06
「そんなこと……ないです」

表示された数字の羅列は、恐らく電話番号だろう。ユリはPCの画面を見つめたまましばらく思考が停止していた。番号が書かれ、それに加えて2人で話したいなど言われれば、この番号にかけてくれという意味のはずだ。それをようやく理解する頃には、ローの書き込みから既に5分以上が経過していた。これ以上待たせるのは大変申し訳なく、ユリは画面に表示された数字を一つ一つ丁寧に確認しながら、スマホの画面に入力する。
そして、些か緊張した面持ちで通話ボタンを押すと、あまり電話をかけることのないユリにとっては効きなれないコール音が鳴り響いた、しかしそのコール音は3回ならぬうちに途切れ、代わりに聞こえてきたのは低く耳心地の好い声だった。

『ユリさん……?』

「は、はい……」

自分の名前が呼ばれるだけで、ユリの心拍数は跳ね上がった。電話越しに自分の心音が聞こえていたらどうしよう。ユリが頭を抱えていると、ローの方から話しかけられる。

『突然電話するのもどうかと思ったが……声が、聴いてみたかった』

迷惑だよな、と消えそうな呟きがユリの耳に届いた。文字でやり取りしているときは、もっと自信に満ち溢れている印象を持っていたユリは、自分が悩んでいるせいで電話をかけるのが遅れ、待たせてしまったせいだと考えた。ローにそんな事を思わせたいわけではなかったのに。

「そんなこと……ないです」

ユリにしては珍しく、考えるよりも先に言葉が出ていた。迷惑なはずがない。ユリにとってローは、自分に希望を与えてくれた大切な人だった。それがたとえ、何処に居るかも、顔すらも知らない相手だったとしても。

「迷惑じゃないです。ローさんの声が聴けて、嬉しいです」

それがユリの素直な感想だった。ユリが言い切れば、電話の向こうからはローの笑い声が聴こえた。

『ククッ……なら、良かった』

ほんの少しだけ掠れた、囁くような声にユリの胸は高鳴った。頬が熱い。鏡を見ればきっと真っ赤になっているくらいに。ユリは小さく深呼吸し、高鳴る胸の上で手をギュッと握った。




他愛もない会話がこんなにも楽しく思えたのは久し振りだった。ローは自分の言葉を懸命に聴き、必死で返答するユリがとても愛おしく思えた。電話の向こうから聴こえるユリの声は緊張気味だがとても柔らかく優しいもので。普段自分を取り囲んでいる冷たい喧騒とはまるで違う、温かく包んでくれるような声音。出来る事ならば、ずっとこうして話していたいと思えるほどに、ローはユリの声が、話が、紡ぐ言葉が、ユリが好きだと思った。

『ローさん、あの……お時間大丈夫ですか?』

ふいに言われた言葉にローが時計を見れば、すでに電話を始めて30分が経過していた。自分としてはまだまだユリと話していたいものの、身体の弱いユリが疲れてしまっては、それこそ本意ではない。

「……そうだな、今日は話せて良かった」

『はい』

「今度は……おれからかけてもいいか?」

またユリと話したい。その柔く甘い声を耳元で聴きたかった。ローがそう問えば、ユリが驚いていることが電話越しにも分かった。やはりまだそこまでいくのは不味かっただろうか。断られるかもしれないと、ローは一抹の不安を抱いた。しかし、ユリは寧ろ逆のことを考えていたようで。

『また、お話ししてもいいんですか?』

その言葉に、自然と笑みが零れる。

「あぁ、ユリさんとまた話したい」

基本的に電話は好きではないが、ユリとなら話したかった。真っ直ぐに伝えた言葉に、ユリは優しい声ではい、と言った。




(……おれ、お腹空いた)
(またキャプテン抜け駆け……)
(お前がいうとシスコンかロリコンに聞こえるな)
(ペンギン!お前ユリさんの歳知ってんの!?)
(妹ってお前が言っただろう、知らんがおれたちよりは下だろうな)
_7/15
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