死んだら全てが終わってしまう訳じゃないわ | ナノ

01

困った事になってしまった。視界に広がる緑豊かな木々を見つめて、私は頭を抱える。近所では滅多に見ることの無いこんな森に来た覚えは無く、なにがどうなっているのか全く理解ができない。
えっと、現在の状況を確認しよう。学校の制服を着用していて、持ち物を見ると通学鞄がある。うん、確かに私は学校から自宅に帰る途中だった筈だ。途中でコンビニに寄って、家の近くの交差点を曲がって...それで、いつの間にかこの森に居た。

いや待って、意味がわからない。どういう事なの。

スマホを開いてマップを起動しようとしても、圏外で開くことは出来なかった。電話もかけられない。ゾッと嫌な予感がした。このまま家に帰れなかったら、私は...?

「ん? 誰だお前?」

突如背後から聞こえた声に私はビクリと跳ねさせて振り返った。声の主は、青に近いボリューミーな黒髪を後頭部の上の方で結い、その上に頭巾の様なものを被るという現代では考えられる装いをしている。
そして彼も、私の制服を不思議そうにじっと見つめて、それから首を傾げる。

「んんん? どこの人だ? 南蛮? あ、私の言葉分かる?」
「あ、日本です。分かります。ええっと、ここは何処ですか?」
「裏裏裏山! 山賊以外の奴が居るなんて珍しいけど、お前は何でここに居るんだ?」

裏裏裏山ってどのあたりにある山だろう。地理にめっぽう弱い私がそんなことわかるわけないけれど、電波が届かないほどだ。相当山奥なのはきっと間違いないだろう。というか、山賊だとか物騒な言葉が聞こえた気がしたけれど、さすがに気のせいだと思いたい。

「何でここに……?うーん、なんででしょう。それがわたしにもわからなくて……今ふと気がついたらここにいたんですけど」
「よくわからんが、まあ細かいことは気にするな!いけいけドンドン!だ!」

そういって今にも走り出そうと足踏みを始めたものだから、焦った私は咄嗟に彼を呼び止めた。こんな山中で放っていかれたらたまったもんじゃない。

「あの!私、右も左もわからなくて。近くに駅か交番とかありますか?よかったら道を教えてもらいたいです」
「えき?こうばん?なんだそれは。この近くには忍術学園しかないぞ」
「忍術……?えっと、じゃあとりあえずそこまでの道のりを教えてもらっていいですか?」
「なんだ、忍術学園に行きたいのか?なら私もちょうど帰るところだ!一緒に行こう!」
「わ!ほんとですか!ありがたいです」

忍術学園……名前からして、外国人観光客向けの講座を開く教室とかだろうか。何はともあれ、人のいる場所まで行けたらさすがにスマホも使えるだろう。彼が直接案内してくれると言うし、道に迷うこともなさそうだ。安心してついていこう……と思った矢先。
不意に掴まれた腕がぐんと勢いよくひっぱられ、遠心力によって一瞬身体がふわと浮いたかと思えば、そのまま彼の背中に乗せられた。

「えっ?!」
「しっかり掴まれ!いけいけドンドーン!!」

そう言うと彼は、私を背負っているにも関わらずぐんぐんとスピードをあげて歩みを進める。途中ででっかい岩や倒れた大木なんかがあったけど、驚いたことに彼は軽く飛び越えていく。何この人、人間じゃないでしょ!と心の中で叫びつつ、私は必死に彼にしがみついた。気分はジェットコースターだ。安全バーもなにも無いからスリル満点だけどね、めっちゃこわい。

「ついたぞ!」

どうやら私がきつく目を閉じていた間についたらしい。気を張っていた心が緩み、安心しながら私がお礼を言うと、彼は「気にするな」と笑顔で忍術学園という看板が掛かった門を叩いた。すると、“事務”と書かれた彼と色違いの服を着た人が、にゅっと出てくる。

「七松小平太くん、おかえり〜。あれ?えっと、後ろの女の子はお知り合い? 取り敢えず入門票にサインくださぁい!」

事務の人に促されるまま、ダイナミックに“七松小平太”と書いてある欄の横に自分の名前を書く。筆なんて小学校の書道以来だったから、少し緊張した。こういう小道具までちゃんと古風なんだなあ、と忍術学園のクオリティに感心していると、事務の人が「ありがとう〜」と入門票を回収する。

「で、誰に用事だ? 学園長先生?」
「あ! そうだ、ちょっと待ってください」

漸く人がいる所までこれたので、現在地を探ろうとスマホを起動させれば、画面に映ったのはアンテナでは無く圏外の二文字。うそでしょ。

「え、ここも電波ないんですか?! スマホが圏外なんですけど...」
「「すまほ??」」

“忍術学園”の設定としてとぼけているのか、それとも本当に知らないのか、なんだそれといった表情で首を傾げる二人を見て、私も戸惑ってしまう。
先程の見慣れない山々、彼らの服装、並の人間とは思えない身体能力、そして忍術学園という存在。まさか私はタイムスリップでもしてしまったのだろうか。いや、そんなはずはない。そんなファンタジー、現実には起こりえない。
そう自分に言い聞かせてみても、今の状況はどう考えてもおかしいことだらけで、不安は募る一方で。

「あは……やだな、冗談やめてくださいよ。私、観光客じゃないですし、そういう設定いいですから……」

そう言って苦し紛れに笑ったが、二人はやはり首を傾げるばかりだ。

「設定〜?一体なんのこと?七松くん、お知り合いでしょ?」
「いや、さっき裏裏裏山で偶然会った!そういえば気がついたらあそこにいたとか言っていたな。もしかして迷子か?」

迷子といえば迷子なのだけど、少し違う気がする。何と言えばいいかわからず答えかねていたら、ふと背後から声が聞こえた。

「小松田さん!」

振り向くとその主は眼鏡をかけた幼い少年で、服は丸と格子の描かれたやはり色違いのものだ。

「乱太郎くん。どうしたの?」
「学園長先生が門のところにいる女の人をお連れするようにと……あ、お姉さんですね」
「えっ私?」

予想外の呼びかけに素っ頓狂な声を出してしまった。というか、その学園長先生と呼ばれる人はどうして私がここにいることを知っているのだろう。そしてどうして呼ばれたのだろう。

「やはり学園長先生に用があったのか。迷子じゃなくてよかったな!」

いや、学園長先生の事は全くもって知らないのだけど...と、私は首を傾げる。しかし、ここで否定しても面倒臭いことになると思ったので、乱太郎という少年に連れられるまま、私は学園長先生の元へ向かった。

「し、失礼します...」

恐る恐る部屋に入ると白髪のおかっぱが特徴的なおじいさんが座布団に座って待っていた。学園長先生は私の姿を一瞥した後、にっこりと笑顔を浮かべる。

「よく来たな。 乱太郎、さがりなさい。」

乱太郎くんは「はーい!」と元気の良い返事を学園長先生に返して、退室していった。初対面の人と静かな部屋に二人きりという状況になんだか緊張していると、学園長先生の向かい側の座布団へ座るように促された。...一応正座で座っておこう。

「さて、名前はなんといったかな」
「あ、苗字名前です」
「ふむ...では名前よ。わしになにか聞きたいことがあるんじゃないかの?」

その言葉に、私はごくりと息を呑む。聞きたいことはあるけど、その問いに対する答えはなんとなく察しがついていた。分かってはいるけど、それを学園長先生の口から聞いてしまうと、もう、きっと認めざるを得ない。

「...、今、この国を統治している人は、誰ですか?」
「足利家の将軍様じゃよ」
「...そ、そう、ですか」

小説さながらのファンタジーは現実に起こった。そんな真実が頭の中を真っ白にして、うまく声は出てくれなかった。
...私は、過去にタイムスリップしたのだ。



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