朝になく
 





ファントマは、人の思いだ。
思いのもとになるのは記憶であったり声であったりと様々で、ひそかに研究が進められているけれども分からないことが多い。
だからこういった事例のないことは度々あることだった。
全て表には出ないよう、私達の手によって隠されてきたことだけれど。
それにしてもこんな事例はどんなに古い資料を漁っても見つからなくて、正直どうしたらいいのか判断がつかない。棺から急きょ運び込まれた人物の寝顔を観察しながら息を吐ききる。彼の一挙一動はすべて記録しなければならないことも気を重くする要因なのだが、それ以上に心苦しいことがある。

彼がびくりと身震いする。意識が戻ったのだろう。手元の記録表に時間などを書き込みながら、顔を覗き込んだ。薄く開いた瞳は記述に合った通りに綺麗なエメラルドグリーンだ。その瞳が揺れて、私に向けられる。そして、親しげに細められた。
心苦しいけれど、言わなければ。


「クラサメ・スサヤで間違いないですね」


言葉もなく頷くのを見て、また手元に書き込んだ。何か言いたげな視線に苦笑で返し、記述を増やす。
――彼の目を見ても私の記憶は戻らない。と。

彼は、秘匿大軍神を呼ぶための生贄の唯一の生き残りで、なぜかみんなの記憶から消えた貴重な人物だ。
……そして、私の恋人だった人らしい。
もちろん記憶にはないのだけれど。

彼は私のことを覚えているのだろう。目を見ればそれはすぐに分かった。
それが、余計に申し訳ない。
申し訳ないとは思うけれどこれも仕事だ。
衰弱した彼を介抱しながら、観察を続けた。彼はその日一言も喋らなかった。




13.06.28



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