しろいろ
 




ファントマは人の思いであり、魔力だ。
思いはそのままエネルギーにもなる。だからこそ奇跡は人の目の前で起きるのだろう。



彼が死んだことになったあの日、膨大なエネルギーを射出する軍神が召喚された。明らかに不利だった戦況を一撃で変えたエネルギーは、ならどこからくるのか。当然、人だ。たくさんの人の魔力がなければ戦争に負けていた。
あそこで負けていればもっと多くの人が死んだかも知れない。だから、魔導院は勝つために院の人間を犠牲にした。
ただ、当人達には知らせることはなかったのだろう。犠牲にするために集められた彼が率いた兵は必ず死ぬ任務だとは知らされていなかった。もちろん彼にも知らされてはいなかったが、「軍神召喚の補佐」という内容に覚悟はしていたらしい。
魔力は一気に抜き取られるのではなく、徐々にルシの元へ集められた。それが体から抜ける感覚も明確にあった。そして、集められた兵士は自分達の役割を悟ったのだろう。たくさんの人の様々な思いが強制的に体外へと抜かれていった。
ルシの一番傍にいた彼も、全てを捧げる覚悟で作戦にあたった。
そして、全てを捧げた。


全てが抜けきるその瞬間、彼は死ぬのだろうと知覚したのだという。そして同時に、後悔した。まだ心残りがあると、生きたいと強く思った。
彼の背後に配置された候補生達も、声や動作ではない何かにつられて生きたいと願った。それでも魔力はルシへと強制的に集められた。魔力は全てルシの元に、そして、残り滓の生きたいという願いと後悔がルシの最も近くにいた彼に降り注いだ。
小さな願いや心残りが、彼に積もった。人の思いはエネルギーになる。その積もったエネルギーは、彼一人が辛うじて生きられるだけ降り積もった。
そして、彼に願いを託した。

これが奇跡の全貌だろう。





彼の長い話を紙面に書き付けて、顔を上げると周りが赤く染まっていて心臓がぞくりと跳ねたが、なんてことはなく夕陽が差しているだけだった。そこまで考えて、道理で紙が足りなくなるはずだと膝に乱雑に重ねていた紙束を整える。


「……話してくださってありがとうございました」

「いや。私もファントマを複数抱えていると気付いたのは先日だ。話してようやく頭がまとまった」

「士官は、」

「クラサメでいい。もう、軍人でもない」


確かにもう候補生という括りも戸籍のない彼の監視をする理由もなく、彼が尽くしていた組織だって表面上でしか残っていない。位もクラスも、もう関係ないのだ。クラサメさん、と言い直して、彼の表情をちらりと窺うと微笑んで返されたので慌てて手元の走り書きに視線を落とした。

彼を監視するにあたり、ずっと訊きたかったことがある。どうしようもないことだからと訊かずにいたことがひとつだけ。
訊こうとして、止めた。今の私には、あまりに辛い一言になってしまったから。


「……今日はあとは救護室に顔を出して休みましょうか」


誤魔化すような言葉に頷いてくれるのを分かっていて、立ち上がって彼に笑いかけた。明日、明日と引き延ばしたって仕方ないのは知ってるけども、彼が待ってくれるのも知っているからつい。



13.10.17



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