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▼あつやマイマイ 參

「お待たせしました」
「お疲れ様、ごめんね、道案内させちゃって」
「いえ、僕でよければ」

 アツヤは自分が私以外の人間には見えていないことを分かっているのか私の手を握ったまま静かだった
 どうやらこのグラウンドからは公道に出ることが出来ないらしく降りてきた階段を上ることになった、その間に彼の話を聞くことにした
 一ヶ月ほど前にサッカーで世界征服を計った宇宙人たちとの戦いに勝利したらしい、私はそういったものに興味がなかったので素直に知らなかったことを伝えれば驚かれた

「あんなに大騒ぎになったのに知らなかったんですか?」
「その時は海外にいた気がするのよね」
「気がするって……、不思議な人ですね」
「それ、なぜかよく言われるわ」
「あははっ、あ、それでその知り合いの家ってどこですか?」
「ああ、ええと、」

 私が目的地を伝えれば彼の表情が険しくなった、それもそうだ、私たちの目的地は彼が前に住んでいた家なのだから、もしくは今も住んでいる家か
 ほんの数秒の間をおいて彼が口を開く、そこなら知ってますから案内できますと、やはり彼の表情筋は忙しそうだ

 彼にとっては二人だが私とアツヤにとっては三人の間に沈黙が続く、彼自身聞こうか聞かないでおくべきか考えているように思える
 私は隠しているつもりはないがアツヤは聞かれたくないだろうと微妙な板ばさみになりつつひたすらに足を動かす
 様々な家が連なる住宅街に入ってから除雪をしている人がちらほらと見えて、彼はほとんどの人に声をかけられていた

「おや吹雪くん、年上の彼女とはやるねー」
「しかもべっぴんさん!」
「もー、違いますよ」

 この手の話はもう耳にたこが出来るほどに聞いた、愛想笑いを返す彼も慣れたように返事をしていく
 そこで初めて彼の苗字を知り彼がアツヤの兄であることはこれで推測から確信へと変わった、兄に似ていて同じ苗字ということでアツヤはすでに何かに気づいているかもしれない、生憎身長の低いアツヤの表情は伺えなかった

 しばらく歩いて一軒の民家の前にたどり着いた、一般家庭の家にはふさわしい外装だったがここまで案内してくれた彼は今はこの家に住んでいないらしい、その証拠に売り家という紙が貼られている
 人気のない家にアツヤも何かを悟ったのか繋がれた手が震え始める、そして私の視線が空き家の紙にあることに気づいた吹雪くんがあわてて口を開いた

「ここに住んでいた家族は……」
「知ってるわ、ここまで案内ありがとう」
「なら何で……!」
「ここに帰りたかったのは私じゃないの」
「……?」

 私の言葉に違和感を覚えたのか吹雪くんが眉を寄せる、そう、帰りたかったのは私じゃない
 ゆっくりと頭を撫でてやればアツヤが顔を上げる、やっと見れたアツヤの表情は今にも泣きそうだった、現実は時に厳しいけれどこれもすべてアツヤのため

「ほら着いたよ、アツヤ」
「っ!?」

 すでにこの世にいない弟の名前を呼ばれた吹雪くんが目を丸くする、今日初めて会った見ず知らずの女が死んだ自分の弟の名前を呼べば誰だって驚くしかない

「今、アツヤって……?」
「ええ、アツヤはここにいる」

 君には見えていないみたいだけれど、そう付け足してアツヤの居る場所に視線を送れば吹雪くんもそこを見詰める

「おれ、お、れ……うう、あ、」

 大きな目から涙を一筋こぼしたのを皮切りにアツヤはわんわんと泣き始めた、私はただ黙ってその小さな身体を抱きしめた


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