365 | ナノ


ギムナジウムもの+拍手返信

2018/01/08 10:12

「俺のことも押しピンで刺して標本にして街へ持ってったらいい」
 生意気そうにとがった唇を動かして、ブロディはそう言った。
 ベッドに腰掛け足をばたつかせる様子はとてもギムナジウムの教育課程後期一年目を修了する生徒には見えない。まるで駄々をこねる幼児のようだ。
「どうして?」
 言葉を背中に投げつけられたローレンスは振り返った。
 ミルクをたっぷり入れた紅茶色の髪の毛がさらさらとその動きについてくる。青年に近い年の頃の男にしては長い髪で少し隠れた緑色の目がブロディとかちあった。
「だってロルは蝶が好きだろ。じゃあ俺より珍しい蝶なんていないぜ」
「でも、君は蝶じゃないだろう?」
 ローレンスは困ったように口の端に頬笑みを浮かべた。
 笑うことで会話を終わらせるのはローレンスの悪い癖だった。
 一人だけすっかり終わった気になって大きなカバンに標本を仕舞う作業に戻る。それがブロディをますます苛々させるのにまるで気がつかないのだ。
 窓から差し込む春の陽射しに標本箱のガラスが反射してローレンスごと光って見える。
 ブロディはその光る背中に視線を投げつけながらベッドの上で膝を抱えた。
「そんなに蝶が好きかよ」
「ああ、好きさ」
 今度は振り返らずに答える。緑色の視線は標本箱に注がれたままだ。
「きっと鱗翅類学者になって、たくさんの珍しいものたちを見つけたいと思うくらい」
 ローレンスはこの春、この寄宿舎から出ていく。
 卒業するのだ。
 最上級生と新入生を同室にするのが伝統のこの学校にあって、二人は同室の友であり、決して埋められない学年差を持った先輩と後輩でもあった。
 アビトゥーアに見事合格したこの同室者が目標にしていた大学へ進学するのをブロディは素直に喜んでやれずにいる。
「ねぇブロディ、僕についていかなくても春休みには家に帰れるじゃないか」
 ほんの数日早いか遅いかだけだよ、と諭した声でたしなめるローレンスの背中にブロディは「わからずや」ととがった声を投げつけた。


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