タダ冒5 五章 草原を駆ける少女 
うさぎと奇術師1
 揺れるボートの上、真っすぐ進む先を見るブルーノの横顔を見ながらわたしは呟いた。
「ヘクター達、大丈夫かなあ」
 ブルーノと同じく、ボートの進む先を見るアルフレートが答える。
「あのカエル男が言っていただろう。油断すれば駄目だ。油断しなきゃ大丈夫だ」
「でも応援がくるまでしばらくかかるでしょう?その前に敵が来たら……」
「そう、だから油断は出来ない。『軍』といわれるぐらいだから少なくとも数は百超えるだろうな。ただ山賊なんてものは脅しとはったりで生きてるんだ。実践経験は『たかが学生』の半分もいかないと断言出来る。油断しなきゃ相手にもならん」
 アルフレートの講釈に船首像のように動かなかったブルーノが振り返り、頷く。
「警備兵も現地配属含めれば、百はいないがその半分はいる。大丈夫だ」
 そう言うとすぐ前を向く彼を見て思う。さっきはよく分からない脅しを使われたけど、今はこうして素直に洞窟へと同行しているわけだし、何がしたかったのかしらね。
 ちょっとしたいたずら心、と思っていいのだろうか。島に行きたくない、もしくは王弟に会いたくないとか?エミールを王弟に会わせたくない、っていうのも考えられる。ブルーノは王弟の事を知っているんだものね。王弟の日記にも彼の事が触れられていたくらいだ。
 王室のボートはわたし達が先日使った、桟橋に放置されているボートとは比べられないほど立派だ。小型の漁船くらいあるので、エメラルダ島に向かうメンバー全員が乗り込む事が出来た。
 メンバーはわたしとアルフレート、それにトマリ。デイビスチームからはセリス、イリヤ、ヴェラ。……要するに『実戦に役に立たない奴ら』が追い払われた感がプンプンするメンバーである。ファイタークラスのメンバーはもちろん、プリースト二人と引っ掻き回し役のフロロまで『是非に』と言われて残っちゃったし。
 そしてエミール一行と、レオンとウーラだ。エミール一行はブルーノと護衛兵士二人。本人達の強い希望でヤニックとブライアンである。今はこの二人がボートを漕ぐ音だけが響いている。立ったまま漕ぐ船で、二人が左右に分かれて腕を動かしている。仕組みはよく分からないが、大した力は入れていないように見えるのにすいすいと進んでいるから不思議だ。
 わたし達の後方、マストの下に並んでいる少年二人を見る。エミールとレオンだ。黒いカツラに黒い衣装のレオンと、金髪に白いローブのエミールはまるで光と闇を象徴するかのように見える。太陽と月、ぐらいの方が綺麗だろうか。必死に話しかけるエミールに、今回は割りと好意的に答えるレオンを見て嬉しくなる。それでも頷いたり頭を振ったり、という動作が大半だが。
 それにしても、とわたしはエミールの風になびく金髪を見る。エミールの態度にも、わたしは少しひっかかりを感じていた。元々人懐っこい彼ではあるけど、先程のレオンとの対面を見て、今回どうしても来て欲しかった何かがあるのではないか、と思ったのだ。何か伝えたいこと、渡したいもの、そんな何かがあったのかもしれない。でもそれは彼ら二人の問題なのだろう。わたしは彼のプロポーズを思い出しで苦笑しつつ、視線を前に戻した。
 あの洞窟が近づくにつれてまた不安がもたげてくる。ヘクター達、本当に大丈夫かな。もちろん彼らの腕が確かなのはわたしもよーく知っているけど。自分達の倍、いや、もしかしたらそれ以上の敵を相手にするなんて無茶じゃないんだろうか。でもヴォイチェフもアルフレートも同じ見解なんだ。わたしの考えなんかよりよっぽど確かだろうけどさ。
 なんだかノリに任せてここまできちゃったけど、急に心配で胸が潰れそう。行け行け!で突っ走るのに後から不安になるのはわたしの悪いくせだな。それが顔に出ていたのか、ヘクターは最後までこちらの心配をしていてくれた。
 悪かったなあ、と溜め息をつくと、倍の大きさの溜め息が返ってくる。隣にいたイリヤだ。
「はあ、俺にもそんな顔で自分のことを考えてくれる人はいないだろうか」
 またよく分かんないぼやきが始まったよ、と思う。自然と口から「何言ってんだ、コイツ」と漏れてしまった。
「だってイリヤはこっちに来たんだからいいじゃない。エメラルダ島も危険はあるだろうけど、そりゃあこの場にいる全員、お互い様なんだし」
「うん、まあ、そう……そうね」
