たらふく | ナノ





ああもうこの人たちといると余計なこと考えなくて楽だけど、体力的にもたない。それでも精神的に参ってしまうより寝てれば治るってほうがマシだけど。いやここ燃やされたら精神的にも参る。


「おぉ、嬢ちゃん。俺にコーヒーいれてくれねーか」

「えっ、いや、ちょっと!火、燃えたんじゃ、……ぅえっ?!」


裏庭のドアの前にロマーリオさんが私を待ち構えていたように立っていた。彼は私の腕の中にあったペットボトルを軽々と奪い、有無を言わさず店内に戻らせる。扉の向こうは今だ不穏な単語が飛び交っていてどうにも気は進まなかったけれど、悩んだ末にここはロマーリオさんに従うことにした。
ついてきた私に「悪いな」と一言言い、カウンター席に座ったロマーリオさん。あ、なんかめちゃくちゃ緊張するんだけど。

思えば歳が離れてて、割と思考回路がちゃんとしている(いや別にその他は頭おかしいとかじゃない……けど)大人の人とこうして一対一になるのは暫くなかったかもしれない。な、何を話せばいいんだろう、とりあえずコーヒーいれて、外のこと聞けば当たり障りないよね?


「えっと、その……外、大丈夫、なんですかね?」

「ああ、まあ、アイツらも大人だ。大丈夫だ、放っとけ」

「は、はあ……」


違うんです。私も普通の人たちがあそこにいたら自分がやらなきゃなんて思わないんです。
物理的に裏庭には水が出るものがない。ということは火を止めるには店内の隅っこに置いてある消火器か水道の水を汲みにこなきゃいけない。でも誰一人としてこっちに何かをとりに来るわけでもなく、私に知らせるでもなく。それどころかロマーリオさんを遣わせて私が裏庭に行けないようにした。

ねえ絶対リングの力使うよね?!雨属性って誰がいたっけ……ブルーベルか!それにディーノさんの部下の人達ももしかしたら使える人がいるかもしれない。いや、まあ、消してくれるならいいんだけどさ、そのノリで乱闘とかおっ始めないよね、さすがに。私が心配なのはとりあえずそこだ。ザクロとかちゃんと抑えててよ白蘭、マジで出禁にするからね。


「悪いな、嬢ちゃんには本当に申し訳ないことばっかりだ」

「え、ええっ?!きゅ、急にどうしたんですか?!や、やめてください!頭上げてください!」


外の状況なんて一瞬でどうでもよくなった。ロマーリオさんがカウンターに手をついて頭を下げながら謝ってきたのだ。


「ハハハ!!ジャパニーズではこうやって謝るんだろ?一回やってみたかったんだが外のヤローには絶対やりたくなくてな、嬢ちゃんで試したんだ」

「……っもうーびっくりした……でもそれは滅多にやっちゃいけないんですからね。ここぞって時にすることなんですよ」

「ああ、だから今使った」


なんだ冗談かって思ったのに、ロマーリオさんの最後の真剣な一言でまた頭がハテナになる。この人は一体何を言っているんだろう。出来たコーヒーをロマーリオさんの前に出せば、彼はその黒をぼんやりと見つめながら「あの日、」と一言。

あの日ーー私とロマーリオさんが初めて会ったあの時のこと。それ以外に心当たりはなかった。ああ、それはもう、いいのに。


「俺ももっと早く謝りに来たかったんだが、……合わせる顔がなくてな。情けねえ大人になっちまったもんだ」

「そんな、」

「ボスは思い立ったらすぐ行くんだよ、こういう時は特に。真っ直ぐっつーか……ドジなくせに敵わねえや」


そう言って小さく笑い、ロマーリオさんはまた真面目な顔をした。こんなとき何て言葉をかければ正解なのか、どんな振る舞いをすればこの人のモヤモヤは解消されるんだろうか。
何も言えずにいる自分に歯がゆさを感じながらも、あまりいい言葉は浮かんでこない。気にしてない、もう大丈夫、それを言ってもロマーリオさんは本当に安心するだろうか。


