MEMO
14.9.22


「親密度を上げる為には触れ合いイベントが不可欠でしょうが。『ほら、怖くない』とか言いながら手を差し伸べるものでしょうが」
「えー。だってそのお姫様はかわいーい小動物相手でしかも指先噛まれた程度でしたけど、私の場合魔法を使う一国の王が相手で、手を差し伸べようもんならその手ごと凍ってボキン!か壊死コースじゃないですか。それに親しくなる気はあまりないので」

「敵意を向けられた方が良いものかけるんですよお?馴れ合っちゃうと遠慮から筆が鈍ってどうも、ねえ。生卵ぶつけられたらそれをネタにすりゃいいですけど、お菓子を出されて歓待されてもネタにゃあなりませんでしょ」
「………知ってはいましたが、貴方って下衆ですよね」
「ブン屋はクズ野郎だからいいんですよお。まあ、真っ当な方も偶にいらっしゃいますが、私はそういう真実を追うーだの正義を貫くーだの、青臭いのは苦手でしてね。もっと生臭い方が合ってます」

私が書くのは人の人生食い潰して成り立つ面白おかしい娯楽でいいんですよお

耳に馴染んできた間延びする語尾の声は低俗な言葉を披露しながら、そこには何がしかの信念があるように思えた。
本人に伝えたのならまた他人の神経を逆撫でする最低な言葉を駆使して、自分に信念などないと反論するのだろうが。

「王サマの日常だってそうでしょ。自分を退治しに来た悪者がいれば盛り上がるけど、間抜け面下げてご機嫌伺いに来る大衆なんて退屈で仕方ない。いや、好む層もいるんでしょうが、そういうほのぼのしたワンシーンは、別のドキュメンタリーか何かでやってくれりゃあいい。私は退屈なんで担当したくありませんね」
「せっかく、わたくしが口を閉じていたのに。何も言わずとも自ら台無しにしてくるんですから」
「はっはあ、そりゃ私、ブン屋ですから」

意味がわからないし、これだけ舌が回るなら噺家の方が向いているんじゃないだろうか。

「ちなみに、今までやさしーく王サマの手を取った勇者っていらっしゃるんですか?」
「失礼な、いますよ」
「ほっほーう。ならその末路は」
「………指が壊死しかけた時点で悲鳴を上げて逃げ帰り、二度と顔を見せませんでした」
「そりゃあナイス喜劇……いや失礼、何と言う悲劇でしょう。王サマもさぞ傷付かれたでしょうに」
「白々しいんですよブン屋が」
「ではご要望にお応えして正直に。予想通りと言うか予定調和と言うか、どこにでもその手の馬鹿はいるもんですなあ。私も好奇心と興味本位で手を差し伸べなくてよかったですよ。ブン屋がペンを持てなくなるなんて死活問題、いやはや危ないところでした」

危ないも何も伸ばす素振りすら見せなかっただろうがこのブン屋。






「いつ見ても権力者の末路ってえのは惨めでいいですねえ。地べた這いずって生きてる私からすりゃ、救われる思いですよ」

お前も所詮、肉でできた生き物だ。
そこに貴賎はない、どれだけ上等な肉でも食われて終わりなのだから。

見たことがない程らんらんと輝く瞳が雄弁に語っていた。
わたくしの末路に指を指し笑って、さらには晒し者にしてやろうと彼女の武器である手帳とペンを握る。
そうだ、彼女はこういう人間だ。
どうしょうもない程下衆で、クズだと罵れば何をわかりきったことをと一笑に付してしまえる人間だ。

そしてその容赦のない行為にこそ、救いを感じているのが今のわたくしだ。

「それで王サマ、真実の愛は見つかりましたか?」
「見つけていたら、こんなところにはいませんよ」
「そりゃあ失敬。ではでは、今の心境を簡潔にどうぞ」
「………どうせ閉じ込めるのなら、わたくしが逃げた山奥にしてくれたら良かった」

正直に答えている自分に笑みが零れる。
言うまでもなく、自嘲だが。
書かれないかもしれない言葉を、歪められるかもしれない言葉を、何の計算もなく心から答える自分が滑稽で堪らない。

「わたくしは、弟を傷付けたくない一心で力を押さえつけました。抑えきれないと悟り山にこもりました。確かにあの時は、もう弟を殺してしまうかもしれない恐怖に怯えなくていいのだと、心の底から安堵したのです」
「あの時は、と言いますと、今は違うんで?」
「弟に力が及ぶ範囲にいる今は怯えが戻ってきましたがね。安堵の後に、力を振るえる喜びを感じたのです。浅ましいことに、自分の力に酔ってしまった。それは、幼い頃、殺したはずの思いでした」
「そうですか。ところで、私の人となりはご存知のことと思いますし、言うまでもないとは思うんですが、一応言っておきますね。私、王サマをここから逃がしてあげるような気概も気遣いも権力もありませんので、あしからず」
「本当に言うまでもないことですね。そんなことは言われるまで思いつきもしませんでしたよ」

