たらふく | ナノ





ほうきが勝手に倒れた。お皿を割りそうになった(割ってないんかいっていうツッコミいりませんから)。
だいたいこういうときは良くないことが起こる。そう、私も家具たちも本能で感じ取って怯えているのだ。こちらに近づく、二度めの恐怖を。


「いらっ……」


しゃいませが出てこなかった。いらっしゃい、っていう気持ちが1ミリも湧かなかったってのもあるけど、恐ろしさで喉の奥がつっかえたのだ。ケホッとひとつふたつ咳をしたけど私の目は動かなかった。私今何見てる?えっこれ幻覚なのかな。それともそっくりさん?

なんでかな。ザンザスが見える。


「…………」


目を合わせること数秒、いやほんとに一瞬だったかもしれない。動揺しまくる私を鼻で笑うでもなくその赤い瞳で威圧するでもなく、ただ静かにカウンター席に座ったザンザスは「前の」と一言。
前の?前野?私のこと前野さんだと思ってるの?どこ情報それ。いやこのザンザスが人の名前を呼ぶなんて、ましてやこんな定食屋の小娘の。ーーあっ、前食べたカツ丼のこと?理解力遅いとかわかってますからそこ黙って下さい。

カツ丼……。

わかっている。この前私が生き延びたのも、今私が瞬殺されていないのも、『カツ丼』という手札で執行猶予がついているだけなのだということを。しかしその手札はメニューにないのだ。メニューに!ないのだ!材料はあるが下準備してるわけないし、つい先程来られた2名組の中年親父様がオムライスを頼まれた。
客商売なんだからオーダー順に作るのは当たり前だし、メニューにないものを頼まれたらそこは断るべきなんだろう。余裕があるならお客様の要望を聞けばいいがあいにく私に余裕はない。だがしかし。明らかに店内とはミスマッチの全身黒ずくめの大男の後ろ姿を控えめにチラ見する。めちゃくちゃ控えめに。

断るものなら私はここで果ててしまう!

常識でこの人たちを相手に物事を判断してはいけない。天秤にかければどちらに傾いたかなんて子供でも安易に想像できる。作るよ!作りますよ!
……それでも、やっぱり、この人を優先させるのは間違っている。気がする。日本人のホスピタリティを侮ってもらっては困るのだ。


「あ、あの……」
「……」
「ぐっ……」


恐る恐る話しかけると、ぎょろりと赤い瞳が私を貫く。とてもこわい。本当にこわい。こわくてこわくて逆に目が反らせなくて、でもなんだかこうして見るとやっぱりちょっと綺麗だなあなんて。いやアホか。そんなこと思ってる場合かバカタレ。
ていうかこれは!私!悪くないし!ちゃんとはっきり言えばいいんじゃないだろうか。ウジウジしてるほうがなんだてめえカッ消すってなりそう。よっしゃ男気見せてやんよ。伊達に1人で店立ってないんだからな!


「先にあちらのお客様のオーダーを済ませるのと、前のカツ丼はその……メニューにはなくて、ちょっと時間かかっちゃうんですけど」
「うるせえ俺を誰だと思ってる」
「ヒッアッすみませ」
「そのくらい見りゃわかる。俺の気が変わらねえうちにとっととやれ」
「あっえっはっはいっ……」


なんだろう、予想していた展開と少し違う。いやこれがとても理想的なんだけど……。内心変な感じがしたけどとりあえずオムライスに取り掛かる。チラッとザンザスを盗み見ればいつの間にやら彼は寝ていた。寝付くの早っ!
ああでも寝てくれてよかった。作ってるの見られるとかどんな拷問だよ。……とまあ目の前の人はさておき、さあさあつくりましょう小川愛理のお料理教室始まり始まり〜!皆さんこういうときぐらい拍手しましょうね。
ケチャップライス作って卵割って、ああオムライスって簡単ですよね。ここで初めて作ったのもオムライスでした。あれから結構料理出来るようになったんだな私。最初はどの料理にどの調味料が基本なのかとか全くわかんなかったなあ。
はい、出来上がり。手際の良さ半端ないし卵もうまいこと半熟でめちゃくちゃおいしそうに出来た!最近はこんな感じで自画自賛が止まらない。だってあれ、褒めてくれる人いないし。それでもこうして続けられてるのは生きるためとかそんな理由だけじゃなくてたぶんきっと料理が好きなんだと思う。将来の夢はパティシエだったけれど、私元の世界帰ってもこんな仕事つこうかなーー


