Halloween
午前中の仕事を終えカルテを整理していたローは、ふと日付を確認した。先程から鼻腔を擽る甘い香りにユリが何かを作っているのは知っていたが、そうか。

「……ハロウィンか」

都会にいた頃から疎遠だった行事であるが、そういえば研修医時代も看護婦や女医から菓子やらケーキやら貰った気がする。子供が仮装しお菓子をもらうという概念は都会では既になく、大人も各々好きに仮装という名のコスプレを楽しんではお菓子を配っている。そういうわけで貰うには貰ったが、結局食べずに全てベポやシャチの間食となったのは言うまでもない。しかし、とローは思考を巡らせる。ユリもやはりそういう行事を楽しむ方なのだろうか。この片田舎で仮装をして家々を練り歩くという想像が出来ずイマイチピンとこない。そもそも集落に住む年寄り達はハロウィンを知っているのだろうか。だんだんと思考がまとまらなくなってきたローは、たまたま目の前を通りがかったベビー5に声をかけた。

「おい」

ベビー5はローの呼びかけに顔を顰めた。ここに来るたびに雑事を押し付けられるからだ。昔はもう少し優しかった気がするが、果たしてそれが何年前かも思い出せず、自分の気のせいだったのかもしれないと思い始める。そういえばお気に入りのウサギの人形を直してもらおうと持っていったらクマに作り替えられていたりした。

「……聞いているのか?」

ローの低い声にハッとしたベビー5は、苛立ちを隠そうともせず睨みつけるローに思わずたじろぐ。

「わ、悪かったわよ……で、何を頼まれたの」

「だから、今からリストアップする物を夕方までに揃えて持って来い」

いきなりのローの無茶ぶりにベビー5は唖然とする。リストを手渡され今度はその数の多さに驚いていると、ローは仕事は終わったと言わんばかりに席を立とうとした。

「ちょ、ロー!!いくらなんでもこれを全部夕方までに!?」

「ドフラミンゴに頼めば一発だろ?早くしろ」

「若様を顎で使うなんて……っ」

そもそも自分がパシリにされること自体納得がいかない。覚えてろと言わんばかりに走り去ったベビー5に、ローは今度こそ席を立った。






「ユリ何作ってるの?」

甘い匂いに誘われてやってきたベポに、ユリは楽しそうに笑みを浮かべた。

「今日はハロウィンですから、近所の子にお菓子を作ってるんです。こんな田舎じゃ他に子供の楽しめることも少ないですし……」

「そっかぁ、じゃあユリは今日何か着るの?」

ベポの言葉に、ユリは不思議そうに首を傾げた。きるとはなんだろう。

「え、ハロウィンするならユリもコスプレするんじゃないの?多分ユリは大丈夫だろうけど、あんまり際どいの着たらキャプテンが怒るから露出は少ないのがいいと思うよ?そういえばおれも何か着ようかなぁ……」

「えと、待ってくださいベポさん。コスプレって……私はこのままお菓子をあげるだけですよ?ハロウィンらしい服も着てみたいですけど、持ってないんです」

どうやらベポはハロウィンの仮装について話しているらしい。しかし生憎ユリはハロウィンに着るような服は持ち合わせていないのだ。そもそもあげる側の人間も仮装をするのかと、実はハロウィンをよく知らないユリはベポの話を聞いていた。

「お、美味しそうなパンプキンパイにクッキーに、ケーキ、プリン……って多い!ユリ今日は一段と豪勢だな」

その時、ユリに頼まれてリカの毛づくろいをしていたシャチが戻ってきた。シャチに抱かれていたリカはユリの元へと行き足に擦り寄りながらそのままころん、と横になる。

「ふふ、リカちゃんも今日はご馳走食べようねー」

「シャチ、今日はハロウィンだからユリが近所の子にお菓子配るんだって!」

ベポの言葉に、おぉハロウィンか、と納得したシャチはこのお菓子の多さに納得する。この集落には実際子供など数える程しかおらず、それも高校になる頃には寮暮らしをすると言い出て行く者が殆どだった。そんな中この集落に残っている貴重な子供こそ、このお菓子を与えられるわけなのだが。