「ボスは許してくれたと言っていたがーー嬢ちゃんぐらいの歳の子にあんなことが身に起こって、そんなにすぐ割り切れるはずがねえんだ」

「……っ、でも、」

「ボスが来るたびに、無理はしてねえか」

「っ!」


ロマーリオさんのその言葉にヒュッと息を吸い込んだ。驚いた。彼と私が会ったのは今日でたった二度目。なのに、ここまで考えてくれていたなんて。ロマーリオさんだって自分が敬愛している人のことをそんなふうに言うのつらいはずなのに。


「……なんていうか……その、うまく言えないんですけど。あの場で一番悪いのは銃を向けていた人だと思うんです。少なくとも私の中ではそうなってるので、ディーノさんもロマーリオさんも私に謝る必要はないです」


それに、と付け足す。


「間違えたことに気づいた瞬間ロマーリオさんは私の盾になってくれました。それでプラスマイナスゼロです」

「でもそれは、」

「条件反射でもなんでも私は嬉しかったです。それで結局私もディーノさんも、ロマーリオさんも誰も怪我しなかった。もうそれでいいじゃないですか。私はそれでいいと思っています。終わりよければ全て良しってやつですよ!」


そう言って笑えばロマーリオさんも困ったように笑った。まだ何かを言いたげにしていたけれど、コーヒーと一緒に飲み込んでくれたみたいだ。
……ああ、でも。ロマーリオさんのことだし、きっと色々な責任を感じていたのかもしれない。もう少しで大事な自分の上司が殺されていたかもしれないということ、私のような一般人を巻き込んでしまったこと。きっとディーノさんにも、この人は。


「……いつも完璧になんて無理です」

「……っ」

「私もたまにやっちゃうんですよね!この前料理で砂糖と塩間違っちゃって!普通ここ間違えないだろってところで間違うときってやっぱ疲れてるときなんですよ。たまには一息ついてくださいね」


休むのも立派な仕事ですから、なんてこんな小娘が何を言ってるんだって笑われそうだけど、ロマーリオさんは小さく何度か頷くとメガネをおいて「ありがとうな」と右手で額を覆った。
これで少しはロマーリオさんの心が軽くなっただろうか、ホッとしたら裏庭の声がまた鮮明に聞こえてくる。先ほどのボヤ騒ぎから銃やら最新の匣兵器に話題が移っている。高くなったスルースキルと演技力で何も聞こえていないフリをした。私は何も知らない何も聞いてない。


「嬢ちゃんも優しいからな、ボスから余計なもんやるって言われてもいらねえって言えないだろ、重ね重ね悪いな」

「えっ、あっいえ、そんな」


いつの間にやらロマーリオさんは普段の調子を取り戻していて、私は意識を裏庭から再び目の前の人に戻す。でもディーノさんが来たのも今日で3回目くらいで、何かをもらったのはあのコーヒーカップぐらい。迷惑なんてないですむしろ感謝しかなくてと言えば、ロマーリオさんは素っ頓狂な声をあげた。


「嘘だろ、ボスのやつもっと来てるはず、」

「えっでもほんと今日で3回目で、」

「ロマーリオ!」


突然割って入ってきたのはロマーリオさんの上司、ディーノさんで。彼はちょっとバツが悪そうに眉を寄せていた。私とロマーリオさんは話が合わないことにお互い顔を見合わせ首を傾げ、同時にディーノさんを見た。


「あーーもう!ロマは先に戻ってろよ!一人だけ抜け駆けしやがって!さっき大変だったんだからな!」

「くっ……わりいわりい、ハハハハ!」

「ったく……あいついつまで笑ってんだよ……」


ロマーリオさんはディーノさんの様子を見て笑い、じゃあ邪魔者は退散するなと裏庭に戻っていった。なに、どういうことなの。よくわからなくて再びディーノさんに視線を送ればスーッと目を逸らされた。
いろいろ気になるけど本人は話したくなさそうだし、ここは聞かないほうがいいのかもしれない。そう判断した私はロマーリオさんが空にしてくれたコーヒーカップを下げて、あ、と思い出す。


