愛なんて、ない、なんて 5


「圭太」
 気づいているのか、いないのか。
 ひどく優しい声で芳男が俺を呼ぶ。
 何度もやめようと思った。それなのに言い出せなかった。
 わかっている、その理由。
 それは俺が芳男を―――好きだから。

「んっ、芳男っ、んはっ、はぁっ」
「圭太、俺もうイくから」
「んっ、あぁんっ、んんっ、あっ、俺、も……!」
 勢いもなく、だらだらと零れ落ちる精液。同時に締め上げてしまった後ろに、芳男が小さく呻きながら白濁を注ぎ込む。
 どくんどくんと流れ込んでくる生暖かい体液。
 今なら、言えそうな気がした。
 今日のこの行為を最後にできるなら、きっといつかいい思い出にできる。そんな気がして口を開こうとするその前に、芳男が俺をぎゅうっと抱きしめてきた。
 より俺を驚かせたのは、その行動よりも、その後に続く芳男の言葉だった。
「なあ、もう面倒くさいから一緒に住もうぜ」
「――は?」
 耳に届いた言葉に、思考がついていかない。
 困惑する俺をよそに、芳男は一人勝手に会話を進める。
「なんか嫌なんだよなー。ヤったらお前、いつもさっさと帰るし、なんか嫌じゃん、そういうの」
「……だからって、何で一緒に?」
「別に今時珍しくもないだろ、同棲くらい」
「……同棲?」
 会話の内容を理解できない。
 同棲? なんで同棲? 誰と誰が?
 芳男は、そこでようやく俺の中から抜け出ると、体を起こし、ついでに俺の手も引いて俺の体も起こした。
 二人向かい合う体勢。芳男は、顔中に疑問符を貼り付けた俺を見てふっと笑うと、今まで見せたことがないような優しい微笑をその顔に浮かべた。
「引っ越して来いよ」
「……なんで、同棲?」
「なんだよ、嫌なのかよ、俺と一緒に住むの」
「そうじゃなくて、だって、そんな関係じゃないだろ、俺たち」
「そんな関係じゃないって……、じゃあどういう関係なんだよ」
「それは……」
 むしろそれを教えてほしいと思っていたのは、俺の方なのに。
 この関係に名前をつけてほしかった。ずっとずっと。
 そうでなければ、こんなに悩んだりしなかった。
「俺はお前と付き合ってるつもりだったけど、お前は違ったのか?」
「付き、合って……? え? 俺と、芳男、が……?」
「俺とお前以外誰がいるんだよ?」
「だってそんな……」
 好きだと言われたこともない。
 二人で一緒にどこかへ出かけたこともない。
 気まぐれに呼ばれて、部屋へ来て、セックスをして、それで終わり。
 愛のない行為。ただの性欲処理。
 だけど、そこに愛なんてないなんて思っていたのは、どうやら俺だけだったらしい。
 それに気づいたら、馬鹿馬鹿しくて、なんだか笑いがこみ上げてきた。
「なに笑ってんだよ。変なヤツ」
 そして、なぜだか泣けてきた。
「なんだよ、泣くなよ、俺が悪いことしてる気になるだろ。なあ、おい」
 困ったように首を傾げ、俯く俺を覗き込んでくる芳男。
 その手が髪に、頬に、優しく触れる。
 この手はこんなに優しかっただろうか。いつも爪を整えてある指先。思えば傷つけられたことも、痛くされたこともないじゃないか。
 俺は芳男を勝手に型にはめて、自分で自分の首を絞めていたんじゃないのか?
「圭太」
 行為の最中でもないのに、甘く優しい声で芳男が俺を呼ぶ。
 きっと芳男は、ずっと同じように俺の名前を呼んでいたんだ。ただ俺が、それに気づけなかっただけ。勝手に枠を作って、気づこうとしなかっただけ。
「お前って本当、無駄にネガティブだよなー。だからついつい虐めたくなるし。でもまあ、さすがに一週間も離れてたら、俺も限界」
「………は?」
「それに、お前が俺を好きだってことは、とっくにバレてんだよ。わかったらさっさと越して来い」
「……んだ、よ……エラ、そ……に……」
「あー、ヤベ。また勃ってきた。なあ圭太、一週間分ヤらせろよ」
 俺は、涙にまみれた顔を上げると、ぎこちなく微笑み、自分から芳男に口づけることでそれに応えた。





 そうして今日も、俺は芳男に抱かれ、そしてやっぱり、終わった後に芳男はタバコを吸い、俺はピザを頼む。
 でもそこにはもう、以前感じた虚しさはない。
「……302号室、コバヤシヨシオです。クワトロ一枚。Mサイズで」

END


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