青い鳥 1


「まーた目覚まし止めてるし……」
 二段ベッドの下段。右腕だけが出ている状態でこんもりと盛り上がった布団を見て、俺は溜め息を吐いた。
 毎朝毎朝、この寝起きの悪い弟を起こすのは、俺の役目。
「翼、朝だってば翼。翼」
 名前を呼びながら、布団の上からゆさゆさと体を揺さぶる。
 布団の隙間から「うー」とか「むー」とかくぐもった声は聞こえてくるけれど、一向に起きる気配がない。
「翼! 翼ってば!」
 少し大きな声を出し、無理矢理布団を剥ぎ取り、そしてダメ押し。
「翼! 早く起きないと、翼の分の味噌汁なくなるぞっ!」
「………」
 塊は無言で起き上がると、その長い腕を俺の方へと伸ばし、俺の首をがっちりホールドして、再び布団に倒れこんだ。
「ちょ……こら翼っ! 苦しい! 苦しいって!」
「んあ……? ああ、のん兄……おはよー……」
「うん、翼おはよ……ってそうじゃなくて! 手離せよっ! 寝るなコラッ!」
 朝からかなりの重労働。それでも何とか翼を起こして引きずるように階下へ降りる。ダイニングにはすでにワイシャツに着替えた兄貴がいた。
「あ、兄貴起きてたんだ」
「ああ、望おはよう。今朝はハムエッグ?」
「そ。簡単でごめんね。ホラ翼、しゃきっとしろよー」
 片腕で自分よりも図体のでかい弟を支え、なんとか椅子に座らせる。
 そこへ下の弟がパジャマのまま姿を現した。
「のん兄おっはよー」
「おはよう颯」
 朝からテンションの高い颯に挨拶を返す。すると、兄貴が社会人には似合わない膨れ面で俺を見た。
「望、俺にはおはようの挨拶、なかったぞ」
「……そうだっけ?」
「そうだよ。俺は言ったのに、望は返してくれなかった」
「あー……、ごめんごめん」
 だって寝起きの悪い翼を抱えて、それどころじゃなかったから。
  ったく、なんで兄貴のクセに挨拶ひとつで弟と、しかも一番下の弟と張り合うんだろう。社会人にもなって、そういう大人気ないことはやめてほしい。
 でもここで俺が挨拶を返さないと、しつこく催促されることは目に見えているから。
「……兄貴、おはよう」
 ちゃんと言ってやれば、兄貴は満足そうに笑って席に着いた。
 これでようやく、我が土岐家の兄弟が揃った。





 母が亡くなったのは、俺が小学校を卒業してすぐ、青空に桜が映える、よく晴れた春の日だった。
 男だらけのむさ苦しい家の中で、ただひとり、可愛らしく可憐な存在だった母。そんな母を失ったことはもちろん悲しかったけれど、それ以上に俺たち家族は、男五人でのこれからの生活を思い、途方に暮れていた。
 もちろん、最初は父親が頑張った。しかし仕事を持つ父親には時間的制約がありすぎ、かつ、父親はあまりにも不器用すぎた。
 父親がダメなら長男が。ダメなら次男が。
 年功序列に試してみて、結局、時間的にも余裕があり、遺伝的にもどうやら母の血を一番受け継いでいたらしい俺がすべての家事を引き受ける形に落ち着いて、今に至る。
「望は本当、母さんに似てきたよな」
「嬉しくねぇよソレ」
 そうは言うものの、兄貴の言うことは事実だった。


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