「これありがとうございました。ありがたく使わせてもらってます」

「……お、おぅ。そりゃよかった」


ーーん?ていうか、待て。ディーノさんいつから店内に入ってきてたんだろう。
話の内容ちょっと聞いてたって感じで割って入ってきてたよね……ちょっとこの人どこから聞いてたんだろ?!急に私は気まずさMAXでやたらとコーヒーカップを念入りに洗う。別に失礼なこととか変なことは言ってなかったはず……

ーーボスが来るたびに、無理はしてねえか。


「愛理」

「はっはぃいい!」

「……愛理も戻ろうぜ。おまえ全然食ってねーだろ?」

「あっそっ、そうですね!そうします!さー!肉食うぞー!」


あそこ聞かれてたかな、ディーノさんはどう思って聞いてたんだろう。でもほんとに私はこれ以上あの日のことを掘り返すつもりなんてないし二人が悪いなんてちっとも考えたことすらない、だから二人があの日のことを気にする方が正直私は胸が痛いというか。
まあ私が今それを気にしていても仕方ない、ディーノさんが戻ろうと言ってくれたので有難くその誘いにのった。


「なあ、愛理」


裏庭へと続くドアの前。前を歩いていたディーノさんがそこで立ち止まり、自然と私も足を止める。静かに名前を呼ばれドクリと心臓が高鳴り、背中に冷や汗なるものが流れた。
本能的に何か良くないことを言われると思い込んで手をギュッと握る。


「……ありがとうな、いろいろ、全部」

「っ、え、?」

「ロマーリオがメガネとったとこ、久しぶりに見たんだ」


思い浮かべていたセリフとか、雰囲気とかじゃなくて間抜けな声が出た。それにディーノさんは小さく笑うとこちらを向いて私の頭をわしゃわしゃと撫でた、というよりかき混ぜた。それはもう犬にするような手つきで。


「ぎゃーーもうなんですかちょっと!長い長い!髪の毛グチャグチャになりますって!」

「ぶっ、マジでボサボサ!」

「ディーノさんのせいですからね!?」

「ああ、そうだな!」

「張り切って返事するとこじゃないですから!」


全く急になんなんだと視界の妨げになる髪を避けていたら、ディーノさんも笑いながら手伝ってくれた。
その手の仕草があまりにも優しくて、今気づいたけど結構距離も近い。うわーなんかドキドキするなとか考えながらチラリとディーノさんのことを見れば、優しく目を細めたイケメンがそこにいた。……ああこれがまさしくイケメンだけが許される行為。ロンさんにされたらたぶん叩くだろうな、いやロンさんもすごい綺麗な顔してるんだけどね一応。あの人って何か残念だ。

って、そうそう!ロンさんにティラミス!


「あっディーノさん先に戻っといてください!私ちょっと……って、うわあっ?!」

「愛理のためにとってた肉は?」

「いや、あのディーノさん、私、」


この人も割と人の話聞かないね?!ロンさんのティラミスとってこようとしただけなのに、手首掴まれて無理矢理裏庭に戻された。……まあでも、そうか。こんな人がいる前で包装されたティラミス渡そうものなら白蘭あたりが変なこと言いそうだ。そしてペラペラいろんな人に話しそうだ。ここは流れに身を任せよう。私の分のお肉とっておいてくれたみたいだし!さすが優しさカンスト王子ディーノさん!