「ーーっ、なっ、なんでしょう?!アッ、お茶!出てませんでしたね!すみません!」


パッと前を向けばザンザスがこちらを見ていた。寝てたんじゃないの!?頼むから静かに寝て静かに起きるのやめて!心臓に悪い!漫画ではグガーッとかいいながら寝てなかったっけ?!
あわてて緑茶を入れてザンザスの前に置いてからおいしそうに出来た自信作のオムライスをお客さんに持っていく。
ボーッとしてるように見えたかもしれない。あぶないあぶない、自画自賛でオムライスに見惚れるのもいいけどあの人が帰るまでは安心出来ないのだ。さっさとカツ丼胃袋に詰め込んで帰ってもらわなきゃ!


***


「大変長らくお待たせしてしまい申し訳ありませんでした!!」


メニューにないもの頼む方が悪いけどな!私絶対謝らなくていいけどな!心の中だけは態度でっかく、それこそザンザスを見下ろすような気分で悪態ついてやった。それを見透かしたようにギョロリとこちらに向いた赤い瞳のおかげで心の中の自由すら奪われた私の人権とは一体。
もういいよなんでもいいよお金も払わなくていいから、暴れないで帰ってくれ……。半泣きになりながらひっちゃかめっちゃかになってしまった作業台をのそりのそりと片していく。慌てて作ってしまってあんまり記憶ないんだけど味付け大丈夫かな……。
ザンザスに料理を出すってだけで半端ない緊張なんだよ……毎日ルッスーリア偉いなあ。ーーあの人市場で会って以来だな、元気だろうか。


「Cattivo!Troia〜」
「Che palle. Che cazzo vuoi」


ふいに聞こえて来たイタリア語。中年親父様がこちらを見てニヤニヤしながら何かを言っている。
なにを言っているかはわからないが、私だって心を持った人間だ。言い方や仕草でだいたいどんなことを言っているかは安易に想像できる。たまにいるのだ、ああやって小娘が作ったものにケチをつける見かけ大人の捻くれた子どもが。いちいち気にしてはいられないし、そもそも気にする必要なんてないけど私もまだまだ16歳だ。思春期をやっと乗り越えたばかりの、弱っちょろい女子なんだ。集団でトイレにだっていくし、かわいいね似合ってるねってお世辞言ったりするような。


「……」


きっとザンザスにも聞こえている。週一ぐらいの頻度で来てくれて、いつも窓際に座る優しそうなマダムにもきっと、人を蔑み嘲笑うような下品な声は聞こえている。
私だけならよかった。私だけなら悔しい思いを我慢するだけでよかった。悔しい、だけなら唇を静かに噛むだけで済んだだろうに。悔しいに恥ずかしいも居た堪れないも申し訳なさも苛立ちも混ぜ込まれてそれが水となって目から溢れ出しそうなのだ。いかんいかん、ザンザスの前で涙を見せてみろ。うぜえカッ消すってなってしまう、かもしれない。引っこめろ、引っこめろ、なんて思えば思うほど視界が滲んでくる。

お皿を片付けるふりをして、後ろの棚へと体を向けることが精一杯だ。


ああ、もうなんてかっこの悪いーー



ーーガシャンッ!!!



「……え…」


お皿が悲鳴をあげた。とっさに振り向けば先ほどまでそこにいた大男がいない。もしやと思って中年親父様のテーブルへ視線をやれば、案の定そこにいた。背中を向けていて顔は見えないけどその辺りだけ空気が凍りついている。そして中年親父様の顔が恐怖でガチガチに固まっているのが見えた。
何が何だかわからなくて、あてもなく店内をキョロキョロ。マダムと目があったけれど、マダムはふんわりと微笑むだけだった。えっ?大丈夫なの?放っといて大丈夫なの?ザンザスは『やあ一緒に飯を食おう』みたいなノリであそこにいるの?お皿割れそうな音してたけど。