「んでも近所の子って1人だけだろ?あの麦わらの」

「はい、ルフィくんです。今年もう高校3年生なんですけど、相変わらず可愛い弟みたいな存在で……」

苦笑するユリにシャチとベポは苦笑いした。実はこの麦わらことルフィは、毎週必ず1回はローたちの元へ来て治療をしているのだ。一体何をすればそんな大怪我をするのだというような傷ばかりで生傷の絶えないルフィはローたち4人の中でもかなりの有名人になっていた。

「よく食べてくれるから、つい多めに作っちゃって。あ、でも皆さんも一緒に食べてくださいね?その……折角なんで、一緒に楽しみたいです」

ふわりと笑みを浮かべてそういうユリにベポもシャチも頷く。ここに来てたくさん色々な出会いがあって、今までにない日常の繰り返しは、全てユリのおかげなのだ。そんなユリに、今日は折角なのだから存分に楽しんでほしい。シャチはよし、と拳を握るとリカを抱き上げる。

「おれちょっとリカとキャプテンとこ行ってくる!ユリ、絶対楽しいハロウィンにすっぞ!」

リカの前足を持ち、器用に肉球を向けてバイバイと手を振り去っていくシャチにユリは笑顔で手を振った。






夕方になりもう1人ローに指示を受けていたペンギンは、上空からパラシュートで落ちてくる荷物を確認するとそれを抱える。隣にいたシャチはモールス信号で延々と文句をいうベビー5に顔を引きつらせている。

「……あれ相当頭にきてるぞ」

「キャプテンに当たるんなら問題ないだろう?それより早くこれを持って帰らないとおれたちが八つ当たりされるぞ」

さっさと歩き始めていたペンギンの背を追うシャチは、それもそうだと溜息をつき、しかしやはりユリの為にいろいろ考えていたのかとローに対して感心していた。しかも考えるだけでなくこうして実際に行動にうつしそれを実現させられるところがさらにすごいのだが。まさかこうくるとは。足早に帰路についた2人は、玄関で仁王立ちしているローとジタバタと暴れるルフィを発見する。

「もー!!なんで入れてくれねぇんだよ!!ユリが今日はいっぱい食ってけって言ったから来たんだぞ!?おれお邪魔しますって言ったじゃん!!」

「だから、もう少し待てって言ってるんだ麦わら屋。支度がすんだらすぐに入れてやる」

一体ここは誰の家なのだろうと思うほど堂々と言い放つローに、シャチがやっぱり婿養子なのかと思っている間に、ペンギンは無事荷物を渡した。

「キャプテン、遅くなりました」

「あぁ、悪かったな」

荷物を受け取るやその場で開封したローは、その中から1つの包みを出してルフィに投げる。

「一回家でこれに着替えてきたら入れてやる」

ローの言葉に絶対だぞと叫びながら走り去ったルフィに、シャチは残りの荷物から自分とベポの分を取り出す。

「んじゃおれとベポは先に着替えてくるんで。あ、あとベビー5がメッチャキレてましたよ」

シャチの言葉に頷き、そして知るかと言い放ったローは、そのまま荷物からペンギンの分を手渡し、そして残りを持ってユリの元へ向かった。

「キャプテンユリに何着せると思う?」

「露出は少ないだろうな」






ローに言われてリビングの準備を終えたあと部屋で待機していたユリは、ローが持ってきたモノに驚いた。

「……っ、わ、私がこれを、着るんですか?」

「ユリに絶対似合う、おれが断言してやる」

今まで絵本の中でしか見たことのないようなフリルのいっぱいついたドレスは、ふんだんにレースがあしらわれ、滑らかな肌触りからどう考えても安く作られたものでないことがわかる。

「ローさん、あの……」

恥ずかしそうに渡されたドレスを抱えたユリは控えめに声を漏らし、そしてローの手をそっと握ると、小さく、ありがとうございますとはにかんだ。ローはフッと笑みを浮かべて踵を返すと、自分も着替えるといい部屋を出た。ユリはどうしてローはこんなにも自分の嬉しいと思うことを知っているんだろうといつも思う。このドレスだってそうだ。相当なものだが、そのデザインはいかにもハロウィンらしいもので、言うなれば魔女のような。しかも何故か猫耳と尻尾まで一緒に入っており、これは自分が猫が好きだからだろうかと、ユリはローからのサプライズと受け取っている。

