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「なんや、のりこちゃんいつも勝呂の方見てんなあ、好きなん?」
「え!?…いや、背高い子だなあと思って」
「まあ、あいつイケメンやしなあ!でもやめとき、あそこん家、『祟り寺』やから」

「おい、聞こえてんぞ。そうゆうの本人おらへんとこでやりぃや」

これが、転入して間もない頃、
いちばん最初の勝呂くんとの会話だった。

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『只今より、1学期終業式をはじめます』

蒸し暑い体育館に全校生徒が集められていた。
明日から夏休みに入る。

中学最後の夏休みは、それぞれ塾や予備校の合宿やらで勉強に励むこととなっている。
私自身も志望校受験のために本腰を入れるところだった。

私は、隣クラスの列に並ぶ勝呂くんをチラッと見た。
彼は出会った頃よりも背丈が伸び、特に目立った部活動もしてないに関わらず、体格はよかった。

2年ほど前、私は父親の転勤でスペインから日本に戻ってきた。
登校初日、背丈の高い彼は目立っており、すぐに目に付いた。
目立つ子だなあ、と思って見続けていると、彼のいろんなことがわかるわけで。
見た目によらず優しいとか、私のことを帰国子女ってだけで好奇の目で見ない、とか。

そして、気がついたら、好きになっていた。

席替えの度、クラス替えの度に彼を目で追う。
体育祭、文化祭でも活躍する彼を見つめる。
委員会では一緒になれますようにと祈りながら立候補した。

そんな片想いを続けて1年ちょっと。
卒業前の、最後の夏休みを迎えようとしていた。
彼はどこの高校に行くんだろう。
近いといいなあ。
制服デートとか…憧れるなあ…

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「進路志望用紙は休み明けに回収する。じゃ、みんな良い休暇を」
「起立!」

終業式もHRも終わり、いよいよ夏休みといったように教室が沸いた。
みんな勉強漬けだろうが、夏休みはこんな時でも心が浮つく。

「のりこちゃんはどこの高校行きはるのー?」

隣の席の志摩くんが屈託のない笑顔で尋ねる。

「京都女子受けるんよ。志摩くん…は?」

もしかして、この流れに乗って勝呂くんの志望校も聞けるのでは?と淡い期待を抱いた。
彼は勝呂くんの幼馴染であり、現在も仲が良く、一緒に登下校しているのを毎日見かけている。

こんな下心を持っていいのかと思いつつ、私はドキドキしながらもどう流れを持っていこうかと考えた。

「京女!?すごいやーん、さすがやねー。俺は東京の正十字学園受けるんよ」
「…へ?東京?なんで!?」

思わず身を乗り出す。
正十字学園と言えば、金持ちが通うことで有名な高校である。
その評判を裏切らず、開催するイベントも学校設備も派手だと聞く。
進学校でもあるまいし、わざわざ東京に行かずとも…

「勝呂くんとか、三輪くん…とかも一緒なん?仲良かったよね?」

三輪くん、だしに使ってごめんねと内心謝る。

「せやせや、三人一緒なんよ」
「…そう、なの」

私は志摩くんに適当に挨拶をして教室を出る。
まさか、進学先が東京だとは!
京都でよくない!?なぜ東京!しかも正十字!

勝呂くんがお金持ちだなんて聞いたことがない!
なのに、なぜ、正十字学園!

気がつけば正門を出て、帰途についていた。
しくった…、夏休み前最後の勝呂くんウォッチを怠るとは。

志摩くんとあのまま話してたら、勝呂くんとも喋れたかも。

私は肩を落として歩を進める。
しかし、明日からは夏期講習。夏休みに入ったとはいえ、学校行けば勝呂くんには会えるのだ。

また明日、かあ。

ふと、鳥居が目に入った。
鳥居の真横には、大きく「縁結び」の文字が書かれた立て看板。
本殿の方にパラパラ参拝客がいるのが見える。

私は意を決して、礼をひとつ、鳥居をくぐった。
卒業する前に、絶対に告白しなければならない…!
たった今、そう覚悟を決めた!

卒業したら離れ離れ。
しかも、彼は東京へ進学。それはつまり、憧れの制服デートができなくなるということなのだ…!

私は神社を目線でぐるりと一周する。
本殿とは別に、祀ってある祠が7つほど目に入った。
全部にお祈りする!縁結んでくれるならば!

私は社務所の方へ行き、五千円札を差し出して「すみません!500円玉に両替してもろてええですか!」と威勢よく言った。
巫女さんは察してくれたのか、嫌な顔一つせずに硬貨に替えてくれた。
さらにその目線はエールを送ってくれているようにも感じられる。

巫女さんの目線に顔が熱くなるのが感じられた。恥ずかしい。
私は心強い応援を胸に、まず、本殿に一礼。
そして次は近くの祠、そしてまた近くの、とお参りを済ませる。

「勝呂くんと両想いになれますように」
「勝呂くんに告白できますように」
「勝呂くんが告白にOKくれますように」
「勝呂くんが私のこと好きになってくれますように」
「勝呂くんと夏祭り行けますように」
「勝呂くんと鴨川デートできますように」
「勝呂くんと卒業前に制服デートできますように」

