校庭の真ん中で 4


「行くよ」
 そうして、まだ何事かわめいている女の子から逃げるように、早足でその場を後にした。





 一貴に手首を掴まれ、引っ張られるようにして階段を二階分昇り、静まり返った長い廊下をひたすら歩く。
 次々にオレを襲った事実に、頭の中はこれ以上ないほど混乱していた。
 ぐちゃぐちゃで、めちゃくちゃで、わからないことばかり。
 耐えかねて、オレは尋ねた。
「――あの子、だれ?」
「気になる?」
 返ってきた一貴の声は抑揚がなく、感情が読めない。
 気になる?
 気になるよ。
 あのときからずっと、気になっていた。
 気にしていないように装ってはいたけれど、本当は気になっていた。
「気に、なる、よ……」
 だってオレ、こんなにも一貴を――。
 俯けた視界の端で、一貴の足が止まる。たどり着いたのは廊下の一番端、視聴覚室。
 カラカラと開き戸を開けた一貴に背中を押され、つんのめるようにして中に入る。
 答えは、言葉じゃなく、体で返ってきた。





 午前中は運動部による催しごと。午後からは演劇部、合唱部、吹奏楽部によるステージ。ラストが有志によるバンド演奏。
 イベントの場所が校庭から体育館へと移ったことで、太陽の傾きとともに明度の落ちた校庭には、人影がほとんどない。
 青くはない芝を踏みしめながら、ゆっくり、ゆっくり進む一貴の足。
 それが、オレを気遣ってのことだとわからないほど、オレも鈍くはない。だからって簡単に許せるほど、寛容でもないけど。
 あのあと結局、立ったままで、後ろから一回。向きを変えて正面から一回。鉄筋コンクリートの壁に押しつけられた背中、最初に握りこまれていた手首と、最中ずっと抱え上げられていた右足。慣れない体勢でのセックスに、体のあちこちが軋み、悲鳴を上げていた。
 そのせいで、今日一日、ほとんどの時間をあの視聴覚室で過ごし、せっかくの文化祭を楽しむことができなかった。
 ……一貴と一緒、という点では、当初の目的を達成できたのだけれど。
「お好み焼き、食べたかった」
「悪かったよ」
 ぽつりと不満を漏らすと、意外にも一貴の口からはすぐに謝罪の言葉が出てきた。
 思わずその場で足を止めてしまう。
 つられて止まった一貴の顔からは、薄闇の中ということもあり、いつも以上に感情が読めない。それでもそこから何か読み取れないかと伺い見ると、不意に目の前が陰った。
「っ、なんで、いきなり……!」
 思わず口元を手の甲で拭う。こんな、誰が見ているかもわからない校庭の真ん中で、脈絡のない行動。
 キスは、オレにいろいろなことを思い出させる。
 胸の真ん中が、すごく、痛い。
「……一貴はそうやって、誰とでもキス、するんだ……?」
 声が震える。
 こんな女々しい質問、本当はしたくなかった。


- 14 -

[*前] | [次#]
[戻る]

Copyright(C) 2012- 融愛理論。All Rights Reserved.

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -