タダ冒5 一章 人の消える村 
占星師ニーナ
 夏の高い空の下、種を実らせた向日葵が揺れている。老いた魔女の小さな家は今日も花に囲まれていた。わたしもこの夏の代名詞である花が好きだった。
 飛び石にカエルが待ち構えている。家の裏には池があるのだ。彼を踏まないようにわたしは少々迂回した。明け方降った雨を枝に残すグミの木が、わたしの頬とカエルの背に滴を飛ばす。
 奥に待ち構える小さな平屋、その正面を飾る植物の模様を彫り込んだやや派手な木枠の窓に手を置き、老占い師はわたしに微笑む。
「いらっしゃい」
 わたしもその声に手を振り返す。白髪が大部分を占めた頭が引っ込む。直ぐに玄関扉が開かれる。
「今日は暑いわね」
 随分と久々に会うというのに、この人の挨拶はいつも変わらない。昨日会ったばかり、という態度がわたしを緊張から遠ざけるのだ。
 ウェリスペルトの町の外にあるこの家は喧騒とは無縁だった。だからこそ彼女と長話をしにやって来る通い客も多いのだという。占いとは建前のおしゃべりをしにくるのだ。この人こそがわたしを魔法の世界に引き入れた、いわば師匠だった。『あなたには素敵な力があるのよ』この一言でわたしは学園に通うことを決めたのだ。
 襟口にレースを散らした白いブラウスの袖を捲りながら、占い師ニーナはわたしを家の中へと招き入れた。
 お香と、何か果物を煮る甘酸っぱい匂いがする。発生源を確かめるように目を動かすわたしにニーナは言った。
「スグリとオレンジよ。煮詰まったら瓶に分けるから、また家に持ち帰ったら?」
「……今日はこれから遠出なの。残念だけど今回は無理だな」
 わたしの断りにまた微笑んで返すニーナ。
「冒険の始まりってわけね」
 魔女としては大先輩である彼女に言われるとどことなく恥ずかしい。わたしは照れ笑いを隠すよう唇を噛んだ。
「それで冒険への遠出を前に、わざわざ私の元へ来たのはなぜかしら?」
 お茶の用意を始めながら問いかけてくる彼女に、わたしは一呼吸置くと先日のサントリナでの話を聞かせ始めた。王子からの招待状、バレット邸へ再び行ったこと、首都でのトラブル、王家の人々、疑いの目、ファムさんやヴォイチェフといった忘れられない人たちのこと、町を襲ったドラゴンとその正体、宮廷魔術師ヴェロニカの存在と彼女の言葉……。
「良い仲間を持ったわね、リジア」
 ニーナの第一声はそれだった。『目』の話とそれに付随するわたしの不安を話したにしては簡潔な言葉だと思った。もっと言葉を欲しがるわたしを遮るよう、立ち上がるとニーナは食器棚へ歩いて行く。
「彼らはあなたの財産よ。決して離さないよう、大事になさい」
 何か探しながら言う彼女にわたしは返す。
「それは占いの結果?それとも個人のアドバイス?」
「両方よ、両方」
 振り向いた彼女の手には焼き菓子が乗っていた。
「ブレージュ行きの街道バスに乗るんだったわね?じゃあそろそろ出た方がいいわ」
 そう言って焼き菓子を小花柄のスカーフで包んでしまった。中身は知っている。杏ジャムを挟んだチョコレートブラウニーだ。わたしに包みを押し付ける。
「スカーフは返しに来てね」
 わたしは苦笑で返すことにした。
「じゃあ帰って来たらまた来るわ、じゃあねニーナ」
 扉を開けながら挨拶すると、ニーナが手を振る。彼女の占いがどのくらいの腕前なのか、どのくらい当たるのか、わたしは知らない。いつもこんな茶飲み話程度で終わってしまうからだ。それに文句を言う客もいない。みんなが満足して帰るからだった。わたしの心もまた、来る前よりも軽くなっていた。



 ブレージュ行きの街道バスはウェリスペルトの町の中心から出ている。バンダレンに行く際も利用した町で一番大きなバスターミナルである。行き交う人の数ももちろん多い。国内では首都レイグーンのターミナルに次ぐ利用者数とのことだ。
 そこを待ち合わせ場所に選んだ、というのは間違いだったのでは……と今更ながら思い始めたわたしだった。集合時間よりはまだ早いとしても居るのは自分だけだったのだ。
「まあ、こんな分かりやすい目印にいるんだから大丈夫だと思うけど」
 わたしは背後にそびえる大型の馬、コルバインの石像を振り返り見た。バスの大型の車体を引っ張る原動力である。彼らのお陰でローラス中を物資が行き交い、豊な生活を享受しているのだ。
 人の波を見ながら仲間の姿を探す。商人の姿が圧倒的に多いが、時期柄か旅行者の数も多い。乳白色の肌に金髪が多いローラスで、この時期は様々な肌、髪の色を拝める。亜人達の姿もそこかしこに見られた。ドワーフやモロロ族が大半だが、鱗のある肌や獣の耳を持った種族、わたしの膝くらいまでしかない小さなリザードマンもいた。
「他のメンツはまだしも、ローザちゃんもまだ来てないのは珍しいわね……」
 2回目の独り言を呟いた時だった。人混みの中にちらりと見えたピンク色の頭にわたしの頬が引きつる。その全貌が見えると、わたししかいない状況を確認したのか向こうでも少し顔が強張るのが分かった。が、すぐにそんな気配は消し去り、わたしに笑顔で手を振るヴィクトリア。
「今日はよろしく」
 黒ローブの下はパステルピンクのミニ丈ワンピースと白のサマーブーツいうモテそうなファッションをちら見せさせながら、張り付いた笑顔を見せる彼女に、わたしは薄笑いと握手で応えた。
「カイはギリギリになりそうだけどシリルはもうすぐ来ると思うわ。遅刻はあり得ない人だから」
 ヴィクトリアは人混みに目をやりながらそう言った。沈黙を回避するのが丸わかりの会話だが、正直助かる。
「うちもローザちゃんはもう来ると思うわ。ヘクターも遅くならないと思う。遅刻の心配がありそうなのはフロロ、イルヴァ、アルフレートくらいね」
「そ、そう、半分が心配あるわけね」
 そんな会話を続けている間に、案の定の人物が駆けてくるのが見える。大勢の人の波の中でも目立つ姿、ローザちゃんだ。男女を超越した美貌とそのオカマ丸出しの走り姿は嫌でも目につく。
「いやああん、遅くなっちゃったわああ」
 身をよじらせながら頭を振るローザにわたし、ヴィクトリアも苦笑する。
「大丈夫よ、まだ時間前だし、私の仲間もまだだから」
 いない仲間を指し示すようにヴィクトリアが空いたスペースを手で示した。わたしも大きく頷く。
「そうそう、わたしは早く来過ぎたし。でも珍しいね、ローザちゃんがギリギリなの」
「ちょっとお父様と話し込んじゃったのよ」
 目を伏せるローザにわたしは首を傾げた。
「学園長と?」
 わたしの問いにローザはちらりとヴィクトリアを見た。わたしだけに話したい、という素振りだ。いくらヴィクトリアといえど、この人数でのけ者扱いはちょっと……と戸惑うわたしに、ヴィクトリアは澄まして答えた。
「どうぞ、遠慮なく」
「ごめん、ちょっと悪いわね」
 そう言ってローザはわたしの腕を取り、コルバインの像の横へと下がった。そんなに深刻な話なのか、と眉を寄せるわたしに、ローザは軽くため息ついて見せた。
「この前のサントリナの件、お父様のところにもかなり色んな方面から聞き込みがあるみたいなの」
「サントリナの?王子のこと?レオンのこととか?」
 わたしの問いには首を振る。
「亡くなったレイモンのことと、セントサントリナの災厄、現れた山賊の集団の話なんかみたいね」
 その答えにわたしは何も言えず、黙ってしまった。すっかり丸っと解決した気になってたものの、ローラスとサントリナの間に火種が出来たような状態になってたんじゃなかったっけ。
「あたし達はたまたまセントサントリナにいて、サントリナ側から逐一見ていたわけだけど、同時にこっちでも騒ぎになってたみたい。ローラスから見たら『サントリナ側の動きが怪しい』っていう風になってたわけよ」
「……そりゃそうだ」
 わたしは妙に納得する。
「でしょう?だから根掘り葉掘り事情を聞かれてたってわけ。……学園長の子供が『たまたま』サントリナの王城に滞在してて、『たまたま』騒動に巻き込まれた、っていうのをどこからか掴んでしつこく聞いてくる連中も多いのよ」
「ローラスの危機に対処、っていうより自分の立ち位置の為に情報をうまく使いたいわけね。というか学園長もうその辺の話掴んでたのね」
「そりゃあ色んな所に首突っ込んでる方ですから?まあ今回はそれに助けられた、って面もあるけど。あたし達が矢面に立つことも、大人達に利用されるような状況からも守っていただけるみたいだし」
 一応ね、とローザは付け足した。わたしは素直にあの学園長で良かったと感謝する。
「今日もこれからウェリスペルト郊外の農園に行って、明日はフィオーネで学会に参加ですって。はー、そんなに忙しい人生で楽しいのかしらね」
 フィオーネはローラスの南にある半島の国だ。こちらもローラスとは色々騒がしい仲と言える。宗教的な問題があるのが理由なので、フローの大神官である学園長が出向く訳は重要な意味がありそうだ。
「ローザちゃん、跡継ぐの?」
「いやよ!あたしは編み物しながらお茶飲んで暮らしたいわあ」
 わたしとローザが騒いでいると、見慣れた姿がやってくる。フロロを肩車するヘクターだ。
「おっす」
 手を挙げるヘクターにわたしはただにやけてしまう。いつになったら可愛らしく返せるようになるのか。
「ったく、いつになく混んでるね。兄ちゃんと会えて助かったぜ」
 上から優雅に見下ろしながらぼやくのはフロロだ。彼はこの背丈のせいで人混みには毎回苦労する。その後ろから現れたのは黒髪の剣士シリルだった。
「今回はよろしく頼む」
 なんとも堅苦しい挨拶で頭を下げられる。慣れない雰囲気にわたしやローザは「はあ」「どうも」と呟く中、
「こちらこそよろしく」
 ヘクターだけはスマートに返し、彼と握手する。さすがリーダー、男前。惚れ直しちゃう……などとお花畑なことを考えているわたしの目の前で、
「ごめんね〜、堅苦しい奴で」
などと言いながらヴィクトリアがヘクターの腕を掴んだ。またも一気に頭に血が上る。な、な、何かしら!この自然を装った白々しいボディタッチは!!と鼻息荒くするものの、注意するわけにもいかない。
「ちょっと落ち着こうか」
 そう言ってわたしを再び下がらせたのはローザちゃんだった。「何よ!」と涙目のわたしにまた落ち着くよう手で促してくる。
「恋のライバル認定するのはもうちょい待っておこうじゃないの。相手はヴィクトリアよ?あんたが騒ぐ程おもしろがって近づくに決まってる」
 親友の冷静な分析にわたしの頭も冷えていった。なるほど、そういえばヴィクトリアがヘクターに近づこうとする気配やパーティーに誘ったなんて話も聞いたことが無い。ただ単純に「男前だからこの機会にツバつけとこ」なんて可能性は残るが。
「……冷静さを失ったらわたしに『ブラインド』でも掛けてちょうだい」
 相手を盲目にする魔法をねだるわたしに、ローザは「ええ……?」と引いていた。



 その後、集まった仲間を来た順番に言っていくと、
「うっす」
 小さくそう挨拶し、半分眠そうな、しかし半分面白そうな顔でわたし達を見るカイが到着し、
「みなさん、よろしくです〜」
 相変わらず大荷物のイルヴァが少々遅刻で現れ、フリフリドレスとボンネットを揺らしながら、悪びれることもなく優雅な挨拶をし、
「さあ、行くぞ」
 大幅な遅刻をした上に偉そうな一言から始まったアルフレートに、わたしとローザちゃんの怒りの大噴火が起こった。
「な、ん、で、アンタが偉そうに指示すんのよ!つか謝んなさいよ!」
 そう怒鳴るローザに足蹴にされても何食わぬ顔のエルフに、ヴィクトリアの笑顔も引きつっていた。
「ま、まあ早めの集合にしといてよかったわ。これバスのチケット、無くさないでね。結構高価な物だから」
 ヴィクトリアが全員にチケットを配る。彼女の伯父が用意した物だという。あまり流通していない厚紙に偽造防止の加工がされた判が押されていた。
 じゃあ行くか、と移動を始めた一同から遅れ、固まったままのシリルに気づく。表情も固まったままだ。怒っている……というよりひたすら戸惑っているように見えた。
「ごめんね、ふざけた連中で」
 彼に近寄り、そう正直に謝るも、やはり変ることのない生真面目な顔がこちらを向く。
「いや……慣れないやり取りで戸惑ったんだ。申し訳ない」
 読みは当たっていた……が、彼がこのままふざけたエルフ、もといふざけた我々に慣れてくれるとも思えない。どうにかブチ切れさせることだけは無いように、と思ってしまった。

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