最後、8つめの祠に来た。
願い事はすべて言ったつもりだが、せっかくなので全部の祠にお願いしたい。
神にでも悪魔にでも縋りたいのが乙女心。
私は500円玉を取り出し、賽銭箱に投げた。

「勝呂くんが私無しじゃいられない、私でいっぱいになりますように」

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「終了!そこまで!」

夏期講習、最初の小テストが終わった。
このテストは初日と中間、最終に行う。それらの成績を元に、傾向と対策を練るのが狙いだ。
この教室には15人ほどの生徒しかいない。
ほとんどの生徒は、塾の夏期講習の方に参加しているため、学校の講習は数える程しか参加していないのだ。

そのため、同じ教室には彼がいる。

私は前方に座る勝呂くんを見つめる。
昨日、神様の御前で宣言してきたのだ。行動を起こすしかない。

この夏期講習も、彼が外部のものは受けないと聞いて申し込んだ。
学校のものだけで間に合うのかと親に問われたが、うちには優秀な姉が3人もいる。
彼女たちが家庭教師となることで、私は親の許可を得た。

この講習で、彼との関係を前進させる!

改めて決意を固めていると、勝呂くんが手を挙げるのが視界に入った。

「先生、すんません、なんや頭痛くて保健室行ってきてええですか」

なん、と…!?
勝呂くんの具合が悪いらしい。どうしよう、変な病気だったらどうしよう!

「なんや勝呂、暑うなってきたから熱中症ちゃうか?…こん中に保健委員おるか?」
「はい、私、です!」

急に呼ばれてビクッとした。
勇気を出して手を挙げると、「ほなたかはしお願いな」と言われた。

思わぬチャンスに顔の温度が上がるのがわかった。
小さく「はい」と返事し、「大丈夫や」と頑なに一人で歩き始める勝呂くんの後を追った。

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「失礼しまーす…誰も、いないね」

保健室の机の上には、「外に出ています」と書かれたメモ書き。
夏季休暇中は部活動が盛んになるため、保健室の先生も出っぱなしになることが多いようだ。

私はベッドが空いてることを確認し、勝呂くんを誘導した。
祈った翌日、さっそくツーショットになれるとは、あの神社の「縁結び」の謳い文句は伊達じゃなかった…!

わたしは少しの感動を覚え、緊張して開かない口を無理やり動かす。

「勝呂くん、横になってて。今、氷準備するから…」
「別にやらんでええ」

彼は頑なに拒むが、黙って準備を進める私に観念したらしく「ありがとう」と一言言うと大人しくベッドに横たわった。

私はコップに水を汲み、彼の枕元に置く。
そして、氷枕を首元に敷いた。

「熱中症かな?脱水症状起こしてへん?」
「多分、大丈夫や」

勝呂くんの目は虚ろで、あまり大丈夫な方には見えない。
このまま彼を一人にしとくわけにも行かないな、と思っていると、ふと、腕が掴まれる感覚がした。

一瞬、勝呂くんに腕を掴まれた。
そう思ってドキッとしたが、目線を下ろすと、私の腕を掴んでいたのは、見たこともない、不思議な生物だった。

「ひぃっ!バケモノ!?」
「なんや!?」

私は勢いよく立ち上がり、自分の手元を振り回す。
私の声に驚いた勝呂くんも慌てて上半身を起こした。

腕にくっついたバケモノは『やめてー!やめてよー!のりこ!』と叫ぶ。
叫ぶバケモノに名前を呼ばれ、腕を振り回すことをやめた。

「えっえっ、な、なに?なんなん?」
「おいたかはし、そいつなんや…」

勝呂くんも私の腕にひっついた生物を驚愕の表情で見つめる。

「悪魔か…?なんで見えるんや…」
「へ?あく、ま…?」

彼はポケットから数珠を取り出し、印を結ぶ。
え!お祓い?とかできるの!?

「たかはし、そこ動かんとき!」
『ちょっと待った!タンマタンマ!あたいキューピッドだよ!悪いことなんかしないよお!』

化物はそう言うと、私の背中にくるっと回り込んで、勝呂くんから遠ざかる。
私は得体の知れないものに盾にされて、動けずにいた。
キューピッド…?確かに白い羽、ぷりっとしたお尻は物語におけるキューピッドの姿そのものである。

「あたいなら、あんたの“それ”の治し方知ってるよお?」
「…!?これはお前の仕業か、なんなんや!」

自称キューピッドは私の後ろからおずおずと出て来ると、勝呂くんの目の前までふよふよと飛んでいく。

「あたいは治し方を教えてあげるってば」と言ったキューピッドは彼をジッと見つめて言葉を続ける。

「息切れ、疲労感、全身の倦怠感、頭重感。今、勝呂竜士を苦しめる症状はのりこが治すことができる」
「え、私…?」

勝呂くんは私をチラッと見て、すぐに視線をキューピッドへと戻した。

「で、どうすればええんや。昨夜から続いて勉強に集中できひん、はよ言えや」
「勝呂竜士、お前はのりこの唾液を飲め」

その瞬間、キューピッドがにやぁと笑った気がした。

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短編ものです。
坊はイケメンだからおまじないの類の一つや二つ、かけられてそう。

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