ただひとこと伝えたかったの
 




「候補生の心残りを昇華してやりたいと思う」


これからを彼に訊いてみたら、そう答えられたのでやはりかとも思う。
ファントマが複数ある感覚というのは私などには分からないが、彼は集中すれば声が聞こえるらしい。その声は次々に心残りを訴えては消え行って、次のものの声を届ける。ただの訴えであって強制ではなく独り言のようなものらしいけれど彼はそれを聞き届けた。そして、それを昇華するために必要なことをするつもりらしい。
昨日と同じように私ばかりが座っているので、見上げながら気になったことをぶつけた。


「でも、心残りを叶えたらファントマはクリスタルに帰るんじゃないんでしょうか」

「それはこれから試して行こうと思う」

「もし、もしですよ、全員分の心残りを昇華し終えたらその、クラサメさんの体からはファントマがなくなるんじゃないですか」

「いや、それはない。俺自身の心残りがあるからな」


そんなものだろうか、と思うけれど私が言ったって仕方ないかとも思う。こういう人だからこそ、思いをすべて預けるような奇跡が起こったのかも知れないな、と苦笑して、「監視」の名目がなくなった私はどうしようかとバインダーに視線を戻す。
彼が話してくれたことはここに資料としてまとめてある。研究の資料としては十分とは言えないだろうけれど集められるだけの資料はまとめたし、怪我人の治療は4組の専門の子たちでまかなえている。私はここに居る理由すらあやふやになってしまって、どうしようか、どうしたいか、ずっと決めかねていた。ここで研究者になってもいい、医者とまではいかなくても治療の為に各地を周ってもいいし、前から狙っていたチョコボ飼育員もいいかもしれない。ただ、どれも積極的になれるほどやりたいことではなくて。彼に訊かれても答えられそうにはなかった。
壁から体を離したクラサメさんが私の前に立つ。そうして、ひとつ前置きをしたいという。


「これは候補生の心残りの一つであるが、私の私情も多分に含む」

「……えっと?」

「この『彼女』が本当に求めていた者は同じように亡くなった。それは確認済みだ。それで告白したかったという感情だけが残った。だから、代弁でもなく、俺にとってのきっかけだと認識してほしい」

「ええと、分かりました」

「好きだ」


一応は予測していたのに、息ができなくなった。
身動ぐことも逃げることもできなくなった私を、彼が胸に押し付ける。温かい、鼓動が聞こえる、生きている。

すごく、嬉しいけれど、どうしたらいいのか分からなかった。彼が好きなのはきっと私ではない。私が忘れた、彼を好きだった私なのだ。
今までだって優しかったのは、いとおしそうにみていたのは、私じゃない。
なのに、確かに嬉しいのだから私は馬鹿だ。

彼の喉から赤い光がそっと出て、空を目指してのぼって行く。間近にそれを眺めて、どうしてか羨ましくなった。
私はどこに行ったらいいのかますます分からない。



13.10.19



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