わたしの返しが不満なのか、煮え切らない返事のイリヤ。その彼の頭をセリスが叩く。
「馬鹿ね!……リジア、こいつまた能力使わなきゃいけなくなったからビビってるのよ。どうも城でぶっ倒れたのがトラウマになってるみたいで」
 ああ、そういやそんな事もあったなあ、と思い出す。その当時の事を考えている内にひやっと背筋が冷える。あの時の犯人って、未だに謎なままだったんだ。でも今考えると、あの『真っ黒い精神』って王妃のものだったんじゃないだろうか。わたし達を疎ましく見る人物は多かったものの、そんな攻撃的なまでにわたし達を追い払いたい人物は、王妃しかいないのではないか。そしてその対象となったのは、多分わたし。自分を『悪い子』だと思っている彼女は『魔法使い』を恐れていたから。
 ……そんなイリヤがぶっ倒れるような思念を、あの時ぶつけられていたのかと思うとぞっとする。
 わたしの身の震えを見てイリヤが笑う。
「なんだ、リジアも怖いんだねー」
 えへへ、と暢気に笑うイリヤに殺意を覚える。なんでこの人『気持ちが読めるのに読めない』んだろう。
 そんなやり取りの間に、件の洞窟前へとやって来た。今回はボート上からでも、中の冷気が感じられるようだ。それはきっと先入観というやつなんだろう。
 ヤニックが岩場に飛び降り、ぼちゃんという水音がする。膝まで水に浸かりながらも、器用に足を動かしボートと岩場に板を渡す。それをボート側から手伝っていたブライアンがブルーノに「完了であります」と頭を下げた。
「先導をつとめよう」
 アルフレートが真っ先に降りて行く。慌ててわたしやイリヤ、セリス、ヴェラ、そしてトマリと続く。バタバタと後を追うわたし達を振り返り、アルフレートは口を開く。
「道は分かるか?」
「一本道よ。というか大した距離無い」
「結構」
 わたしの答えに満足したようにアルフレートは歩き出し、また振り返る。彼が人差し指でちょいちょい、とやる先にいたトマリは「ちぇ」と舌打ちすると、懐から石の玉を取り出した。
「なんだよ、こんな所だったのか……。もうちょい探せば見つかってたぜ。こいつらの別荘になんて物乞いにいったのが、俺の運の尽きってやつだなあ」
 ぶつくさうるさいトマリのお尻を叩きながら、わたし達は進んで行く。ちらりと振り返ると、すぐ後ろに兵士二人。その後ろにエミールとブルーノが続き、最後尾にレオンとウーラ、という形になっていた。
 すぐに見えてきた洞窟の行き止まりを前に、わたしは「気をつけて」と注意を促す。が、いくら待っても何も起こらない。
「前に来た時はアクア・サーバントのガーディアン達が襲ってきたんだけど」
 頬をかくわたしにアルフレートがトマリを指差す。正確にはトマリの手元、だ。「鍵があるから?」と口に出すわたしに『そうだ』というようにアルフレートは頷いた。
「で、問題はここからどうするわけ?鍵を埋め込む穴とかも無いけど」
 行き止まりの壁に手をあて、みんなの疑問を代弁したセリスに答えたのは、前に進み出たエミールだった。ゆったりとした動作で洞窟の壁に手をあてる。そして呟くように何か口にしだした。
「トゥエル・オル・ナーニリア……パクス・シュメル」
 どこか聞き覚えのある言語に『海神』の名前が含まれたことに、わたしは息をのむ。と、その時、トマリが「わ!」と叫んだ。見ると彼の手元にあったはずの石の玉は、まばゆい光を放ちながら宙に浮かんでいる。四方八方へと白い光をまき散らし、『鍵』は回転している。やがてその身から皮膚が剥がれ落ちるように、欠片が浮いてきた。崩れてしまうのだろうか、と心配になったがそうではない。その欠片一つ一つが規則正しい長方形をしており、ちらちらとルーン文字のようなものが見える。
「これ、古代文明期の魔法の品だわ……。アーティファクトよ」
 思いもしない秘宝の出現にわたしは喉を鳴らす。魔術の研究に身を置いていたとしても、こんなものに触れられる機会はそうそう無い。わたしは、運が良い人間なのかもしれない。
 狭い洞窟内を光が舞う光景に、頭がくらくらしてきた頃、鍵の破片は次々に正面の壁へと吸い込まれていく。すると中央の切れ目を始点として、石壁も次々に分解されていく。ルーンが光る長方形の塵は、大量の護符が舞うようにも見える。
 全てが塵となり空に消えていくと、跡には奥へ続く道が現れる。今いる洞窟がそのまま伸びたような、見た目にはここも奥も、何も違いはない。そしてトマリの手元には先程までの石の玉が戻っていた。手に持つトマリ本人が「いつの間に」というようにぽかん、としている。