そんな悠長なことを考えているうちに事態はやはり最悪な展開を見せる。


「……グダグダうるせえ。カッ消えろ」


静かにその言葉が紡ぎだされ、次に聞こえて来たのはあれだった。主人の許しが出るまでの間、手の上でハンパないエネルギーが圧縮されているような、あの音だ。
コオオ…と神々しい光がゆらめく。待て待て待て待て!この店潰す気か!どうして!なんで!さっきの悪口は私に対してのもので、ザンザスに向けたものじゃない、なんてわかりきってるはずだよね?!うるさいからムカついた?とか?!そんなことでここで人殺ししてもらっては困る!店が潰れる!(それの方が困る)
動き出したのはほぼ無意識に。この世界に居場所なんてはじめからないのはわかってる。けどーー使い込んだ厨房というには大げさな、こじんまりしたキッチン。天井が低くて一般家庭に産まれた私には安心する二階のちょっとせまい部屋。辛い時も嬉しい時も楽しい時もここがなきゃ全部なかった。今はここが、たらふくが、なくちゃ。


こわいこわいこわい当たったらどうしようーーおい間違ってもこの幼気な女の子に当てるんじゃねえぞ!ーーなんて思いながら顔面蒼白の私が急に自分の腕を掴んできたザンザスの顔といったら。つまんないね真顔なんだよこれが。少しぐらい驚いてよ!命振り絞ったんだよ、勇気じゃなくていのちを!


「邪魔だカス」
「やめてください!!何しようとしてるんですか!!」
「てめえに指図される覚えはねえ」
「ぎゃっ」


思いっきり振り払われてもともとあったものすごい恐怖と力の差で思わずしりもちをつき可愛くない声が出る。ああ私がいくら頑張ったって所詮こんなもんだ。

所詮ーーーー私はこんなものなのだ。


「やめろって言ってるのが聞こえないのかガキ!!!」


これまたいのちを振り絞って言った捨て台詞すらこの人は真顔で聞くのだ。やめてほしい。私が恥ずかしい。でももう私にも出来てしまったのだ。この世界にきて、はじめて、これだけは譲れないと思えるものに。


「この人たちが下品でくだらないこと言ってあなたの食事の時間を不快にさせたのはもしかしたら、……万が一にも、いや億が一……それくらいの確率で死に値することだったとしても!

この店の一番上は、責任者は私です!!私のお客様や建物に傷が入るようなことは私が許さない!」

「ハッ、俺がすることにカスごときの許可がいるっていうのか?……笑わせんじゃねえ」


心底馬鹿にするような眼差しを私に一瞬だけ向けて、彼はまた掌に光を宿す。譲れないけどどうしようもないことなんて世の中にたくさんある。今のこの状況だって、私がここにいる意味だって。私の力では、どうにも出来ないことが多すぎて。それでも、この世界に来てからは出来る限り抗ってもがいて生きてきたつもりだ。精一杯頑張ったんだと胸を張って言えるぐらいには。
その小さな自信が、私にとっては初めて持つことが出来た、自ら掴み取ったものだからここで吹っ飛ばされてだってこの人を止めてやろうと馬鹿なことを考えてしまった。ここで止めなくて店が壊れても、私が吹っ飛ばされても結果は変わらない。どっちにしても店は開けられなくなってしまうのだ。


「ーーっ」


……と、かっこつけて考えてみたけどやっぱり怖いものは怖いよ!ねえ!私何にも悪いことしてないのに!どうしていつも!こんな目に!ああああもう!!!!
半ばヤケクソで再びザンザスの手首を掴み、気をつけてはいたけど思い切って掴んだ反動でジュッと人差し指が熱くなった。それすらも今の私はどうでもよくて怖さに目をつぶって思いの丈をとにかく早口で叫んだ。


「私もこの前あなたのやり方に口出ししてすいませんでした!!でももう何も言いませんし関わりませんしもしもあなたのフィールドにお邪魔することがあったらあなたの言うことを何でも聞きます!!だからあなたもここの店では!私のやり方に口出さないで従ってください!!!!」


しぃんとなる店内で時計の針だけがコチコチと空気を読まずに音を立てる。怖くて目が開けられないけどザンザスの手からだんだんと力が抜けていくのがわかって、片方ずつゆっくり目を開けた。事の発端の中年親父様はびっくりした顔で固まっていて、ザンザスは舌打ちしたあと完全に手をおろした。それに比例して私の身体中の力も抜けていき、へたりとその場に座り込む。


