004 完結

「ここです」

私は、キューピッドを呼び出した神社にある、8番目の祠へと柔造さんを案内した。
勝呂くんも一緒だ。

さっき柔造さんが「坊の彼女」と言っていた言葉が頭から離れない。
私は彼女なのだろうか。

あの流れであれば、そうなんだろうけれど、
まだ…

ちゃんと、勝呂くんの口から言われていないのだ。
私は確信を持てないモヤモヤに蓋をして、無言で歩を進めた。

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「ここでお願いしたんです」
「すぐ終わるさかい、ちょお待ってください」

「少し離れとき」と言って、勝呂くんは私の手を掴むと祠と距離を取る。
柔造さんは祠に向かって、何やらお経を唱え始めた。

お経が続くに連れて、祠が禍々しい雰囲気で満たされる。
ドラマでも映画でもない、その不思議な光景を私は息を飲んで見つめる。

途端、勝呂くんはその場にガクッと膝をつく。

「勝呂くん!?」
「な、なんや…熱い…!」

柔造さんは横目でチラリと勝呂くんを見やるが、お経は止めない。
勝呂くんは息が荒く、目も虚ろだ。

すると、彼の周りに蒸気のようなものが浮き、それは徐々にはっきりと目で確認できるようになった。
膜のように張り付いたそれは、祠へ吸い込まれるようにぬるぬると動いていく。

柔造さんはお経を唱えながら勝呂くんの隣へとかがみ、背中を擦る。
声色が強くなったと同時に唱えるのを止めると、勝呂くんの周りを包んでいた膜は消え、祠が纏う禍々しい雰囲気もなくなっていた。

ふと気がつくと、いつもの神社に戻っていた。

「坊、何もないですか」
「あぁ…少し、休ませてくれ」

柔造さんは勝呂くんの腕を肩にかけると、ひょいっと抱き上げ、近くのベンチまで運んだ。

「あ、あの…!勝呂くんは、その、大丈夫なんですか…」

柔造さんは私の声に顔を上げると、にっこり微笑んで「もう、問題あらへんです」と言った。

「おそらく、坊に憑いてたのはマーラの類です。人の願いに漬け込んで欲を食らう悪魔やったんで、適した致死節で消滅させました。これ以上はなんや悪さもせんかと思うんで、安心しはってください」
「志摩くんのおにいさん…は、お祓いのスペシャリストでいはるんですか?」

柔造さんは「お祓いのスペシャリストやて!」と言って大げさに笑う。

「そうです。俺は坊のお父様にあたる和尚の弟子にあたるもんで、悪魔祓いを生業にしてはります。坊に悪魔憑いたって廉造に聞いて、駆けつけました」

ほお…
勝呂くん家って本当にお寺やったんかあ。
祟り寺、いうのはそういった類を取り扱っていることが理由なんやろか。

私の下心の所為で、勝呂くんには大変な迷惑をかけてしもた。
彼は一切、私を責めることは言わへん。
シュンッと項垂れていると、勝呂くんはそんな私に優しく呼びかける。

「たかはし、家まで送るわ。柔造、ありがとう」
「いやー、坊、青春ですねえ!じゃ、俺は出張所戻りますんでー。たかはしさんもほな、また」
「あ、ありがとうございました!」

少しからかわれたようで、私は恥ずかしくなり俯く。
柔造さんと別れ、私たちは家の方向へと歩き始めた。

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「もう、体大丈夫?ごめんね、こんなことになって」
「もう終わったことやから、気にせんでええ。もう元気やし」

勝呂くんは体調も回復し、普通に歩けるようになったようだ。
意を決して告白したものの、悪魔だのお祓いだので、心が萎れてしまった。
しわしわだ。もう、今更、あの時の答えとか聞く気になれへん。

そもそも、あの好意は悪魔の所為であり、その衝動がなくなったのであれば、彼は冷めているのではないだろうか…

並んで歩くが、ふたりの間には気まずい沈黙だけが流れた。
ふと、勝呂くんが歩くスピードを緩める。
私は恐る恐る、彼の表情を見た。
彼がジッとなにかを見ているので、私もそちらへと視線を向ける。
そこには、泣けるような夏の夕暮れが川べりを照らす景色が広がっており、私は歩みを止めた。

