やっぱりこの味がいい 後
 




「起きたか」

「あ、はい」


驚きすぎて普通に返事をしてしまってから、いやいや、ととりあえず顔を覆った。何このお決まりの展開。ベッドにもたれて寝たはずが毛布に包まって、隣にというか目の前にクラサメさんが横たわっている。やはりいくら疲れていても起きているべきだった。起きて断固椅子で寝るべきだった。
異性の、それも元上官と同じベッド。私を好きだと公言している、はた目にもかっこいい人の顔が間近で喋っている。どういう顔をすればいいの。いや合わせる顔がないというのが今の心情ではありますが。
疲れているのは分かるが朝食ができたようだ、とこちらも何ともなしに話し掛けられたので余計に対応に困る。先に起き上がって身支度を済ませたクラサメさんがどうした、とこちらを見やって、ベッドに丸まって赤面している私を見て、ようやく現状に気付いたようで。


「す、すまない。先に行く」


ちらりと見た限り同じく赤面したクラサメさんが、ドアにぶつかりながら部屋を出ていった。
こんなんでここの奥さんと顔を合わせられるわけもなく。赤みが引いて冷静になれるまで、と毛布に潜った。駄目だ余計に恥ずかしくなってきた。顔を洗ってしまえば赤くても誤魔化せる、よし、もう起きてしまおう。その前に自分に活を入れるため頬を一発叩いたけれど、結局顔の赤みがひどくなっただけになってしまった。

身支度を整えて食卓に着くころにはなんだかクラサメさんと奥さんが打ち解けていて、なんだか昨日よりも和やかな空気で肩から力が抜けた。うんそうだ、普通通りにしていればいいし別に変なことがあった訳じゃないしよし。


「ごめんねえ、昨日は大丈夫だった?部屋一つしか準備できなくてさあ」


突然の核心を突く言葉にスープを抱えた腕が思わず止まってしまった。むしろ落とさなかったことを褒めてもらいたい。
私の代わりに「お気になさらず」と答えたクラサメさんに任せてしまおうとパンを口に突っ込みながら話に耳を澄ませることにした。焼き立てパン美味しい。


「それにしても候補生って大変ね、こうやって人の頼みごととかも聞いてるんでしょ?しかも女の子でもこうやって遠くまで来て雑魚寝したり。本当、助かるんだけど心配になるわあ。怪我とかもあるでしょう?」

「問題ありません。私が彼女を守っていますし彼女も私を守ってくれるそうですから」

「そうね、候補生になれたくらいだから逞しいのよね。失礼だったかしらね。おかわりは?」

「あ、じゃあいただきます」


口を開かなくとも不自然じゃないようにともりもりスープを平らげてしまったおかげでカップはもう空だ。そのカップを奥さんに差し出せば「一晩置いたほうが美味しいでしょ、このスープ」とにこやかに注いでくれた。なんだろう、この安心感は。母は偉大だ、と今度こそゆっくりと、味わいながらスープを啜った。


「まあ、あなたたちは同室のほうがよかったでしょうけれどねえ。出来てるんでしょ?おばちゃん応援するわよ?」


せっかくゆっくり飲んでいたのに、驚いて口を開きかけたものだから大量の空気まで一緒に飲み込んでしまった。じゃなくて。


「じょっ、上官ですよ!出来てるだとかそんな話は」

「あらあ、違うの?お似合いよ?それに流行ってる本だとあれよ、上官とくっつくなんてよく出てくるしそんなの当たり前かと思ってたわよ」

「ないですよ!」

「俺は身近に例があったんだがな」

「や、それはあれですけど、いや」

「お仕事中はアレかもしれないけどさ、戦争も終わったんでしょうしもっと積極的に恋愛するべきだと思うのよ私は。ほら、新しい国を支えるのは貴方達なんだから」


もう、混乱だとか恥ずかしさだとかで何も言えなくなり、打ちひしがれながら黙ってスープを啜った。

食事が済んだら出発する、とクラサメさんが宣言したので、身支度を整えてお金を渡した。「また来てもいいのよ、今度はお金じゃなくて働くんでもいいし」というありがたいお言葉もいただき、民家を出る。


「行ってきます」


クラサメさんのその言葉に一瞬驚いた顔をした奥さんが、少し悲しそうに、それでも笑顔で「いってらっしゃい」と見送ってくれた。
奥さんが家に戻り扉が閉まるのを見守り、バタンという音とともにクラサメさんから赤い光が浮かび上がる。早朝の静かな時間を光が昇るのを見送りながら、「いい人でしたね」とほとんど独り言のように呟いた。一度うなずいたまま、もう光も見えなくなっても身動きしないクラサメさんに声を掛けるが、視線は合うこともなく声も返らない。もう一度、問うように呼べば、ようやくこちらを見たクラサメさんがマントをずらして口元を露わに声を発した。


「俺は、身近に例があったと言ったな」

「……私ですよね」

「そうだな。だが、それも確かに叶わなかったことだ」


え、と言う事しかできなかった。
だって、私は、彼の記憶はないけれど、確かに一番近い人物だったって。書類に、恋人だったって、


「告白してくれた君に、私は応えてやれなかった」

「………」

「こればかりは後悔している。……人が増えたな。目立つ前に行くか」

「は……い」


その日のうちにしたかったことはたくさんあったけれど、胸部が痛くて、それどころじゃなくてとりあえずはその日は魔道院にすぐに帰ったのだけれど、どうやって帰ったのか覚えていないほど必死に狼狽えていないふりをしたのだけは覚えている。
私は、何に傷付いているんだろう。



14.02.07



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