「もうないに決まってんだろ」

「おねえちゃんのお肉ザクロが食べた!ブルーベルはとめたもん!」

「バーロー!肉は焼きたてが美味いんだ!」

「ったく、じゃあ今から……」

「ボス、肉自体もうねえよ」

「なっ!お前ら何やってんだよ……!」

「マシュマロならまだまだあるよ♪」

「わ、わりぃ……愛理……」


しゅんと悲しそうな顔をするディーノさんに、大丈夫です予想の範囲内ですからと苦笑いを向ける。ほんと期待を裏切らないねこいつらはァ!!
というかバーベキューもどこかお開きモード漂ってたし、食材がなくなったかそれとも仕事が入ったか、はたまたどちらもか。それくらいの空気は読んでいた。さてじゃあ片付けでも始めようかな。やっぱり白蘭来てくれてよかった。マシュマロだいぶ減ってる。よく太んないなあこの人。


「……ボス。動き出したみたいだ」

「なっ……でも今すぐには……」

「あっ大丈夫ですよ!片付けときますし!ロンさんもいますから」

「いやでもこいつ寝ちまって」

「たたき起こせば済むことです!ほらロンさん起きてください!」


何だか良くない知らせが入ったらしい。片付けずに帰ることに後ろめたさがあるディーノさんやロマーリオさんは、それでも今すぐに行かなければならないってぐらい深刻な顔をしていた。恐ろしいからどうしたんですかとかは絶対に間違っても聞かない。巻き込まれでもしたら本当の本当にジエンドだ。この町の治安を守ってくれるなら片付けなんてお安い御用だ、だからさっさと行って下さいと心の中で土下座する。まだ死ねない、まだ死ねない!
そんな思いをそっと奥に隠して、大丈夫ですからともう一度言えば申し訳なさそうな顔をするディーノさん。私はこの人にこんな顔ばっかりさせてるなあ。さあ行ってくださいとまた促せば、彼は力なく笑い、悪りぃまた来ると言って出て行った。


「たらチャン、悪いんだけど僕らも急に用事が入ってさ」

「あ、そうなんですか」


ディーノさんほど焦ってなかったけど、このタイミングで白蘭も仕事……もしかしたら同じ案件?なのかな。話しながら片付けをしてくれているミルフィオーレ御一行に後はやっておきますと言えば白蘭はニコリと笑った。
なんだか嫌な笑顔だなこれ。笑っているけど目はどこか私の中を探っているような。


「そ、そういえば白蘭さんはマシュマロ禁止令1週間ですからね」

「じゃあ毎日ここの日替わりデザート食べに」

「……っていう冗談を言ってみただけです」

「アハハ!ほんとたらチャン面白いね」


かんっぜんにおちょくられている。こっちは全然面白くないし白蘭お前いつかストレートサラサラヘアーにしてやる…!ってそんなことしたらスクアーロと見分けつかなくなりそう。なんかそれはやだな。じゃああえての黒髪とか?……それもなんか威圧感増してやだな。
うわ、白蘭案外手強い。


「ゴミはまとめておいたよ」

「あっ、ありがとう、ございます」

「……ん、じゃあね。みんな行こうか」


最後にまたにっこり笑うと白蘭はみんなを引き連れて帰って行った。ザクロがうまかったぜまたなって言ってくれて喜んではいけないけど悪い気はしなくて。桔梗さんも軽く会釈してくれた。桔梗さん単体でまた来てほしいと思うのも、間違ってるんだろうな。

みんなが帰ったあとロンさんの寝息だけが響いてて、これがここの在るべき姿なんだと思ったら苦笑してしまった。あれだけ関わってはいけないと決めていたはずなのに、集まるのはキャラばっかり。どうしてこう上手くいかないんだ。
と、そこでふと気づいた。

何か忘れている気がするーー


「ぎゃああああ!!ぶっブルーベル?!帰んなかったの?!びっっっくりした!!」


ふと目の前を見ればブルーベルが私の顔をじぃっと見ていた。この子も幹部だよね?こんな小さくて可愛いけど幹部だよね?行かなくていいの?いやそんなわけがあるはずない。けどそんなのはこの子が一番よく分かっているはず、とりあえず理由を聞いてみれば聞かなければよかったと後悔した。


「……ブルーベルに、ブルーベルにお菓子作り教えてほしいの!」


こんなの断れるわけないじゃないか。

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