「……なぁ、たかはし」
「はいっ!!」

急に名前を呼ばれ、変な声で返事をしてしまった。
あかん…変な奴思われた…

「さっきの…その……」

歯切れの悪い様子で話し始める勝呂くんの顔は少し赤みを増した。

「あーー、なんだ、俺んこと好きゆうてくれはったやつ、嬉しかった…」

瞬間、体の熱がブワァっと上るのを感じた。
彼は目を合わさずにキョロキョロしながら続ける。

「せやけど、うちはさっきのやつみたく…気味の悪いことを家業にしとるから、一緒に居ると変な噂なるかもわからへん。それに、俺は祓魔師になるために東京の高校に通て、本格的に勉強するつもりや。奨学金もらわな通われへん、せやから、俺と付き合うても普通の奴らみたく楽しくはできひんかもしれん」

そうか…
彼が東京へ行く理由がわかり、腹落ちした。
「勝呂くんが東京の高校行くの、知ってたよ」というと、「ほうか」と一言返される。

「祓魔師とか、ようわからへんねんけど、私は遠距離は勝呂くんとならいける思う」

心臓がバクバク鳴る。
今、いま言わないと、きっと一生言えない。
静まれ鼓動、開けよ口、ちゃんと、ちゃんと言わなくちゃダメ。

「悪魔にお願いするとか迷惑かけたけど、それでも、好きやったら困る?」

私は伏せていた目を開き、ゆっくりと勝呂くんの顔を見る。
彼の顔は茹で上がったように赤く、思わず「真っ赤…」と口から出てしまった。
それを聞いた彼は瞬時に片手で顔を多い、「あっち見てろ!」と言って顔をそらした。

彼はまた歩みを進め、「次んとこ左でええか」と道順を確かめる。

あ、あれ…?さっきの返事は?

そろそろ家が近くなり、「ここまででいいよ」と言うと、彼は歩みを止めて、私の手を掴んだ。
急なことに驚き、私は思わず手を引っ込めようとするが、彼の握る力は力強く、びくともしない。

「たかはし!悪魔の所為言うても、…あない乱暴にしてすまんかった思うてる」
「え!いや、あの、せやから、私の所為やから、勝呂くんは気にしないでというか、むしろ…ほんに…ごめん…」

口を開いた彼から出た言葉は、私が欲している告白の回答ではなく、強めな口づけをしたことによる謝罪だった。
息継ぎが難しいほどの強烈な口づけを思い出し、口の中に唾液が湧くのを感じる。

なんて…恥ずかしいことをしてしまったんだろう…
好きな人と口づけをしたのに、その行為は、悪魔の所為という、無かったことにできるような言い訳がついてしまった。
私は熱をおびる頬に空いた片手を当てて、静まれ、静まれ、と呪文の用に頭の中で繰り返した。

瞬間、その片手も勝呂くんに掴まれ、自然と視線が彼とかち合った。

「……その、男から言わんとあかん思うてるから…言わせてほしいんやけどっ、」

彼は強めの声でそう言うと、一瞬うつむき、意を決したようにこちらへ視線を戻した。

「正直、俺がええとか物好きとしか思えへんけど、」

彼の視線はまっすぐ私を射るようだ。

「たかはしが呼び出した悪魔以上にめんどくさいことに巻き込んでしまうかもしれへんけど、」

「俺と付き合うてほしい」

もう、彼から逃れられない。
私の世界は、視界いっぱいの勝呂くんだけで埋められてしまい、もう、それ以外考えられへんぐらいに満たされている。

照れてはいるが、彼はいたって真面目な表情で、ただ、ただ素直な告白をしてくれはった。
私は動かない口の変わりに、首をこくんと縦に振った。

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「なんや、のりこ、また勝呂の方見てんなあ、卒業前に告白しはったらええのに」
「んー?いや、かっこええ彼氏やなあ思て」
「……………はぁ!?付き合うてるってことなんか!?なあ!お前らいつの間にええ仲なってたん!?」
「おい、聞こえてんぞ。そうゆうの本人おらへんとこでやりぃや。のりこ、そろそろ帰るで」

私は友人に「後で連絡するね」と言い、教室へ迎えに着てくれた彼と共に学校を出る。

「勝呂くんと両想いになれますように」と言って悪魔に捧げた願い事は、僅か3日で成就されてしまった。
神様よりも聞き届けてくれるのが早いのかもしれない。

せやったら、もう一回、頼んでおくのもええかもしれんなあ。

勝呂くんのこと、「竜士」って呼べますように。

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終わりです。お付き合い、ありがとうございました!
いつかは原作沿いの話をちょこちょこっと入れたいなと思いつつも、一旦これで区切ります。
感想・リクエストありましたらBBSで受け付けますので、どうぞよろしくお願いします。

はあー、中学生カップルかわいい。尊い。

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