「……次はねぇ」


ドスの効いた声で最後にそれだけ聞こえたあと、中年親父様は椅子から転げ落ちるように走って店から飛び出した。


「あ……あの……あ、」


急に罪悪感が剥き出しになる。私があの2人に嫌味を言われて泣きそうになっていたのは本当で。どういう意味でかはわからないけど結果的にあの2人を懲らしめるという形になった今、心がスカッとした半面、そうしてくれた人に私は何を言った……。
いやでも止めていなければ店は壊れていたし!殺人なんてされてみろ、壊れてなくても風評被害でお客さんは来なくなる。間違ったことはしていない、と断言出来るはずなのにザンザスにかける言葉が出て来なかった。(単に怖いせいもある)そうこうしているうちにザンザスは中年親父様が開けっ放しにしていた扉から静かに出て行ってしまった。

た、助かった。助かった、けど……。

呆然としてザンザスの手首を掴んだ手を見る。人差し指、火傷してる。本当に喧嘩っ早いというかなんというかそりゃ不快だったかもしれないけど料理の善し悪しに関してだから思うことは人それぞれ、仕方ないことっちゃ仕方のないこと。まああの中年親父は完全に私に嫌味言ってやろうっていう捻くれた心から言ったのかもしれないけどーー


「え、」


スッと視界に割り込んできたのはちょっとシワが多いマダムの手だった。この人はお勘定をいつもテーブルの上に置いていつのまにか帰ってしまうからあまり関わったことはない。それでも優しそうな人だと、表情や仕草から読み取れていた。グラッツェ、最初の頃よりはマシな発音で感謝の言葉を口にし、ありがたくマダムの手を取る。
もう今日は店閉めるか。


「いつも一人で大変なのに、こんなおばあさんにも気遣いありがとう」
「えっ?!いや、それは全然、ていうか日本語、わかるんですか……?」
「ええ、まあ少しだけ」


ひさしぶりに聞いた日本語のありがとうにめちゃくちゃ、心底驚いたあと、胸の辺りがじんわりとあったかくなった。
さっきの死の緊張から一変してマダムの手の温度や微笑みにまた力が抜けそうになったのをグッとこらえる。今日は頭の中が忙しい。


「あんまり気にしてはだめよ。ここの店はおいしくてどこか安心するって評判だから自信持って」
「……はい、」
「私もさっきの親父たちには頭にきてあの男の子がいかなかったら私が一泡吹かせてやろうと思ったわ」


言いながらおちゃめな顔してウィンクしたマダムに絶対この人私と同じくらいのときモテたんだろうなと思った。本当にこれが可愛いのだ。きっと今も引く手数多だろうな。……まあ、結婚指輪してらっしゃるけど。
どうでもいいけどあのザンザスが男の子と言われているのがとても面白かった。あれだけ偉そうにふんぞりかえって一瞬で人を吹き飛ばせる力があるけどこの年代の人から見ればまだまだ子どもなんだ。ふふん、いい気味。

ーーなんて、思ったのはほんの少しだけ。


「あれは本当に失礼だったわ。詳しくは教えないけど、女性に対して言ってはいけないことを口にしていたのよ。それもあなたみたいな若い子に」
「え……」
「あの男の子もその言葉を聞いて怒ったんじゃないかしら、タイミングといい、きっとそうよ」


そんなはず、ないですよ、なんて苦笑いしながら一応否定してみたけど、心にグサッとくるものがあってあの人が出て行ったドアをチラチラ見てしまう。追い討ちをかけるように「そうそう、あの男の子、最後の一口を名残惜しそうに食べていたわ。見かけによらず優しい子ねえ」なんて言うからそれがマダムの美化された記憶だとしてもやっぱり言わなきゃいけないと思った。ありがとうごめんなさい、マダムにそう言うといってらっしゃいと返ってくる。このマダムに敵う人なんていないんじゃないだろうか、そう思いながら最後に軽く頷き私は勢いよくたらふくを飛び出した。


もしかしたらもうその辺にはいないかもしれない。というかその確率の方が高い。それでも足は止まらなくていつもは通らない裏道や普段なら迂回しているいかにも怪しい店が立ち並ぶ通りを無我夢中で走った。


