PUZZLE 1


 独特の浮遊感と、少しずつ上がっていく高度。眼下に広がる白銀の世界を前に、カズヤは感嘆の声を上げた。
「うわ〜、すっげぇ〜! 本当、みっちゃんが彼女に振られてくれてラッキー」
 ニッと歯を見せ笑うカズヤを、道弘は苦々しい思いで見つめる。
「……振られたんじゃねぇよ。こっちから振ってやったんだよあんな女」
「まあまあ、そんなんどっちでもいいじゃん」
 からかいの笑みを顔から消さないまま、カズヤは左隣に座る道弘の肩に腕を回した。
 本来なら、道弘はこのスキー場へ、付き合っていた彼女と来るつもりだった。
 それまでせっせと溜め込んだバイト代をはたいてボードとウエアを新調し、ホテルの予約も済ませたところで、彼女が自分とまったく同じ日程で、他の男とも約束していたことが発覚。
 結局、本気だったのは自分だけ。彼女にとって道弘は、遊び相手に過ぎなかったのだ。
 傷心のまま、予約をキャンセルしようとしていたところに、たまたま従兄弟であるカズヤが現れ、あれよあれよと言う間に、なぜか彼女と行くはずだったこの場所へ、カズヤと来ることになってしまった。
 道弘のほうがカズヤよりもひとつ年上なのだが、どういうわけか、いつもいつも、年下であるカズヤのペースにはまってしまう。
 道弘は、鬱陶しげにカズヤの腕を払いのけると、ひとつの年齢差を強調するように、わざと年上風を吹かせてカズヤを注意した。
「お前、落ち着きのない子供みたいだな。あんまりリフトの上で動いてると、落ちるぞ」
「いいよ〜、そしたらみっちゃんも道連れ〜」
 悪びれることもなくカズヤはそう答え、今度は道弘の右腕に、恋人同士がそうするように自分の左腕を巻きつけた。
「やめろって」
「やだねー」
 道弘が嫌がってそれを振り解こうとすると、離すまいとさらにギュッとしがみついてくる。リフトの上で、しばらくふざけたやりとりを続けていた二人だったが、不意にカズヤが顔を傾け、道弘の顔を覗き込んできた。
「――みっちゃん、もしかして……泣いた?」
 目元を探るようにじっと見つめられ、道弘は一瞬ドキッとする。
 至近距離で見るカズヤの顔。軽口の言葉とは裏腹に、その奥に心配の色を宿した瞳。雪に反射した冬の日差しがカズヤの顔を明るく照らす中、意外と長い睫毛が頬骨に影を落とし、つくられた陰影が、カズヤの顔をいつもと違って見せていた。
 ドキドキしてしまった自分に戸惑い、道弘はとっさにカズヤから顔を背けた。
「バカ、泣くかよ」
「ホントかな〜?」
 再びケラケラと笑い出すカズヤに少し呆れながら、道弘は、今度は意識的に、徐々に近づく空へと目を向ける。
 カズヤもそれ以上からかうつもりはないのか、ようやく前に向き直り、そして、真面目な声色で、ぽつり、と言葉を零した。


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