タダ冒5 五章 草原を駆ける少女 
宮廷サーガ2
 戻ってきたブルーノはいつも以上に厳しい顔だった。
「国境付近に正体不明の兵力が集まっているとのことだ。このまま首都に攻め込むという可能性は低いと思うが、万が一のこともある。このような状況下に君達、外部の者をこれ以上滞在させる訳にいかなくなってしまった。この判断は理解していただきたい」
 わたしはこのブルーノの台詞を頭の中で噛み砕いた後、声が上擦る。
「え、ええ!?追い出されちゃうの?」
 ブルーノは険しい顔のままだ。が、先程までのような無表情から感情が戻っていることが、逆に心の垣根が無くなっているように思えた。
 それでも遠回しにではあるけど『出てけ』と言われたのは困る。どうしろっていうのよ。わたしと同じように困惑、それに加え納得いかないような顔をしているのはローザとヘクター。よく分かんないのがイルヴァ。反対に落ち着き払い、さっさと立ち上がったのが異種族コンビだ。フロロなんて一番いちゃもんつけそうなのに。何も言わない二人に代わり、わたしは手を挙げる。
「そんなこと言われても……王妃様のお誕生日会はどうなるの?この先の見通しは?」
「決まり次第、連絡する。約束しよう」
 わたしのもごもごした質問に手早く答えるブルーノ。ありゃー、何かこっちがわがまま言ってる雰囲気になっちゃったじゃないの。そうなるとこれ以上は食い下がりにくい。でもこのまま城を出るのもまずいじゃない。 「……ここは言う通りにしておき、リジア。少しの間の辛抱よ」
 いつの間に背後にいた女帝が、わたしの耳元で囁く。それは今までになく、優しい響きを持っていた。逆に何か考えがありそう、なんて印象持っちゃうんですが。
「なに、宿くらいは確保してやれるんだろ?」
 グレースの質問に、もちろん、と頷くブルーノを見て『それならいいか』なんて思ってしまった。


「部外者は出てけ、ってどういうことよ!」
 がしゃん、と閉められた鉄柵の扉を振り返りながら怒るローザを宥めるが、わたしだって納得はしていない。……というよりも途方に暮れていた。ファムさんにも短い挨拶しか出来ない内に、総勢12人、それとフローラちゃんとおまけにトマリ……というメンバーで、いきなり異国の町に放り出されてしまったのだ。
 追い立てられるように荷物をまとめながらファムさんには「後で連絡する」と言ったものの、連絡手段なんて浮かばない。城門を背景に全員で騒ぎだす。
「こうなったらセントサントリナで一番高いホテル泊まってやろうぜ。どうせ宿代請求するんだし」
 前向きなのはデイビス。
「ラッキー!オイルマッサージとネイルケアがサービスにあって、綺麗で大きな窓があってアイスクリームが美味しいところがいい!」
 斜め上なのがセリス。横でひっそり頷いてるのがヴェラ。
「うーん、すっきり!黒い靄が晴れた気分だよ」
 むしろ嬉しそうなのがイリヤ。「雨、降らないかしら?」とマイペースなのがサラ。そして案の定、
「追い出される前にもっとウマく交渉出来なかったのかよ。使えねーな!」
狂犬男アントンが噛み付きだす。その憎たらしい顔に噛み付いてやろうか、とアントンを睨んでいると、横にいる異種族コンビが目に入る。
「ちょっと、この馬鹿に説明してやってよ!何か考えがあるから、大人しく引き下がったんでしょ?」
 アルフレートは「私?」と言って自らの顔を指差すが、わたしの頷きを見ると嫌そうに溜め息ついた。
「……まず『突然』『国境内』に『軍隊らしきもの』が現れた状況はどう思う?」
 わたしとアントンは思わず顔を見合わせる。が、競い合うように答える。「戦争か!?」とアントン。「警備兵は何やってたのかしらね?」とはわたし。
 しかしアルフレートは両方に首を振る。
「もっと簡単に考えていい。そんな突っ込んだ話をしたいんじゃない」
 答えられない『彼から見て単細胞な二人』に、アルフレートはもう一度、溜め息ついた。
「単純に『マズい』んだよ、ひどくマズい状況だ。突然、事前情報も掴めていない内に、既に国境内に入り込まれてる。それに兵士の報告とあのウサギ男の言ったこと、繋げてやろうか?『北西の国境付近に兵力が集まってる』んだぞ?」
「北西には我らがローラスがあるねえ」
 口笛吹きつつ、フロロが口を挟む。ようやく事態が飲み込め始めたわたしは、今度は一変、顔が青くなる。
「それ、わたし達にもすごくやばいんじゃない?」
「そう、とてもまずい。いいか?ローラス人である我々に余計な疑いがかかる前に、あのウサギ男はかばってくれたわけだ。泣けるねえ」
 アルフレートの演技がかった台詞をぼんやり聞きながら、わたしは肩を落とした。
「な、なんか王妃の話どころじゃなくなっちゃったね……戦争だってさ」
 それにローザが首を振る。
「でも、とりあえずこの大人数入り込める宿、探さなきゃなんない方が、あたし達には大きな問題よお」
 確かにそうかも。外交問題なんてわたし達の力が遠く及ばない大事だし、わたし達には今日泊まる寝床の方が大きな問題かも。そもそもローラスの軍だなんて、ちょっと信じられない。そう考えて、腕を組んだ時だった。