 未知なる力の見せてくれた光景に、余韻に浸る暇もなく「急げ」と背中を押される。同じくアルフレートに背中を押されたセリスと、目を合わせてから走り出した。
 壁の先にあったと思われる部分へ入った瞬間、違和感に襲われる。さらに冷え込む空気と、ずしりとした重力が体にのしかかる。しかしそれよりもわたしを驚かせたものがあった。
「潮の匂い……!」
 声に出してそう驚いた後、思わず振り向いた先に駆けて来る仲間の姿を見る。その後ろに閉じた、というより元から動く事など無かったという雰囲気の二枚合わせの石壁があった。
 わたしの顔を見てアルフレートがふっと笑う。
「さてさて、我々は世界地図上のどこに足を踏みしめているんだろうな。……答えはここを出てみれば分かる」
 それを聞いていても立ってもいられなくなったわたしは、前方に見えるわずかな光に向かって駆け出した。
「眩しい!」
同じく駆けてきていたイリヤが隣で目を覆う。光を追いかけるように曲がった途端、輝かしい世界が現れたのだ。手のひらで直射日光を防ぎながら前を望む。
 洞窟の終わりと共に途切れる岩場、輝く砂浜、むせ返る潮の匂い……。
「海だ……」
 いつの間に後ろにいたレオンが絞り出すような声を出した。
 洞窟内から続々と覗かせる顔は、ぽかんとしたものや笑顔、普段通りの冷静な顔と様々だ。砂浜に出ると我慢出来なくなったのか、ヴェラが靴を脱いで飛び跳ねる。
「熱い!でも気持ちいい!本物の海の砂ですよー!」
 見ればわかる、という突っ込みは胸に止めておき、わたしはこの場を見渡せる場所を探す。洞窟の入り口の脇、細い道が見える。洞窟の上に登る形になるようだ。そちらに足を向けると、肩を叩かれる。
「何がいるか分からんから、先を行こう」
 そう言ってにかっと笑うのはヤニックだ。彼に任せることにしてのぼり始めると、後ろからセリスとイリヤもついてきた。ほんの少し上がっただけなのに強い風が吹いてくる。でも気持ちがいいくらいだ。
「うわ、絶景!」
 セリスが髪を押さえながら感嘆の声を上げる。目の前に広がる青い世界に息が詰まってしまう。目にしみるほど光る青空に、その青を反射する海。ヴェラが飛び跳ねる砂浜も見える。
「これがディープシー、エメラルダ島なの……?」
 知識と大分違う景色を見せるこの場に、わたしは戸惑っていた。海底よりも過酷な環境故に人の生きる世界ではない島、ではなかったのか。前にあるものが海であることは疑いようが無いが、ここが本当にエメラルダ島、『島』なのかどうか分からない。
 もっと高台を探すべきだろうか、とわたしが周りを見渡した時だった。
「ちょっと!何あれ!?」
 セリスの悲鳴が上がる。気のせいかどこか嬉しそうな響きもある声に、わたしは眉を寄せた。何やら騒ぎ続ける彼女の後ろに立つと、わたしは言葉を失ってしまった。
 宝の山が、そこにあった。正しくは海の中に沈んで、であるが。豪華な縁取りの宝箱がごろごろと転がっている。その中にある石像の大きさからして、そんなに深い場所ではない。恐ろしく澄んだ海に沈む財宝の数々は、あまりの鮮明さに誰かが見せるイリュージョンではないか、と疑ってしまった。
 金貨に銀貨、剥き出しの宝石類も金の延べ棒も、重そうな装飾品も調度品もある。魔晶石が大量についた杖や他にもマジックアイテムと思われるものも多い。全体のその量たるや、一国の財宝をかき集めてきたかのようだ。
「……アンリ幽王の財宝」
 思い当たったことは、ここがエメラルダ島であるという証拠でもあった。
「イリヤ!飛び込んで!取ってきなさい!!」
 目の色変えて叫ぶセリスにイリヤが涙目で首を振る。
「嫌だよ!何で俺!?」
「アンタは私の下僕だからよ!」
「違う!違うぞー!そ、そんなコワい顔で睨んでもむ、む、無駄だからな」
 幼なじみ二人の面白い見せ物を、わたしとヤニックで眺めていると背後から声がかかる。
「死にたいんですか?」
 さほど大きな声ではなかったのに、ひどく胸に染み渡る。低音なのに優しい声だ。ただ、その言葉を放ったと思われる相手を振り向き見て、わたしは凍り付いてしまった。
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