「歩くの早すぎあのボス猿っ……」
「てめえ誰のことを言ってやがる」
「ぎゃああああああああ」


お約束、お約束だ!こんな絵に描いたような再会の仕方があるか!!振り向けば探していた人がいて会えてよかったのに今すぐ立ち去りたいくらい空気が悪い。

…………でもなんか違う。いつもと違う空気ーー。


何かに勘付いて目だけを動かして辺りを見れば私は町の人に教えてもらっていた危険区域の危険区域みたいなところまで来てしまっていたらしい。薄暗くて、息がしにくい。歩いている人はだいたい顔を隠しているか、こちらを好奇の目でみている。狩れる獲物かどうかを見定めていて、いまにも飛び出してきそうな、まるで食事を控えたライオンのような瞳をしていた。
やっ……ばい。意識したら最後、足がブルブル震えてきてフラッシュバックするのはこの世界に来てしまったあの日のこと。実際には当たらなかった銃弾が自分の頭を貫く、なんて嫌なところまで想像した。

ちょうど、そこで。バサッと音がしたかと思うと視界が暗闇に包まれる。パニックになりそうにもがこうとすれば、低い声がとても近くで聞こえた。


「騒ぐんじゃねえぞ」


それは紛れもなくザンザスの声で、私の視界を覆ったのは彼が羽織っていた大きなジャケット。それに包まれたかと思うと頭というか身体が反転?した。担がれている。

担がれている?!?!


思わず驚きの声を出しそうになったけれど先ほど言われた一言を冷静に思い出し、何か声を出せば捨てられてしまうと、それだけは勘弁してほしいと、私は目を瞑ってもうなにも考えないことにした。



***



小さな広場。たらふくへも歩いて二、三分で着くところまでザンザスは私を担いで来てくれた。(降ろされるときはそりゃあもう雑な扱いでした)


「あ、ありがとうございました……いろいろ……その……」


言いたいことなんて山ほどあったはずなのに今日1日でいろいろありすぎてまだ頭の整理がつかない。でも早く言わなければ彼はまたさっさと行ってしまう。


「あの」
「てめえ何であんなとこにいた」
「えっ……えっと、」


射抜くような瞳があの日のディーノさんと重なった。なんか絶対誤解されてる気がする。いやまてあんだけ私びびってたのに何をどうすれば誤解できるの。
それに私はこの人たちみたいに裏で暗躍出来るほど、強い信念も仲間も力も何にも持っていない。わかってるくせに、やっぱこういうことに関してはこの人も慎重に生きてんのかな、なんて思ったらなんだかおかしくなって顔の筋肉がやっと緩んだ。


「なんでって、あなたを探してました。お店ではあんなふうに怒鳴ってしまったんですけど、でも、単純によく考えたら嬉しくなったので。ありがとうって言わなきゃ気が済まなかったんです。ありがとうございました!あっついでに先ほども助けてくださってありがとうございました!」


頭を下げてそう言えば、何かが清算されたような、清々しい気分になった。怖がってばかりいたあの時より進んでいると思えたのかもしれない。
頭を上げれば彼は相変わらず無表情で高いところから私を見下ろすだけだったーーと、そのまま平和に幕を下ろすかと思いきや。


「俺がしてやったことを忘れんじゃねえぞ。あと、てめえが言った言葉もな」


レヴィか誰かが原作でボスの笑顔はレアだと言っていたような覚えがある。今それを私がみてしまったのは幸か不幸か。
そんなん今の私にはわからないけど、少なくともハッピーな予感だけはしなかったと胸を張って言える。



『もしもあなたのフィールドにお邪魔することがあったらあなたの言うことを何でも聞きます!!』



ーーいや違うよね、ここの事じゃないよね。というかそれ以前にあっちのフィールドにお邪魔することなんて絶対ないだろうし、あってはならないことだ。
反応に困って苦笑いした私を一瞥し、一瞬で姿を消したあの大男に本当にもう来ないでくださいと淡いオレンジ色に染まった空に強く願った。


「って、ええ?!まってまってこれ!ジャケットォォォ!!!!」


手元に残ったジャケットが、また何かあると私に予言する。その予言が現実になる日はそう遠くないことだった。


20170524

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