくらい日本が好きなんだ! だったらいっそ新ヒーローは日本人にやってもらおうと思ってね! たまたま我が社の支店銀行員に応募してきた君に白羽の矢が立ったんだよ名前君!」

 白羽の矢が立ったとか、よく知っていたなぁと感心するのも束の間。私が採用された理由の一つがまた明らかになった。何だ、偶然だったのか。
 でも、ここまで日本が好きだと言われたら悪い気はしない。祖国を褒められて腹を立てる人なんていないだろう。

「折紙サイクロンのパートナーであるニューヒーロー、ナマエミスティカルをやってくれるね? 名前君」
「えっと、その……」
「君じゃないと出来ないんだよ!」

 そう言われると弱いのは日本人の性とでも言うべきか、ちょっと折れかかっている私の心。
 でも、それとこれとは全くの別問題。いきなりヒーローをやってくれだなんて、ペンを拾ってくれと言われている訳じゃないんだから、二つ返事で承諾はできない。

「大丈夫! 君ならスポンサーだってすぐに付くさ、給料だってそこいらの企業より多く出すよ。なんたってうちは金融業界のトップだからね!」
「そうじゃなくってですね。急に言われても決められないと言いますか……」
「そうか……わかった、返事は明日聞くことにするよ! この時間、だとちょっと早いか。そうだ、明日の十一時半頃受付の前で待っていてくれたまえ! 昼食でも食べながらゆっくり話そう! ああ、勿論私服で来るんだよ。じゃあ良い返事を待ってるよ!!」

 捲し立てるように言いたいことだけを言ってハロルドさんは部屋を出て行ってしまった。すごい、扉が閉まる最後まで笑顔を絶やさなかった。
 一人取り残された私は貰った資料と名刺を鞄に仕舞い、ヘリペリデスファイナンスを後にした。


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