階段の踊り場で 1


 屋上へと続く階段を半階分昇りきり、踊り場を数歩歩いて更にその先の段差に足を乗せかけ、一貴は、どういうわけかそこで足を止めると、その足をそのまま踊り場へと下ろし、オレを振り返った。
 無言でまっすぐ見つめてくる瞳を見返すことができずに、少し俯く。
「――ナンだよ」
 目線を合わせることなく、抗議の気持ちを含めた呟きを吐き出す。
「ここで、いい?」
「………」
「ここが、いい」
「………」
「いいよね?」
「………」
 拒絶することが許されないような言い回し。
 本当は、断りたかった。
 でも言い出したのは自分だ。
 オレは、きゅっと唇を噛みしめ、残り二段を昇って一貴と同じ段に足を揃えた。リノリウムの床が、オレの心を代弁するかのように、悲鳴のような小さな音を立てた。





 一貴とオレは、家が隣同士の、いわゆる「幼なじみ」というヤツだ。
 物心ついたときからずっと一緒で、一番の仲のいい遊び相手。
 同じ幼稚園に通い、そのまま同じ小学校、同じ中学校へと進学。ここまでは二人とも全部公立だったから、途中で私立を受験しない限りは普通にたどるルートだ。その道を何の疑問も持たずに、当たり前のこととして二人とも歩んできた。
 約束なんてしたことなかったけど暗黙の了解で、毎朝家の前で待ち合わせをして、一緒に登下校。一緒に遊んで一緒に勉強もして。時々ハメを外してありえないほどバカみたいなこともやって。
 家が近いから、とか、幼なじみだから、という理由付けがなくても、オレにとって一貴は、とても気の合う親友だった。
 高校進学時に一貴は、レベルの高い全寮制の私立高校と、オレが受けたのと同じ地元の公立高校の二校を受験して、そのどちらにも合格した。
 オレはてっきりその私立高校へ行くと思っていたから、一貴が最終的にオレと同じ公立高校を進学先に選んだことに驚きつつも嬉しくて――、また一緒に同じ学校へ通えるって単純にはしゃいでて――。でも、時間が経つにつれ、両方受かっていたのに、どうして大学への進学率でも偏差値でも劣る公立高校を選んだのか、その疑問が大きく膨らんできて、入学式の後、それまでの習慣を変えることなく並んで帰った帰り道、躊躇いながらも訊いてしまったんだ。

 思えば、それがすべての始まりだった。

「好きだから」
「―――ハ?」
 思わず、足が止まる。
 伝えられた言葉の意味が実感を伴って脳に響いてくる頃に、もう一度、はっきりと告げられた。
「那由多が好きだから」
 言うだけ言って、くるりと向けられた背中。
 それ以上何も言わない。オレの答えを待つことも、答えを求めることもしない。
 それでも、それが、それまで一度だって恋だの愛だの意識したことのない相手からの告白なんだって気づいた時にはもう、一貴の背中は見えなくなっていた。
「どう……すりゃ、いいん……だよ……?」
 呆然と立ち尽くしたまま、ひとりごちる。


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