「今日はリカちゃんとお揃いね」

嬉しそうにそう呟いたユリは、その後初めて見るドレスに四苦八苦しようやく着る頃にはドラキュラに扮したローを見て赤面するのだった。






「ユリー!!来たぞー!!」

しっかりと渡された服を着てきたルフィは、今度こそと言わんばかりに玄関から大声で叫ぶと中には入りそして、机に準備されたお菓子の数々にヨダレを垂らした。

「おい麦わら、それ何の服だよッハハハ、つか涎拭け」

すると同じく仮装をしたシャチとベポ、そしてペンギンがやってきた。

「お前もそう大差ないだろ」

ペンギンの言葉にシャチはグッと詰まった。ルフィは日曜日の朝にやってそうなヒーローの仮装を、シャチは某ロボットアニメの制服のようなものを着ていた。

「知るかよ、キャプテンが決めたんだぞ?つかお前こそ普通の黒魔術師みたいな格好しやがって……ベポのくまの着ぐるみは別としてもキャプテンのおれらの扱いが目に見えるな」

「あの人のやる事にいちいち目くじら立てても体力の無駄だ」

「お前絶対それ今自分に言い聞かせただろ」

ブツブツの文句をいう2人を他所に、ヒーロールフィとクマベポは、早くユリとローが来ないかと待っていた。流石に全員揃わずに食べ始めることはしない。

「ユリは何着るんだろうなぁ、おれみたいに着ぐるみかな?」

「トラ男は医者だからアレだろ?白い服。あぁ、早く食いてぇ……」

「それじゃあキャプテン毎日ハロウィンになるよ?確かに早く食べたい……あ!」

その時、ふわりと翻る裾を控えめに抑えながらエスコートされやってきたユリに、その場にいた一同は一瞬時が止まったように感じた。隣にいるローの楽しそうな顔に、シャチとペンギンだけは絶対コレがしたかっただけだなと内心思った。

「ククッ、なんだそりゃ麦わら屋?締まらねぇ顔したヒーローだな?」

「ルフィくん、待たせちゃってごめんなさい。あ、皆さんもどうぞ、食べてください」

ユリが涎を垂らしたルフィに慌てて近づくと、持っていた袋から取り出したお菓子を渡し、そして一緒に待ってくれていた3人にもそれぞれお菓子を配った。

「ユリ、これも食べていいの?」

ベポが更に増えたお菓子にワクワクといった風に聞けば、ユリは楽しそうにはい、と頷いた。

「お、これ美味いな!ユリ、このプリン最高だぜ」

「このパイも美味いな、ユリ、今度おれにも教えてくれ」

「うめぇ!!おかわり!!」

口々に美味しいと言って笑んでくれるみんなにユリは嬉しそうに笑った。やはりこうしてみんなの笑顔を見れるのが1番嬉しい。

「ユリ……」

そして。それを更に楽しいものにしてくれたローに、ユリは1番感謝した。

「ローさん、こうして仮装してると、いつも以上に楽しいですね」

「なら良かった」

一緒にお菓子を食べながら、ローはスッとユリの肩を抱くと耳元で囁いた。

「……可愛いな。にゃんにゃんしてぇくらいだな?」

極上の笑みを浮かべそう言ったロー。この猫耳といい、尻尾といい、ドレスといい、そのままこの場で乱したいくらいだった。変わらない温かく柔らかな声も、嬌声に変わればどんな風に聞こえるのか試したくなる。折角今日はドラキュラに扮したのだ。吸血鬼よろしくその白い首筋に吸い付くのもアリだと思う。しかし。

「……ローさんも、カッコイイ、です……にゃん」

その一言で、半分冗談だったローの欲情は一気に煽られ、今度はグラつく理性を保つのに必死だった。毎回思うが、ユリはいつも自分の思う斜め上を行って自分を悩ませる。いつか本気で襲ってしまいそうな気さえしてくる。

「……ユリ、おれ以外の前で言うなよ?」

取り敢えず、ローはそれだけ呟いた。ユリは不思議そうに首を傾げ、そして、肯定の意を表すように頷きながら、にゃんと言った。
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