校庭の真ん中で 5


 答えないまま一貴は、オレの手を取ると、再び、ゆっくりと歩き始めた。
 足元で、踏みしめられた芝草が乾いた音を立てる。
「――あれは、那由が見てたから」
「え……?」
 オレの手首を掴んでいた一貴の手が、ゆっくりと滑り落ち、掌を捉え、指を絡めとる。
「キスしてきたのは彼女の方。俺はただ、避けなかっただけ」





『私、佐藤くんのこと、前からいいな、って思ってたんだ』
『そう』
『カッコイイし、他の男子とちがって落ち着いててすごく大人っぽいし』
『そう』
『好きなの、佐藤くんが』
『……それで君は、俺にどうしてほしいの?』
『そうね、例えば……こういうこととか』





「そういうの、屁理屈っていう……」
「そうかもな」
 少し冷たい、一貴の手。長く伸びた二人の影は今、隙間なく寄り添っている。
 この影のように、ずっと一緒にいたいと望むことは、間違っているだろうか。
 オレの手を握っている一貴の手を、ぎゅっと握り返す。
 それに応えるように、前を向いたまま、一貴がぽつり、と零した。
「――那由じゃないなら、どうだっていい。誰に、何をされても。那由じゃないなら、意味がない」

『誰だろうな』

 あの時。
 はぐらかされているとしか思えなかった言葉。
 本当かどうかはわからない。けど、一貴の言ったことが本当なら、その言葉はそのまま、一貴の疑問ということになる。

『別に、誰だっていいんだけどね』

 オレでも、他の誰でもいいんだと思ってた。
 でも、一貴の言葉を借りるなら、オレじゃないなら、それが誰だって、どうでもいいということに。
 だけど、自分の心をなだめることでいっぱいいっぱいだったあの時のオレには、そんな受け取り方、できやしなかった。
「……だからって、なんで避けないんだよ……」
 好きな人が、他の女とキスしている。そんな場面を見てオレは少なからずショックを受けた。
 恨みを込めて一貴を睨み上げる。オレの視線を受けて、一貴が歩みを止める。指が解かれ、代わりに、そっと掬い上げるように、掌が頬に触れた。
「那由の反応が見たかったから」
「……意味わかんない」
「わかんなくていいよ」
 ふっ、と笑う一貴。目元が、いつになく優しく、綻んでいるように見える。
「俺は、わかったから」
「何が?」
「那由が、俺のことをどう思っているのか」
「………」
 あまり表情に変化のない一貴にしては珍しく、柔らかく微笑んだ顔。その顔がゆっくりと近づいてくる。
 キスの予感。
 誰が見ているかもわからない校庭の真ん中。
 だけど今度は静かに目を閉じて、オレは一貴の唇を待った。

校庭の真ん中で・END


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