タダ冒5 五章 草原を駆ける少女 
うさぎと奇術師3
 隠居した賢者のいよいよの発言に場が静まる。始めに話しに乗ったのは、わたしの斜め前に座る少年だった。
「では私の事も『見てきたように』語ってくれないか」
 レオンの言い方には刺がある。
「知っているんだろう?なぜ私は捨てられたのか、なぜ実の両親から離されたのか、なぜサイヴァ教団の運営する孤児院などに預けられたのか、を」
 レオンの言葉にわたしはラグディスでの冒険を思い出していた。初めて彼の顔を見たレストラン、彼らの黒い馬車、襲ってきた獣人達、祈りの町と大神殿、暴れ狂うサイヴァの心臓、最後の夜……。
「私を恨むかね?」
「なぜそうなるんだ?」
 王弟の突然の言葉には、返したレオンでなくともそう聞きたくなる。全員の注目を集める状況にも、王弟シャルルは落ち着いた様子のまま口を開いた。
「私が君を王室から出すよう、エリーザベトに助言したからだ」
 室内の空気が張り詰める。今の発言の内容ゆえ、目の前の男が急に不気味なものに見えてくる。今まで冷静だったレオンも流石に顔が青くなっていた。この男が元凶か、と思えば当然だ。
「正しくは『私に預けないか』と持ちかけた。当時はこれが最善だと思ったが、これが失敗だった。エリーザベトは私を怖がっていた」
「何かしたんですか?」
 わたしの正直な質問に王弟は笑って答える。
「ふふ、いやいや彼女が私を怖がったのは、私が魔術師としての道を進んでいたからだよ」
 怖い魔法使い、という単語が浮かぶ。あ、そうだった。わたしも王妃には避けられていたっけ。彼女はきっと魔術師全般が怖いんだわ。
「魔法使いが悪い子を捕まえにくる話しね?あれってそういえば……」
 わたしはブルーノの顔を見る。わざとじゃなかったのだが、全員の視線が彼に集まってしまい、ブルーノは明らかに不機嫌そうに答える。
「デツェンで古くから伝わる慣習だ。子供を諭すのに親が使う。早く寝ない子の元に魔法使いが来て、耳を持ち帰る、とかそういう話しだ」
「デツェンのある北エデュリニアは、こっちより魔法や魔法使いに対する畏怖が強いからなあ」
とアルフレート。
 なるほど、こちらでいう『呪われたエメラルダ島』みたいなものか。子供に罰の価値観を教えるのに、未知なる畏怖の存在を言うのは万国共通ということだ。ようするにエリーザベトはブルーノからその話しを聞いたわけとなる。
 それが口火になったのか、ブルーノは苛立たしげに身振りを交え、王弟に詰問する。
「それで?なぜ貴方はそんな『突飛な』ことを言い出した?そしてなぜ王妃はサイヴァ教団などと繋がりがあった?『私が知る限り』彼女はそんな教団に知り合いなどいなかった」
 段々と声が大きくなるブルーノに、レオンの方は勢いを削がれたようだ。今はただじっと話しを聞く体勢に入っていた。それを見てわたしは声を大きくして提案する。
「まあまあ、ちょっとややこしくなってきたから、落ち着いてシャルル殿下に始めから説明してもらいましょうか?」
 それに王弟は「シャルルでいいよ」と苦笑する。そう言われても……と思うが、でもこの人って今は一般人……どころか生きていないはずの人間だしなあ。それでも元王族の彼には一定の敬意を払いたい。わたしの「じゃあシャルルさんで」という呼びかけに王弟は「いいね」と頷いた。
「じゃあ中年男のつまらない半生でも聞いてもらおうかな。まず背景にあるのは『王室なんてものはとてもくだらない、つまらないもの』だということ。どこもそうだとは思いたくないけどね。お飾りの国王は一兵士を動かすにも大臣の顔色を窺わなくてはならず、王族はその大臣達の成り上がる為の道具でしかない、ということだ」
 自嘲混じりの話しにアルフレートが呟く。
「誰につくか、ってやつか」
「そう、国王派か王弟派か、はたまた王太后につくか……」
 指折り数える王弟にトマリが鼻を鳴らした。
「あんたについたって旨味ねえじゃん。どうせ偉いのは王様だ」
「兄が死んだら私が王になる、時もあった。そうだろう?」
 王弟はにやりと笑う。若い頃の彼の日記には、確かにその辺りの苦悩が描かれていた。
「その為には私も兄も、母や姉でさえ『憎しみあっていなくては成らなかった』。実際には、私達は仲がいい家族だったよ。本当に普通の国民の一家庭と変らない……家族だった。でも家臣の中にはそうじゃ困る輩もいた、ってことだ」
