「さて、どうするかな」


午後6時。たらふくはディナータイムは設けていない。仕込みが追いつかないし、何と言ってもディナータイムを飾るには少々華やかさの足りないメニューばかりだから。そんな私が何故厨房に立っているのかというと、新しいメニューの考案をしようと思い立ったからである。
別に今のままでもいいんだけど煮物系があんまり売れてくれなくて、おかげで最近私の昼ごはん夜ご飯は煮物ばっかりだ。いい加減飽きた。私が。


「どんなのがいいのかなあ」


ロンさんから調達したお料理本をペラペラとめくる。ここのコンセプトは日本の家庭料理の味だ。凝ったものやアッと驚くようなものよりなんていうか、こう……見た目も味も香りも安心して落ち着けるような、家に帰ってきたなあって思えるようなーー。
言うなれば、「お母さんの味」を。(つーかそれぐらいのレベルしか作れないだろとか言ったの誰かな。表出ましょうか)


「寿司一択」
「……ちょっといつの間に入ってきてるんですか?!」
「コーヒーもらうぞぉ」
「えっちょっとあなたもいつの間に!?」


待ってくれどうしてこう簡単にいつもいつも侵入してくるの?!今日はちゃんと鍵閉めてたぞ!と思いながらベルを見れば「あんなん飾りじゃん」といつも使っているものより一回り小さいナイフをヒラヒラさせながらそう言うのだった。すごくいい笑顔で。
ちょっとセキュリティ考えたほうがいいな……これ……。


「お寿司はやっぱりその道に進んだ職人さんが作らないと」
「そんなんどの料理でも言えんじゃね」
「うっいや、……そう、かもしれないけど!」


んなこたぁわかってるけど!そんなこと言ってたら店開けんわ!バカか!おまえはバカか!!(でが○風)
なんて顔したら急に真顔になられて、いつの間にか普通サイズにすり替わっていたナイフをチラつかされた。その脅しは冗談に見えないからやめてほしい。脅しだけど普通に命削られる。
ていうかなにしに来たんだこの人たち。


「スクアーロさんこんな時間にどうしたんですか?」
「何でソッチに聞くわけ?なんかムカついた」
「ひぃっ!」
「……仕事前の腹ごしらえだあ。てことで何か出せ」
「はぁああぁああ?!」


ベルに聞くよりはまともな返しが返ってきそうなスクアーロに質問すれば、なんかムカついたらしくナイフをカウンターにグッサリと刺したベルに本気で恐怖を抱いた。私とこの建物はあの日から一心同体なんだ早く抜いてあげて。
というか仕事前の腹ごしらえとかこっちほんと関係ないし!ルッス姉さんに作ってもらえばいいじゃんか!ねえ!ほんとこいつら自由人だな!私にもその自由をくれ!人権をくれ!!


「そんな急に言われましても何にも用意してないですよ……」


泣きそうになりながら冷蔵庫や棚を開けたり閉めたり。すぐパッと作れてそれでいて腹持ちがよくて……仕事前か。まて仕事前って、これからもしかして本業しにいくの?まって殺しに行く前にここ寄るとかなんかやめてほしいんだけど……!


「つーかもうそろぼち行かなきゃなんねーんだけど」
「うえっ?!」
「あと17分だあ」
「なっなんでほんとにそんな急なんですか!?馬鹿なんですか?!」
「「あ”?」」
「すみませんとうとう口が滑ってしまいまっぎゃ!」


またベルがカウンターにナイフを突き刺した。さっきより深い。てかそんなグサグサ刺してるけどちゃんと抜けるんだろうな!オイ!抜いても傷残るけどな!!
ってそんなこと言ってる場合じゃない、何か出さなければ!私は!きっと!死んじまう!作らなきゃいけない義務なんてないのに、この人たち相手にすると必然的に命に関わるから断ることができないという理不尽な仕組み。
ーーと、ちょうどそこで軽やかなメロディが静かなたらふくに響いた。


「なにこのダサいの」
「ご飯が炊けたんです!あっ」
「あ?」


急に来といてちゃんとしたものが出るなんてそんな甘い蜜を吸わせ続けてはダメだ。だから毎回毎回こうやって蜜を吸いに凶暴なミツバチが来てしまうんだ。塩撒いて追っ払ってくれるわ!!


***


「姉ちゃんいつもの急いでくれるか」
「はーい、今日はちゃんとゆっくり食べられるんですか?」
「ああ、だからミソタマもつけといて」


あの日から知る人ぞ知るたらふくの持ち帰りメニューが出来た。急いでいる人向けの、ほんとに空腹を満たすだけ、みたいなもんだけど。


「シンプルなのに定期的に食べたくなるんだよなあ、オニギリ」


ーーそう、おにぎりだ。具はその日によって違う。使い捨てタッパーにおにぎり2つと適当な前の日余ったおかず、そしてお湯を注げば完成の味噌玉と、別添えに海苔。私海苔がしなしなになるの許せない派だから。
テイクアウト限定で常連さんに教えたら割と好評でよく利用してくれるのだ。私も楽だから嬉しい。


あの日、結局おにぎりの中に入れる具を作ってたら時間がギリギリになっちゃって。移動しながらでも食べられるようにとラップで握ったのを3個ずつ持たせてサヨナラした。巾着とかないしどうやって持ってくのかなって思ったら普通にジャケットの下にしまわれていったおにぎり。ベルはともかくスクアーロまで服の中4次元ポケット説。食べる時潰れてたんじゃないかな……。
見た目はやっぱり貧乏くさいからベルは最初ゲェとか失礼な声をあげていた。うるさいお前が急なのが悪いと(心の中で)言ってやった。

だがしかし驚くなかれ。


「王子今日唐揚げな」
「えっなにがですか」
「持ち帰りのおかず」
「今豚の生姜焼き定食食べたじゃないですか」
「これから任務だから途中で腹減るんだよさっさとしろ」
「ハイすいません」
「あ、スク先輩もいるってさー夜食にすんだって」
「はい毎度あり」
「それなんかじじくせ」
「……」


持ち帰りメニュー、おにぎりを一番利用しているお客さんがベルとスクアーロだったり、するわけだ。世の中何が起こるかわからない。あのベルとスクアーロがおにぎり食べてるって、ほんとに私世の中わからない。世界七不思議の1つになってもおかしくないと割と真面目に思っている。


「……案外庶民舌してるんじゃないんですかね」
「殺すよ」
「ぎゃーーー!地獄耳!すみませんでした!すみません!」



*四季さまありがとうございました!



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