365 | ナノ


野焼き(燭台切と長谷部)

2017/01/17 14:51

長谷部くんの故郷は、二人で暮らすアパートから電車で二時間だ。
近いとも言えないが決して遠くもない。帰ろうと思えば直ぐ帰れる。
現に長谷部くんは年末年始でなくともたまに実家に帰って、畑で採れた野菜を持って戻ってくることがあった。
彼にとって故郷というのは遠くにあるものではないのだ。
だから、「実家に帰らせてもらう!」なんて簡単に言えたのだろう。
思い返してみれば他愛ない口喧嘩だった。喧嘩の端を発したきっかけなど思い出せないが、言い合いを続けるうちに加熱していって、ついに出たのがその一言だった。
これは僕には到底言えない。僕には故郷がないからだ。
僕は施設育ちで、その施設も今は閉鎖されているので帰りようもない。まぁそれは、今はどうでも良いような話だ。
とにかく、長谷部くんには帰ると啖呵を切れる故郷がある。
メラメラと心中に立ち込めるものがあった。
長谷部くんが故郷へ帰ってもう二度とこのアパートへ帰ってこないという恐怖で足元がガラガラと崩れるような思い、焦り、不安、恐怖。
気が付くと、走り出していたのは僕の方だった。
「燭台切! どこへ行くつもりだ!」
長谷部くんの声が追いかけてくるが、振り切る。
時間は二十二時をまわったところだ。
まだ間に合う。
田舎にはガソリンスタンドが必須だから、それもまだ間に合うだろう。
僕はポケットに財布とライターが入っているのだけを確認して、ひたすら走った。
長谷部くんの故郷への電車へ飛び乗るために。
もう二度とあんなこと言えないようにしてやる、その炎が先にメラメラ燃えている。




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