「自分の大将に旗を取ってもらわにゃいかんからな。その為には相手に攻撃しなくてはいけない」
「そうだ、その為には馴れ合っちゃいけないってわけだ。もちろんそんなカリカリした連中だけじゃない。半数以上は平和を願う、国内が常に平定された状況を望む者だ。そんな者達がベストとする状況はね、反体制派を生みやすい私のような存在は、表に出すべきなんだ。私も何度もラグディスの大神殿に行って、本格的な信仰生活に入るよう勧められた」
 エミールの肩が動いた気がした。見るが、真っ直ぐ叔父の話しを聞き入っている姿がある。しかし国王の弟に修道士になれ、とはねえ。サントリナは宗教の力が強いから、国王の兄弟には大神官にでもなってもらって、その方が国力も盤石なものになる、って理論は分かるけど、本当に『駒』扱いなんだな。
「そんな嫌気の差す出来事ばかりの日々に、彩りを与えてくれたものもあった。恋愛だよ。若い頃、私は恋をした。恥ずかしながらある女性に夢中になってしまったんだ」
 ふと日記の内容を思い出す。わたしはその旨を発言したくて口を開くが、言葉に出来るほど精彩な内容を思い出せない。それを見て王弟は自ら補足を続けた。
「ジルダという女性だ」
 聞いた事があるような、ないような。首を捻っているとセリスがテーブルを軽く叩く。
「昔、貴方が魔術師ギルドで知り合った女性ね。別荘に連れて行ったりもしたんでしょ」
 それを聞いて王弟は大笑いする。
「そんなことまで知っているのか!これは恥ずかしいな!」
 王弟の笑い声が響く中、アルフレートが本棚をじっと見ているのに気づく。彼はわたしと同じ魔術を使う者であり、相当な読書家だ。気になるんだろう。それに気づいているのかいないのか、王弟は再び話し出した。
「結婚も考えていたんだ。残念ながら王妃にはしてあげられないけど、一生の安定と幸せを約束するつもりだったんだ」
 そこで区切ると立ち上がり、玄関口の脇にある小さな窓に向かっていく。来客が見えるはずのその窓は、ひどく曇っていた。
「私のこの考えは浅ましく、間違いだらけで、無知だった。彼女はその正反対を理想としていたんだ。縛られることを嫌い、不安定を望み、家庭の中で静かな時を過ごすよりも混沌とした時間に身を置きたがった」
 随分、奔放な女性だな、と思ってから鳥肌が立つ。不安定と混沌、彼女はサイヴァ信者だったんだわ。そのことに気づいた者から順に息を呑むのが分かる。アルフレートが感心げに頷いた。
「なるほど、貴方に近づいた後に懐柔して、サイヴァ信者らしく革命でも起こすつもりだったのか。そうすれば彼らの理想の混沌の出来上がりだ」
 王弟はアルフレートの言葉を聞きながら窓枠を触り、指についた埃をふっと吹いた。
「それで国を離れて、この島へ?もっとやり方があったと思いますが……」
 そう言うエミールに叔父貴はにっこりと微笑んで返した。
「今言ったことはここに来た理由の一つだ。彼女のやり方は狡猾で、直接手を下すことはない故に断罪出来なかったのもある。私が離れるのが一番、手っ取り早かった。それと先程行ったように、私に残された道はラグディスの大神殿に行くことしか無かったこと。あと、もう一つある。それは……」
 王弟は自ら話し出したというのにひどく言い淀む。たっぷりの間を取ってからの言葉は、
「サイヴァ教団に近づきすぎたんだ」
というとても大雑把なものだった。
「近づきすぎたとは?」
 試しにしたわたしの質問には、思った通り答えない。表情から『濁してやり過ごしたい』というよりはっきりと『答えない』意思が見られる。どうしようか、とわたしは唸った。その間に王弟は話しの続きを始めてしまった。
「自分が消えればいい、なんて格好つけたがね、私は元々こういう暮らしをしたかったんだ。でもサントリナへの愛はあった。家族への愛は捨てられなかった。だからこそ、その後の展開はひどく私を落胆させた。……未来の国王を産む王妃は、双子を懐妊した」
「ひ、ひどいです!貴方の発言は僕達を侮辱している!」
 エミールが頬を赤くして立ち上がる。が、それを手で制したのは意外にもレオンだった。
「私が貴方でも『また厄介なことになった』と思うだろう。せっかく自分は退場したというのに、また世継ぎが二人、しかも今度はもっと厄介な双子だ。そう思った気持ちは分かる」