「困ってるみたいだな」
 おや?と聞き覚えのある声に振り向いたものの、後ろに立っていたのは見知らぬ少年だった。黒髪に黒いマント、面白い形の眼鏡を掛けた姿は奇術師かなにかに見える。マントの中も個性的。赤いシャツに黒のスラックスにエナメルの靴なんて、芸人じゃなければ頭の中が心配になる感じじゃないの。
 でもなんか見た事ある子なのよね。もちろんサーカス団の知り合いなんていないから他人のそら似なんだけど。でもこうやって話しかけてくるってことはやっぱり知り合い?このチビのくせに人を小馬鹿にするような見下した見方とか……。
 それらの疑問が一瞬にして氷解したのは、少年の後ろに立つ人物に目を向けたからだった。
「あー!う、ウーラ!」
 少年の後ろに立つ長身の女性は、前回の冒険で出会ったドラゴネルのウーラで間違いなかった。ドラゴネルは肌が青いだけで、クーウェニ族とかと違って人間の造形に近い。だから個人の判別も顔を見れば当たり前のようにつく。不思議なのは彼女の格好。前に会った時は革の軽鎧に背中に担いだバスタードソードという分かりやすい傭兵姿だった。が、今は深いスリットの入ったロングドレスに両手首には花輪という踊り子のような姿だ。
 彼女の方もわたしを見てにっこり微笑む。そして唇に人差し指を当ててから、少しおどけるように肩をすくめてみせた。そのジェスチャーで今の彼女は変装中なのだと気づく。
「ってことは……」
 わたしが少年を指差すと、少年――レオンは黙って頷いた。
 わたしは口をぱくぱくしつつも感涙しそうになる。そうだよ、どう見たってこの少年はレオンじゃない!気づいた後はそう思えても、ここまで分からなかったのは彼の一番の印象であるふわふわの金髪が真っ黒になっていたからに違いない。それとフレームの太い眼鏡のせいかしら。
「結構わからないものなんだな。町をうろうろしてる間に気づくと思ったのに」
 レオンのその謎の言葉にヘクターが反応する。ぽん、と手を叩くと「あれ、君だったのか」と感心げだ。そしてわたしの顔を見る。え、既に会ってるってこと?
 しばらくの間、空を仰ぎつつセントサントリナの町を歩いた時のことを思い返す。今いるメンバー以外の人に会ったのって、水着を買う時と魔術師協会に行った時、あと……ヘクターの家に行った時だ。レオンみたいな少年に会った記憶は無いんだけどな。
「いや、あった!」
 わたしは声に出して頭の中のことを否定する。そうだ、帰りの道でぶつかった少年をスリだと勘違いしたんだ。その少年の後ろ姿は、黒いマントに黒髪だった。
「あ、あれレオ……あなただったの!?」
 スリと間違えた少年の後ろ姿を思い出しながらわたしは驚きの声を上げる。
「相変わらず鈍いんだな。何で気付かないのか、こっちは不思議でしょうがなかった」
 レオンはイタズラが成功した子供のような笑みを見せる。そ、そうか、ぶつかる前には正面から歩いてきていたはずだもんね……。というか『相変わらず』っていうのが引っかかるんですが。
「にしても、なんでそんな格好?」
ローザが投げた質問には、レオンとウーラは顔を見合わせる。そして大通りの向こうを指差した。
「とりあえず移動しないか?私がいる宿で話そう。この人数じゃ少し手狭になるかもしれないが、座って話しぐらいは出来る」
 レオンの言葉にフロロが呆れ顔だ。
「おいおい、この大所帯が入るだけでも超スイートじゃんよ。このボンボンめ」
 それに対してレオンの方も、にやりと笑って言い返す。
「育ちがいいもんでな」
 この冗談には思わず全員が笑ってしまった。この返しといい、サントリナにやって来たことといい、少し吹っ切れたようだ。
 全員できゃいきゃい騒ぎながら歩き出す。デイビスがレオンの頭をぐちゃぐちゃと撫でると、黒髪のカツラが取れそうになり、みんなで慌てる。そんな中、ウーラがこっそりとわたしの横についた。
「あの、リジア、私……似合ってます?」
 人間なら頬を赤らめていそうな彼女の仕草にわたしは、うっと詰まる。その踊り子衣装の事だと思うんだけど、似合ってはいると思う。ウーラは背が高いし、手足も長いし。ただ、それに背中のバスタードソードはそのままってどうなの?
 わたしの視線をたどったのか、ウーラは剣の柄を少し触る。
「これは手放せませんし……」
「うーん、まあ確かにそうなんだけど、町を出歩く時ぐらいはもう少し小降りのものの方がいいんじゃないかな。余計目立ってる気がするよ」
 わたしの提案にウーラは少し考えているようだったが、直に頷く。
「そうですね、刃の長めのダガーを持って来ていますから、そっちにしましょうか。ごろつき程度なら素手で十分ですし」
「ウーラ強いもんね。いいんじゃないかな。それを足に装備しちゃうのどうだろう!?太ももにベルトで固定するの」
 それを聞いて、
「いいかもしれないです」
と答えたあと、ウーラは「ちょっと恥ずかしいですけど」と頬に手を当て笑う。相変わらずかわいい人だなあ、と思ってしまった。
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