タダ冒5 五章 草原を駆ける少女 
宮廷サーガ3
 セントサントリナの町の中でも、景色の中にその高い背をひょっこり覗かせた『"フェアリーの夢"亭』。その最上階にてレオンは、懐かしい顔をじっくり確認するように見回した。見られたわたし達はといえば、部屋の中に案内されるなりため息つく。
「ようやく一息つけた……。いやー、参ったわね」
 ソファーの柔らかい背もたれに頭をうずめながら、わたしはうめき声を響かせた。王城や教会の鐘楼以外は全て見下ろせるここには、昼間でも涼しい風が入ってくる。その風に癒されているとレオンが「で、何があったんだ?」と聞いてくる。答えようとして一旦、身を起こすが頭を振る。
「その前にレオン達の話しよ。なんでそんな格好?」
 そんな会話の間にもデイビスやイルヴァがテーブルの上やバーカウンターを指差し、「これ飲んでいい?」だの「食べていい?」だのうるさいが、レオンは手を振ることで全てあしらっていた。
「……そもそも、私は来るつもりはなかったんだ。気持ちの整理がついたらいずれ、というのは嘘で、これから先ずっと、来るつもりはなかった」
 じゃあなぜ?と聞く前に、答えが返ってくる。
「両親に勧められたから来た。『いずれ必ず、自分のルーツが知りたくなる時が来る。その時に後悔しない為にも、一度くらい会ってみたらどうだろう』と。『会えば私達の方が素晴らしいと、改めて思うに違いない』とも付け足してたが」
「ヘルマン卿は半分冗談で、半分本気です。そういう方です」
 ウーラがにこにことレオンの養父と思われる人物を語った。ふうん、シェイルノースに始まる北部の街じゃ、いまだに「卿」をつけるような領主制度が影を残しているけど、なかなかの好人物に思える。
 レオンはその評価に一度うなずくと、続ける。
「そう言われて会うことは決心したが、感動の再会も無益な喧嘩もしたくない。だから……卑怯なやり方とは思うが『名乗らないやり方』にさせてもらった」
「でもそれだとお城に入れるの?」
 ローザがもっともな質問をすると、レオンは苦笑した。
「アルシオーネ様に助力をお願いしたんだ」
「アルシオーネに!?」
 ローザの驚きの声にわたしの頭にも、ラグディスの神殿にいる大神官が思い出される。いいおばあちゃんだった。また会いたいものだ。
「あの人のいい笑顔で『それなら私が陛下に貴方を推薦しましょう。パーティーを盛り上げる奇術師はいかが?と』、そう言って王室に手紙を送ってくれた。私にも彼女の直筆の書状を持たせてくれて」
 そこへフロロが「んでもさ」と割り込んでくる。
「そんな設定で大丈夫なの?ようするに誕生日会じゃ、あんたらが盛り上げなきゃいけないんだぜ?奇術とやらでさ」
「一応いくつか練習してきた」
 そう言ってレオンはポケットをまさぐると、出した握りこぶしをもぞもぞさせる。そのうち、ひょろりひょろりと現れた造花が彼の足下に落ちていく。へたり、へたり、と情けない落下音が静まり返った室内に広がった。……大丈夫なのか、こんなんで。
 微妙な空気になったわたし達に、ウーラが誤摩化すように手を振った。
「あの、それよりそちらはどうだったんですか?城に滞在していると聞いていたんですが。先程は何か不穏な雰囲気でしたし」
 これには正直に、丁寧に経過を教える。ローラスとの国境付近に、正体は不明だが軍隊らしきものが集まっているらしい、という話しとわたし達が城にいられなくなったことだ。が、続くレオンの質問には固まってしまった。
「で、他には?滞在中、何かわかったことは無いのか?」
 彼の聞きたいことはわかっている。十年前のあの日、何があったのか、と聞いているのだ。でも今分かっている事を伝えても、レオンに王妃の悪い印象を与えるだけじゃないだろうか。わたしが迷っていると、アルフレートが「教えてやれ」と偉そうに顎で指図してくる。そんな「パンケーキの作り方」みたいに軽いノリで言われても。
 わたしとアルフレートのやり取りに、レオンが焦れたようにテーブルを指で弾く。
「今更、どんな話しだろうと私にとって悪いことはない。教えてくれ」
 それを言われると黙っているわけにもいかない。なによりわたし達の話しじゃなく、彼の話しなんだし。
 わたしは渋々にはなったが、サントリナ城での出来事を一から話し始めた。



「よく分からん」
 わたしの話しを聞き終わってからの、レオンの第一声がそれだった。いや、そんな責める目で言われても、貴方に分からないように我々にも分からないんですが。
 こんな時になんだが、いらいらするようにテーブルを指で弾き続けるレオンを見て、フェリクス国王を思い出す。こういうつながりを赤の他人であるわたしが発見するのって、少し嫌だな。
「要するに、王妃は病気なんだな?」
「……でしょうね」
「私が捨てられたのは、精神状態が不安定なことで起きた事故だと?」
「うーん……」
 いちいち歯切れの悪いわたしの返答に、レオンはいらだちが頂点に達したようだ。怒鳴るのをこらえるように、すっと立ち上がると窓辺に移動する。
「大体あのウサギみたいな耳の男はなんだ?護衛だかなんだか知らないが、やたら偉そうだったくせに、そんな事情を抱えてたとはな。……まさか本当の父親とかそんなオチじゃないだろうな」
 そのレオンの毒吐きに、ローザちゃんが「ひ!」と悲鳴を漏らし、サラが勢いよくお茶を吹き出す。慌てて否定しようとしたわたしを遮るようにアルフレートが口を開く。
「それは無い。あのウサギ耳の種族――ファルテ・フォグナは長寿の種族だ。人間とは成長スピードにかなりの差がある。お前は11だったか?もしハーフだとしたらまだよちよち歩きの外見だ。見た所、少し『チビ』だが通常の人間だろう」
「チビは余計だ!」
 レオンが顔を赤くして怒る。そんな講釈無くても、ブルーノの性格考えればあり得ないんだけどね。
 少年の怒りに対し顔色一つ変えないエルフに諦めたのか、レオンは座り直した。
「しかし随分と濁った空気が漂う王城、王家らしいな。あの王子、エミールが逆に気の毒になる。さっきの話しに出て来た王弟とやらが逃げ出すのも分かるな。私もそのまま城に居たとしても、逃げてたかもしれない」
 ついでに語ることになったエメラルダ島や王弟の事件、偽物の話しなどにもレオンは聞き入っていた。が、それは単純に知らない知識への関心で、自分の血族に対する感情は見られなかった。フロロがわたしに「強がりとは思えんね」と耳打ちしてくる。わたしも同感だ。本気で言ってるっぽい。
 王弟の事が出たからだと思うが、そこでふと思い出す。
「そうそう、レオンに会わせたら面白そうな奴がいるんだった」
 わたしはそう言うとフロロの肩をたたき、ローザちゃんの膝にいるフローラちゃんを指差す。フロロは一瞬いやそうな顔をしたが、ひょいひょいとフローラちゃんの中へ消えていった。そしてすぐに戻って来る。後ろに大きな影を伴って。
 そのフロロの後ろから現れたうるさい異種族にレオンとウーラは目を丸くした。
「やいやい!どうなった!?昨日から音沙汰無しってなんだよ!ほっとかないで!……鍵はどうなった!?まさか本当に持ってかれた!?」
 わたしはズボンのポケットから丸い固まりの入った袋を取り出した。トマリの目が一瞬にして輝く。そのまま麻の袋に入ったそれをトマリに投げた。
「んな、ばっちい物みたいに投げるなよ……。で、何がどうなってんの?ここ城じゃねえみたいだけど。……悪い!ちょっとトイレ!」
うるさい濁声を響かせながらオレンジ色の異種族は部屋の入り口付近のトイレに消えていく。呆気に取られていたレオンが口を開いた。
「クーウェニ族か。シェイルノースにもいるぞ。質の悪いグループを作るんで問題になってるんだ」
 この評価はクーウェニ族本人に聞かれなくて良かった。ざーっという水の音の後、当の本人が帰ってくる。
「あー、間に合って良かったぜ」というトマリと「で、誰だ?」というレオンにお互いを紹介する。
「この子がレオン。さっき町で会ったのよ」
「ふうん……って、レオンってあれ!?」
 レオンの顔を指差し、騒ぎだすトマリを手で制して黙らせる。
「こっちは、さっきの話しに出て来た『エメラルダ島への鍵』を持ってたトマリ。ねえレオン、貴方もエメラルダ島に興味ない?」
 わたしの質問に、少年は暑そうにカツラを取った後、眉を寄せた。
「私もエメラルダ島の呪いの話しは聞かされた事はあるが……。実際は王弟がいるとかいうだけなんだろう?今更、叔父に会ったところで感動の何もないんだが」
「ばっきゃろーい!エメラルダ島にはお宝があるんだよ!俺だって『王の成り損ない』なんて興味ねーや」
 せせら笑うトマリをレオンは、物珍しいものを見るかのようにじっと顔を覗き込んでいる。「な、なんだよ」とたじろぐトマリに、
「いや、本当に本気で宝の存在を信じてるのが、なんておめでたい頭なんだと感心してしまった」
と言い放つ。トマリは見る見るうちに顔がどす黒くなっていき、拳をぷるぷると痙攣させた。慌ててウーラがレオンを下がらせる。嫌な空気になる室内。
「お座り」
 アルフレートのにこやかだがえげつない指示に、トマリはすぐさま従う。床に這いつくばり「へへー!」と頭まで下げる姿に、アルフレートに対しては畏怖どころか敬愛の情まで持ってるんじゃないかと思う。
「……話しは元に戻して、これからの行動だけど、エメラルダ島を目指すのがいいんじゃないかと思うの」
 わたしは言いながら一人一人の顔を見回していった。
「何でだ?」
 デイビスの問いに頷く。
「城から追い出されちゃったんだもの、やる事無いし……っていうのもあるけど、どっちにしろエメラルダ島には行っておいた方がいいと思うのよ」
「お宝だよな!な!」
 トマリの興奮に指を鳴らしたのはセリスだ。「それ、それ」と割って入る。
「あの『ケバい』色男、レイモンだって、結局はエメラルダ島の宝が目的なんじゃないの?やばい手を使ってまで鍵を狙ってるんだもん。大きい獲物のはずよお?それに、王位をものにするのだって要るもの要るはずだし?」
 そう言って指でコインを象ってみせた。わたしは同意する。
「もちろん、それもあると思う。だから先手を取っておきたいし。それに、やっぱり王弟に会ってみたいのよ」
「全ての闇を被った……かもしれない男ねえ」
 アルフレートがそう呟きながら、オットマンに足を伸ばす。そして「忘れちゃいけないのが」と付け足す。
「王弟の日記にあって怪しかったのは、レイモンなんて『当時の』少年のことじゃない。『あの女』だ」
 そう、王弟が日記に記した後、まるでその存在から逃げるように姿を消した。どうしても気になる記述だ。それに未だ分かってない、その後に現れた偽物の事だって、何か分かるかもしれない。偽物じゃなく『本人』だった、って可能性だってまだある。
 会話の内容からか、みんなの空気がどこか固く緊張したものになった。
「で、なんで城から追い出されたの?何か盗んだのバレた?」
 トマリからの問いかけには『お前じゃねえ』と返したくなる。が、感情を押さえつつ説明していく。ローラスとの国境付近に軍らしき兵力が集まっている。ローラスから来たわたし達が城に滞在し続けるのはちょっとマズい。という先程レオンに伝えた話しをしてやるが、トマリはぽかん、とした顔のままだ。もう、そんなお馬鹿面見せるだけなら黙っててよ。なんて思ったのだが、
「そ、そいつら軍なんかじゃねえ!ただのゴロツキ集団だぜ!」
 トマリが叫ぶのに、全員がびくりとする。それを気にしながらも、トマリは「儲け話ってこれの事かよ……。予想以上にヤバいじゃねえか」などと、ぶつくさ言い始めたではないか。
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