 淡々と言うレオンをエミールは信じられない、という顔で見る。その二人を見ながらテーブルに手をつく王弟に、殴り掛からんばかりの勢いで今度はブルーノが迫る。
「だから双子のうち一人を、自分によこせと迫ったのか?それがどんな行為か分かっているのか!?自分にそんな権限があると、どこで勘違いした!?」
 ブルーノの見た事のない剣幕に驚くが、これが彼本来の姿なのかもしれない。罵倒とも言える言葉を浴びた王弟は、表情こそ冷静だがこちらも厳しい口調になった。
「私もその当時は大人全員で子供達を守るべきだと思っていた。ただどうだ、肝心の母親はこちらに来る前から『既に壊れていた』じゃないか」
「なぜそう思う!明らかにレオン様がいなくなってから、『あの()』は衰弱した!」
 あの娘、という言い方に全員がブルーノの顔を見る。エミールもぽかん、という顔で振り返っていた。しまった、という顔のブルーノにアルフレートが皮肉たっぷりの言葉を響かせる。
「いつまでも可愛い小さなリーザじゃないんだよ」
「貴様!」
 ブルーノは拳を震わせるが、それ以上は言い返さない。彼自身、自分の失言にショックを受けている様子だ。
「現に騙されたにしろ、手放したのは王妃自身なんだ。それに、君にその原因が全く無いとは言えないはずだろう?」
 アルフレートはそう言って、すぐに王弟に向き直る。
「王妃の状態を分かっていたというのに、さらにパニックになるような事を持ち掛けたアンタにも責任はあるだろうが」
 王弟は大きく頷く。
「その通りだ。しかし当時はとても慌てていたんだ。言い訳だがね……だがまさかジルダがエリーザベトに近づき、更に今度は若いレイモンに目をつけるなんて思わなかったんだよ」
「れ、レイモン?」
 わたしは声が裏返る。いずれは出る名前だと、いや聞かなくてはいけないとは思っていたが、このタイミングとは。
「レイモン?一緒にいる彼女はアルダっていう美女よ?とても貴方と恋人同士だった年齢には見えないけど」
 セリスはいぶかしげに王弟を見る。わたしもそれに乗っかった。
「アルダは有名な女優さんよ。派手な見た目だから身分詐称も難しいと思う」
 彼女の生まれや育ちは知らないが、あれだけ注目を集める人だ。他人になるのは無理なのではないか。いくら名前を変えたところで、王弟の次はレイモンの恋人になった女性など、噂を聞かないはずがない。だが王弟はにやっと笑い、こう答えた。
「ジルダが何者なのか、歳はいくつかなんて知るもんか。なんせ人間かどうかも知らないんだ。そうか、今はアルダというのか」
 大きめの独り言をぶつくさ響かせる王弟に、わたしはイライラとして咳払いした。
「要するに、貴方のかつての恋人はサイヴァ信者であり、貴方を使って兄弟を対立させてサントリナを戦火に巻き込み、混沌とさせようとしてたってわけね?それには貴方が逃げたことで失敗したので、今度は同じように『そのままだと王位継承権の無い』レイモンに寄り添った、ってことかしら」
「そこまで言ってないのにすごいな。さすが妄想力逞しい」
 茶化すアルフレートは無視する。
「その過程でエリーザベトに余計なアドバイス送った……っていうのが妥当かしらね。『このままだと魔法使いが子供を連れていってしまうわよ。安全なところへ匿ってあげる』なんてね」
 かなり正解に近いはずだ。王弟やアルフレート、セリスも頷いている。でもどうしても気になる疑問をわたしは口にせずにいられない。
「でも本当にアルダがジルダだと?彼女どう見ても二十代、いっても三十代そこそこよ?その……」
 十年以上前に貴方の恋人だとすると犯罪じゃん、という言葉を飲み込む。
「『蜂に気をつけて』」
 唐突に呟いた王弟の言葉に背筋が凍り付き、肌が泡立つ。隣でセリスが身を引くのが分かった。
「こんなアドバイスを彼女からもらわなかったかい?彼女は獲物にこの言葉を贈るのが大好きなんだ」
 『獲物』……。王弟の淡白な声に、わたしは自分の思い間違いに気づく。そうか、アルダは人ではないんだ。自分達と同じ目線で考えてはいけない人物だったんだ。どうやってかはしらないが、様々な人間を使い、操っている。どうやって?獲物とは?様々な疑問、恐怖が渦巻く中、
「もらったわ」
 わたしはそう呟くのがやっとだった。
[back] [page menu] [next] 
[top]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -