銀色の髪
古ぼけた民家には、辛うじてその日1日を凌ぐだけの食料はあった。味気ない食料を口にしながら思考を巡らすも、何も思い出せない。ここは何処だ。どうして私はここにいる。そもそも私は誰だ。
「どうして何も覚えてないの…」
月明かりだけが頼りの真っ暗な部屋は、私一人を包み込むには充分過ぎた。
「おねーさん、おねーさん」
「ん、…あれ?ぼく、じゃなかった、ギン。どうしたの」
「それは僕の台詞やで。玄関から呼んでも返事がないし、寝室に布団引きっぱなしやのに寝てへんし。家中探し回ったら、こんなところで毛布も被らんで寝てて…風邪ひくで」
ギンは眉間に皺を寄せる。こんな小さな男の子に説教されるなんて、思ってもみなかった。まあ、私が一体いくつなのか分からないけど。
ふと肩に手をやると、毛布が掛かっていた。ギンが掛けてくれたのだろう。
「ありがとう、ギン」
「身体は大事にせなあかんよ」
どうしてこの子は私に優しくしてくれるのだろう。心配してくれるのだろう。分からないけど、嬉しいことに変わりないから、もうしばらくギンに甘えさせてもらおう。
「ねぇ、ギン。お茶を淹れるから、今日はゆっくりしていかない?」
「おねーさんがそう言うなら遠慮なく。僕な、実は元々今日はずっとおねーさんの側におるつもりやったんや」
「そうなの?学校とかいいの?」
「ええねん。おねーさんは気にせんでええよ」
それ以上は深入りしなかった。ニコニコと笑うあどけない笑顔が、そのときの私の心の支えだったから、あえて笑顔を崩すようなことはしたくなかった。
「あのね、ギン」
「うん」
「一晩考えてみたんだけど、私何も分からないの」
「え?何も分からないって、どういうこと?」
「記憶喪失っていうのかな。どうしてここにいるのかも、何をしていたのかも…名前も分からないの」
ギンの小さな喉が動くのが見えた。言葉を失って、唾を飲んだ。
「ギンは、私のこと知らない?」
「えっ」
「何でもいい。私に関することなら、どんな些細なことでもいい。ギンの知ってることを教えて」
揺れる瞳に迫れば、ギンは俯いて体を引いた。
「堪忍な…僕、何も知らんねん」
「…そっか。そうだよね。たまたま起きたときに目の前にいただけだもんね。ごめんね、急に変なこと言って」
「いや、ええけど…」
誤魔化すように笑ってみせると、ギンが困った様子で続ける。
「おねーさんは、自分の過去を知りたいん?」
「え…そりゃ、知れるなら」
「思い出さない方が幸せかもしれない記憶でも?」
暗に、僕はあなたの辛い過去を知ってますとでも言うような口調に戸惑う。ギンは何も知らないはず。私の過去は思い出さない方がいいの?
「…それでも、どんな過去でも、それを含めて私だから。本当の名前も過去も知らないままよりは、辛い過去でも知りたい」
真っ直ぐに糸目を見つめる。ギンはため息をついて、また幼げな笑みを浮かべた。
「早く思い出せるとええな」
「うん」
ちょうどいい温度になった湯呑みを手にする。ギンも同様に湯呑みに口をつけた。目の前でお茶を飲む銀髪の少年に私はどこかで会ったことがある気がした。