「打ち上げ行く人ー!」

ライブ終了後の楽屋。
主催の大学生の掛け声で何人もが勢いよく手を挙げる中、パンツのポケットに手を突っ込んだままの俺を、沢が横から小突く。

「タカシもたまにはこういうの参加しろよ。あのギャルバンの娘たちも行くってさ、」

沢の視線を追うと、俺らの前の出番だったバンドの女の子たちが楽しげに話していた。舞台の袖から彼女たちのステージを見ていた沢が、ベースの娘が可愛い、としつこく言っていたバンドだ。

「興味ねえし。俺は帰りてーの」
「付き合いワリィなぁ」

ぶうたれる沢がヨージを誘いに行った隙に帰ろうと、地下から出入り口にのびる階段を上がりかけたとき、後ろから追いかけてくるような音がした。

「あの!」
続いて、可愛らしい声。振り返ると、例のギャルバンのメンバーの一人だった。
「……なに」
「あの、タカシさん、ですよね?」
「そうだけど、」
「打ち上げ行かないんですか?」
「行かないよ」

階段の3段ほど下から俺を見上げる彼女の顔が、一瞬にして残念そうな色を帯びるのを見て、少なからず罪悪感を覚える。

「じゃあ、メアドだけでも教えてもらえませんか?」

薄暗いせいでおぼろげだけれど、髪の色や大きな瞳がどことなくマサトに似ているような気がして、無視をして背を向けることが憚られた。

「悪いけど、そういうのはちょっと。ごめんね」

それだけ伝えて、再び階段を上った。そして地上に出ようというところで、彼女が突然後ろから俺の腕を掴んだのだ。ベースを背負っているせいで普通より鈍った平衡感覚。
「うわっ、」
ぐらついた俺はとっさに彼女に寄りかかって何とか階段から転がり落ちるのを免れた。

普段、女子供には優しいと定評のある俺が、めったにない勢いで、危ねぇな!と怒鳴りかけたそのとき、女の子とは反対の方からものすごい強さで二の腕を掴まれた。
今度は何だ、とわざとうんざりした表情で振り返った。――マサトだった。



賑やかな繁華街を避け、住宅街を通りながら駅に向かう間ずっと、マサトは黙ったまま俺の手首を握っていた。熱帯夜の生ぬるい空気の中を、俺たちは二匹の深海魚みたいに静かに泳ぐ。

不意にその静けさの膜を裂いて、ぱた、と音がした。何かが落ちる音だった。振り返って地面に目をやると、少し離れたところに小さな影が見えた。
マサトが俺の手首から手を離してそれを拾いに行く。俺のベースケースについていた、ウサギのキーホルダーだった。マサトが以前くれたものだ。

「サンキュ」
手を差し出したけれど、マサトはウサギを握りしめたまま俺をじっと見上げている。
「……おれ、」
「マサト?」
「タカちゃんが女の子といるとこ、見たくないよ」

すとん、と、俺の心の奥にその言葉は落ちて、しばらく鳴りたての音叉のように振動していた。
マサトの言葉はいつも直接的で、そして俺はそれに救われる。くだらないプライドや意地が邪魔して、茶化さずには愛ひとつ語れない俺の分まで、マサトが真剣にそれを語ってくれる。

愛おしさだとか、感謝だとか、そしてやっぱり愛おしさがせり上がってきて、本当に自然に、俺は
「あいしてるよ」
と口にした。
「今、そう言うのって、ずるい」
なんて目に涙をためながら、マサトが困ったように笑ったので、俺はどうしようもない気持ちになって、そっと唇をうばった。かわいたキスが、心地よかった。



それから、暗くて静かな道を手を繋いで帰った。
マサトがライブの様子を尋ねるので、マサトがフロアにいないとなんとも味気なかったことを伝えると、その瞬間だけ手を握る力がきゅ、と少し強くなった。かわいくてしょうがない。

例の女の子のことは、特に弁解しなかった。マサトが「あの子だれ、」と聞きたがっていることを空気で感じてはいたけれど。
もちろんマサトだって俺とあの子の間に何かあっただなんて本気で疑っているわけじゃないだろうけど、この先だって似たような状況は多からず起きるかもしれない。一度弁解してしまえば、今後もしなくてはならないことになる。

それは俺たちの関係として相応しくないと思った。俺がどこに誰といたって、一番に考えているのはマサトのことだってことをちゃんと分かっていてほしい。そんなのは一々弁解を要するような事項ではない。だから余計な心配はしなくたっていいってことを、マサトが自分で分かっていてほしいのだ。

こういうところが、きっとマサトの腑に落ちないんだろうけど。俺はなんでも単純化すればいいとは思っていないから、時々回りくどいことをしてマサトの機嫌を損ねてしまう。

その代わり、分かりやすいご機嫌取りも忘れない。

「そういえば、近いうちにライブできそうだよ、ヨージに頼んどいたから」
「ホントに?タカちゃんだいすき!」
「おうおう、もっと聞きてーなぁ」
「だいすき大好きだいすきタカちゃん!」

ぎゅっと抱きついてくるマサトに1日の始まりに見た光景とのデジャヴを感じながら、俺はその細っこい腰を、そっと抱いた。手のひらによく馴染んだ感触が、幸せだった。



Fin.20101009




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -