夏休み 7


「なんだ、もうこんな時間か」
 壁掛け時計を見上げたアイツがひとりごちたあとで、包丁片手に俺を振り返った。
「好き嫌い、ないって言ってたよな、確か」
「……うん」
 問いかけに、しっかりと頷く。前に俺が言った言葉を覚えていてくれたことが、本当はめちゃめちゃ嬉しい。だけどそんなことはおくびにも出さない。
 アイツは俺が肯定したのを確かめると「よし」と頷き、俺に背中を向けた。
 きっといつも、自炊しているんだろう。調理道具も揃っているみたいだし、後ろ姿だけど、手際もよさそうに見える。しばらくするといい匂いが漂ってきて、また腹が鳴った。
 距離的に聞こえないとは思うけど、思わず腹を押さえてしまう。
 できればこういう格好悪い部分は、アイツには見せたくなかった。友達とかならその場で笑って終わりにできるけど、なんか、アイツが相手だとそれができない。そういう自分の姿は、できる限り見せたくない。
 けど、あのとてつもない恥ずかしさを代償に、アイツとの間にあった微妙に気まずい空気はいつの間にか消えていた。それに加えてアイツの手料理も食べられるのだから、ラッキーと思った方がいいんだろう。
 ……もちろん、そうやって自分自身を納得させるには、かなり複雑、なんだけど。
 俺がそんな風に心の中でぐるぐる考えている間に、昼食が出来上がったらしい。アイツは両手に皿をひとつずつ持ってくると、それをテーブルの上へと置いた。
 ほかほかと湯気を立てるチャーハン。盛り付けもきれいだ。
 食欲をそそる香りに釣られていそいそとテーブルににじり寄る。ていうか、よく見たらこれ、こたつ、だよな?
 思わず下を覗き込んでいると、アイツが今度は深鉢を両手に持ってきて、言った。
「ああこれ、こたつなんだよ。別に一人でメシ食う分には、これでも構わないかなって」
 苦笑を交えながら俺の疑問に答えて、そのこたつテーブルの上に深鉢を置く。中身はわかめと卵のスープ。最後にグラスに注がれた水を運んで、アイツが俺の左脇に腰を降ろした。
「なんか、すげーな……」
 短時間でこんな料理が作れる。しかも、普通に美味そう。
 感心して、思わず漏れた呟きに、アイツが少し寂しそうに笑った。
「うちは、父子家庭だったからね。必然的に」
「そっか……」
 そうだよな。
 わかっていたことなのに、あれからもう何年も経って平気になったつもりでいたのに、改めて言われると胸の奥の方がちょっと痛くなる。家族が、俺とアイツがバラバラになっていた現実。
 母親は自分のテリトリーに入られることをひどく嫌う人なので、俺は用がなければキッチンには立ち入らないし、料理もほとんどしたことがない。それでも母親がいたから、食に不自由した記憶はない。
 けど、アイツは違ったんだろう。
 こんな風に簡単に料理をつくれるようになるまでのことを想像すると、ちょっと切なくなる。


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