この女が、その身を危険に晒しわたくしを逃がす。
いっそ笑ってしまう、何だその出来損ないの三文小説は。
むしろ必死で逃がそうとした第三者とわたくしを逃げ切る寸前で罠にかけ、絶望するこちらを指さし笑う悪役でもやってくれた方がまだそれらしい。






「それで。無事支持率を取り戻して国民から愛され持てはやされる雪の王は、こんな薄暗いドブの中を生きてるような人間に今更何の御用がおありで?」

その姿も態度も生き方も、こちらが威厳を取り戻したところで何も変わりはしない。
これまでそうであったように慇懃に、へらへらと人を食ったような笑みを浮かべ、今の地位からどう引きずり下ろし食い物にしてやろうかと舌なめずりをしている。
彼女はそういう人間で、そこには誇りも尊厳もありはしないと知っている。
そんな複雑で重たいものを、彼女はきっと持ちたがらない。

ただ生きたいように生きているだけだ。
人に不幸をもたらすことが天職だと知っているだけだ。
例えその日暮らしで地を這い泥を啜る生を送ろうと、彼女は変わらずへらへらとした笑みを浮かべることだろう。
思うままに生きている限り、人に不幸を降らせる限り、彼女は変わらず笑っていられる。

「わたくしとお友達になっていただきたいのです」
「はっはあ、真っ平ごめんですねえ」

間髪入れずにきっぱりと、嘲笑交じりの即答だった。
本当に相変わらず、この女はわたくしを一国の王とも高位の人間だとも思わない態度である。
いや、こうして呼べば会いに来る以上高位の身だとは思っているのだろうが。
しかしそれは、彼女の中で態度を正すに値することと結びつかないのだろう。

「言ったじゃないですか、筆が鈍るんで親しくなる気はないって。私は貴方みたいな人をあることないことこき下ろすのが生きがいなんですよ」
「ついに隠さなくなりましたね。せめてあることだけでこき下ろす努力をなさい」
「まあその努力なら考えなくもないですけど。しかし、ですよ。こんな私と親しくしたいなんて、それはつまり常に醜聞を提供して下さるってことに他ならないんですが」
「貴方が醜聞のお相手になってくださるご予定は?」
「それこそごめんですよお。ハニートラップとかそういう体張るのは畑違いでして………あ、何ならイイ子紹介しましょうか?」
「結構です。女性に不自由はしない身分ですから」

何だこの下衆さを煮詰めたような会話は。
何が悲しくてブン屋にハニートラップの相手を斡旋されなければならないのか。
そもそもこちらだってこんな人の不幸をおかずにできるような人間は願い下げである。

「わたくしは、友人としての貴方がほしいのです。もしその条件が定期的な醜聞の提供なら、できる限り努力しましょう。そうですね、手始めに男に抱かれるわたくしというネタはいかがですか」
「………あんた、さてはドMでしょう」

呆れたように返した彼女の言葉は限りなく素に近かったのではないかと思う。
これまでに見たことのない、無防備とすら感じられる表情をしていた。

しかしそれも一瞬のことで、瞬きする間に口角を吊り上げにいと他者を不快にさせる笑みを浮かべる。
陰のこもったその顔は、しかし淫靡でも妖艶でもない。
ただひたすらに邪悪としか表現できないものだった。
鬼ですらもっと上手く微笑むに違いないと思わせる、他者を陥れようとする思索を隠そうともしない笑みである。

「私ほど友達がいのない奴もいませんよお。それだけ王サマが尽くしても、きっと私は飽きれば捨てます。何の未練もなく蒸発しますし、連絡先も仕事用のものしか教えません。べったりした友情とか、気持ち悪いんで」

それでもいいのかと最後通牒とばかりに笑う。
悪魔と契約する人間というものはこういった心境なのだろうか。
今なら引き返せる、しかし引き返せば二度と手に入らない。
売るのは間違いなく、ひとつしかないこの魂だ。

「構いません。どうぞ、これから末永くよろしくお願いいたします」
「それは王サマと私の気分次第ですけど、まあ、ひとつよろしくお願いしますねえ」

差し出した手を、彼女は笑顔で黙殺した。


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