タダ冒5 一章 人の消える村 
変った男×2
 時折大きな揺れを見せる以外は心地いいといえる振動の中、多くの人々の、旅行を前にした楽しそうな会話が響く車内。二人掛けの椅子が二つ、向かい合わせになるボックス席に、隣にヘクター、向かいにヴィクトリアとカイという組み合わせで座る。窓からの景色は既に町を離れ、果樹園を両脇にする街道へと入っていた。実りの良いしなった枝に秋の訪れが近いのだと感じる。
 油断すればギスギスした空気になりそうなメンツを前に、わたしは今回の旅の目的を思い出していた。田舎村マリュレーの失踪事件、ではなく前に座る二人と今はローザちゃんの隣に座るシリルのパーティーの考察である。決してわたしの下衆な好奇心からだけでなく、メザリオ教官がわたし達の協力を仰いだのもこれを期待したに違いないと思っている。すなわち、関わる事件はどうあれパーティーとしてはうまく回っている(ように見える)わたし達に、ヴィクトリア達の問題点を浮き彫りにさせること……。
 同年代であり同じ時期に冒険者として歩み出したにしては偉そうな言い方になってしまうが、わたしは彼らをしばらく観察させてもらうことにした。



 カイ・フロスティは謎の人物である。そもそもシーフという存在がわたしから見れば謎であり、知っているシーフといえばフロロと『あの』ヴェラなのだから、カイのような良い意味でも悪い意味でも盗賊然とした雰囲気の人物は近寄りがたい。今も眠そうな顔をしてぼんやりしているようだが、定期的に車内に目を走らせていたりと油断はない。
 外見だけでも謎が多い。ぼさぼさに伸びた頭髪をまだらに染めていたり、頭頂部をツンツンと立たせてみたり、ヘアスタイルにこだわりがあるのか無いのかよく分からない。服装もボロボロに見えるようでいて、革の胸当ては随分質のいい物だと思う。手足に巻いたバンダナや装飾品の細かな色合わせもうまい。痩せて見えるが骨格はいいのと筋肉質であることが覗いた腕から分かる。
 じろじろ見過ぎたのか、カイと目が合ってしまった。ニッとなんとも意味深な笑みを返される。慌てて目を反らそうとした瞬間、
「学園でも有名なあんたらと一緒に行動出来るのは、俺も運がいい」
 口を開き少々しゃがれた声を出す彼に乗っからせてもらうことにした。
「有名なのはいい意味で?悪い意味で?誰が一番有名?」
 観察していたことをごまかすように質問を重ねてしまった。
「もちろんいい意味でだな、俺からすればね。一番は……選べねえなあ、何しろフロロ以外は嫌ってほど話が入ってくる」
「どういう話なのかは嫌な予感がするからあんまり聞きたくないけど、同じクラスなのにフロロの話は無いってこと?」
「情報を得るのが盗賊であって、自分の足下抜かれちゃおしまいだからなあ。あいつの盗賊としての腕はあんたもよく知ってるんだろう?」
 わたしはただ頷く。仲間のことを褒められるのって、純粋に嬉しいものなんだな。
「俺の話も出回ってるってこと?何言われてるかちょっと怖いな」
 ヘクターが苦笑する。カイは少し前に身を乗り出した。
「あんたのこと悪く言う奴の方が少ないんだ、安心しろよ。学園でも随一の腕前にその男前だ。ただ欠点は……ひどく変りもんってことかな」
「変わり者?どういう意味だろう、一番まともだと思うけど」
 わたしが聞くと、カイから意味あり気なウィンクが返ってくる。な、なんなの、気になるじゃない。
「まあ、あんたらのことについちゃ、相手がフロロじゃなけりゃ俺が奴の代わりにメンバーに入れて欲しいくらいだ。聞いたぜ、サントリナの、しかも王室の関わった事件を解決してきたんだって?」
「そんなことまで?それってシーフ達みんなに回ってる話なの?」
「シーフ達?まさか、学園中の奴らが知ってる話だと思うぜ、なあ?」
 そう言うとカイはヴィクトリアに視線を送る。受けたヴィクトリアはただ肩をすくめるだけだった。知っているが面白くない事実、と言っているようだった。その態度にもカイはただ面白そうに肩を揺らす。わたしならムッとするか『聞いてんのかー!』くらい言ってしまいそうだけど。こんなやり取りだけでもカイは今までにないタイプの人間だと思う。なんというか大人?際どい冗談も言うし、態度も怪しいんだけど人を不快にさせない人だ。面白い。やる気がなさそうな気だるい雰囲気を纏っているが、実は一番精力的にアンテナを張ってるんじゃないだろうか。わたしの中での彼の総評は、正直いってかなりいいものだった。
「それで、マリュレーの領主様はどんな人物なの?」
 意識を話の場に戻したわたしはヴィクトリアに伯父について尋ねる。ヴィクトリアは窓枠に頬杖をついて明らかに会話に入らない意思を見せていたが、仕方ないというように息吐きながら座る位置を直した。
「実はこちらも変わり者よ。学者だしね」
 学者が全て変わり者というような言い方は如何なものかと思うが、旧貴族の家柄で学者気質は浮いているのだろう。
「専門分野も民俗学と宗教学だから、一族でも『金にならない』って馬鹿にする人もいたりするしね。逆にお金にならないから『すばらしい』って持ち上げる人もいるからややこしいわよ。うちの両親とか」
「へえ……それって面白いね」
 わたしは正直な感想を漏らした。面白いのは話だけでなく、そんな話を始めた彼女にも思う。
「今回の話も……伯父が跡取りじゃなければもっと話がスムーズだったんじゃないか、って思ってるわ。普段から少し変わり者で通ってる伯父からの通報じゃなく、もっとまともな人だったら警備隊も本腰上げてたんじゃないかって。いい人ではあるんだけど。私が魔術師目指して学園に通うって言った時も一番喜んでくれたのは伯父様だったし」
 魔術師も分野違いなだけでいわば『学者』だ。同じ道を歩む姪はそりゃ可愛いだろう。わたしは共感を示すよう何度か頷いてみせた。
「でもそんな変わり者扱いされちゃうって、なにか村でもやらかした過去でもあるの?それとも伯父さんはいわゆる『お勉強バカ』なタイプってだけ?」
 わたしの言いようが面白かったらしい。カイがくっくと笑い出した。ヴィクトリアがそれを嫌な顔で睨む。
「お望み通りお勉強バカなタイプで、研究内容から村の人の中には快く思ってない層もいるわよ。宗教学では邪神含めた神を研究してるそうだから」
 ヴィクトリアの答えにわたしは咄嗟に返事が浮かばず、つい固まってしまった後、「なるほどね」と呟いた。
「ウェリスペルトに移住したクレイトン家の連中も面白い奴が多いぜ。偽善的に寄付に励む裏で……」
「カイ!」
 カイの話をヴィクトリアが遮る。
「仲間の家族のことは探らない約束でしょう!?面白がるのもやめて!」
 少女からの叱責に、変った風貌の男は肩をすくめて返しただけだった。



 馬車が動きを止めたのに気づいたのは、他の乗客が降りる準備を始めてからだった。
「え、もう着いたの?」
 わたしの驚きにヴィクトリアが鼻で笑う。
「まさか、休憩の為に止まったのよ」
「休憩?」
「そう、今日はここまでしか来ないから、今夜はここで泊まりよ。まさか一日でブレージュまで行くと思ってないわよね?」
 思っていたわたしは黙るしかない。そうか、距離を考えればいくらコルバインのバスでも、一日で着くわけがないと分かることだった。しかし彼女と話していると言葉を失ってばかりだなと思う。きっと好き嫌いの前に相性がとことん悪いに違いない。
 窓から見える景色は割と栄えた町のものだ。その様子を見ていると、
「やべえ、寝床、確保しないと」
 後ろから割り込んで来たフロロが窓から飛び降りる。馬車の大きさに比例して高さもかなりあるのだが、躊躇無く飛び込むと小動物のようにすばしっこい動きで道を駆け出していった。確かにこの人数の乗客が宿を求めて降りていったとしたら、宿は争奪戦になるかもしれない。
「じゃあ、こっちはご飯の確保に動きますかね」
 ローザちゃんがそう言うと、眠気眼をこすっていたイルヴァが飛び起きた。



 シリル・デ・ソルドは不思議な人物である。夕焼けの中、前を歩く彼の背中を見ながらわたしは腕を組み頷いた。
 聖戦士なんていうのも学園ではあまりお目にかかれない存在だが、アムトラという戦神自体、ここローラスでは馴染みがないと言っていい。ソーサラークラスのお隣さんであるプリーストクラスを見ても、大多数がフローとラシャの信者であり、その片方の人数と残りの神の信者数を比べても前者の方が多いはずだ。ローラス一般を見てもこんな比率なんじゃないだろうか。そんな神に信仰することになったきっかけなんて気になってしまう。
 外見はこちらが嬉しくなる程、絵に描いたようなお固い人物そのもので、短く刈り込んだ黒髪は髪質まで固そうだし、太めの眉は凛々しく山を描き、目つきは鋭い。服装もヘクターやデイビス、アントンが着ている、ここ最近では戦士達の防護服として主流になっている防護ベストではない。薄い軽いお洒落、といった最先端の物を選ばずに、茶の革鎧を着込んでいるのには彼のこだわりがありそうだ。
 なのにどこか抜けていそうな彼の性質は、たった今、道の小石に蹴躓いたことによく現れていると思う。
「大丈夫?」
 声を掛けたわたしにきれいなブルーアイズが瞬いた。
「大丈夫だ、申し訳ない」
 軽い声掛けにもこの返事だ。くだけた会話をすると蕁麻疹でも出る病気なのか?
「なかなか楽しそうな町だね。シリルは何か食べたい物ある?」
 にぎやかな喧噪を響かせる通りを眺めてわたしは尋ねた。町の規模に比べて飲食店の数が多い。きっと長距離バスの停留所として発展した町なのだ。この分だと宿にも困らないかもしれない。
「フィルマーの町はひよこ豆とラム肉が名産だ。だから煮込みが美味いと推測する」
「そ、そう。フィルマーって町なのね」
 辞書相手に話してる気がしてわたしはくらくらしてきた頭を押さえる。変な人だなあ。どうしてヴィクトリアと組むことになったんだろう。
 そのヴィクトリアを目で追うと、わたしはぎょっとした後、歯ぎしりする。ヘクターと並んで歩き、笑いながら「やだー」と言って彼の腕を叩いているではないか。
「ゆ、油断も隙もないわね」
「そうか、ありがとう」
「あんたのことじゃない!」
 わたしは頭をかくシリルに突っ込む。なんでこんなとぼけた会話しなきゃなんないのよ。ヴィクトリアがヘクターのこと好きだったかなんて知らない。ただ言えるのは確実に『今は狙っている』。だったらせめてバスの中でもいい子ぶりっ子してなさいよ!
 イライラするわたしにぶつかってくる人物がいる。イルヴァだ。ふらふらとする足下に「また空腹が限界なのか」と呆れる。
「ラムの匂いでいっぱいです……。天国です」
 ラム肉好きなのを忘れてた。いつも以上の食欲を見せるに違いない。歩き方がゾンビのようになっているイルヴァの背中を支えて歩いていると、道の脇に設置された掲示板が目に入る。公的機関の案内や冒険者向けの依頼を書いた紙の中に、本日付けの新聞がある。この町の新聞社だ。その一面記事に目を奪われた。
『マリュレー失踪事件、行方不明者7名へ』
 呆気に取られるわたしの目の前で、その記事がはぎ取られた。アルフレートだ。さっと目を通すだけで胸ポケットにしまってしまった。ちらりとわたしと視線を合わせると、『さっさと歩け』と言うように親指で通りを指す。わたしは喉を鳴らしながら頷く。
 7名って……。わずか数日前の話し合いでは失踪者は5人だったはず。それがもう二人も増えている。ヴィクトリア達パーティーの観察、そのオマケのように事件を見ていたことを早くも後悔し始めた。
 ヴィクトリアと共に前を歩いていたはずのヘクターも、足を止めているのに気づいた。掲示板を見た訳ではないはずだが、あまり良いとは言えない顔色で交差する通りを見ていた。ヴィクトリアも戸惑った顔でヘクターを見上げている。わたしは新聞記事といい、ぞわぞわしたものが背中を走るのを感じた。
「どうしたの?」
 脇からわたしが声をかけると少しの間の後、こちらを見る。
「いや……何でもないんだ」
 そう言っていつもの柔らかい笑みをこちらに向けた。ヴィクトリアを避けるためにわざと……なんておバカなことを考えつくが、万が一でもそんなことする人ではない。
 わたしは引っかかりながらも彼の隣を歩き始めた。
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