09
「……っ」

見渡す限りの景色に見えるのは水鏡とでも表現すればいいのか。田植えの終わったそこは、水が張ってあり空や周りの景色をそっくりそのまま映していた。窓を開ければ清々しい風が車内に吹き込み、深呼吸すればそれだけで身体の悪いものが吐きだされるのではないかという錯覚まで覚える。

「はぁー、スッゲー……見たかベポ、川にデカい鳥が」

「シャチ、あっち見てよ!ほらアレ、雉じゃない!?」

「……田舎だとは聞いていたが」

「本当に田舎ですね、最後のコンビニを見てから随分経った気が」




無事研修課程が修了したローたち一行はドフラミンゴの反対を押し切り4人で地方の開業医になるという意向を示した。現在病院で働く外科医よりもずば抜けて腕のいいローが抜けることに反対する者の多い中、最後まで自分の意見を曲げなかったローの熱意に、最終的にドフラミンゴが折れる形となった。条件もあったが、取り敢えずは許可が下り晴れて自由の身となったローたちは早速シェアハウスを引き払った。必要最低限の荷物を車に乗せて、予めユリに聞いておいた住所を頼りに医者としての第一歩を踏み出す新天地へと向かった。

「にしてもユリさんってスゴイよな、おれたちまだ顔も良く知らないのに家に居候させてくれるなんて」

シャチの言葉にペンギンは溜息をつく。取り敢えず自分たちには悪意はないのだが、普通に考えて顔も知らない男を4人も女の1人暮らしの家に招くのは良くないと思っている。

「……キャプテン」

それもこれも、全ての元凶はローだった。ペンギンが助言をしたあの日、何があったかは分からないがローは3人が今まで聞いたことのないような甘い言葉を囁くようになったのだ。正式に付き合っているわけではないが、はたから見れば完全な恋人同士である。研修最後の数カ月は、優しい微笑で愛を語るローを目撃した看護婦たちが涙を流しているのを何度も見かけた。ユリと知り合うまで、適当に看護婦や他の女性たちとの関係を持っていたローがピタリとそれをやめた。その時点でペンギンは薄々感づいてはいたが、まさかここまで惚れるとは思っていなかった。まして、一つ屋根の下で一緒に暮らす約束をするなど考えつかない。

「ユリさんを誑かしていたら承知しませんよ」

文面を見る限り本当に純粋な人なのだろうと容易に想像のできるユリ。男性経験もほぼないのだろうと思われる言動も少なくなかった。

「誑かすだと?んなことしなくてもユリさんはおれに夢中だ」

堂々と宣言するローにペンギンはもはや手遅れかもしれないと思う。そして気を取り直してユリさんと対面すべく住所を確認しカーナビに視線を向けたところで、固まる。

「アレ、キャプテン画面おかしくないですか?」

ペンギンの代わりにローに言ったのはシャチだった。運転中のローはちらりと視線を向けて、無言で車を脇に寄せた。

「……真っ白だね、道がないことになってるよ」

ベポの呟きに、一同は思わず天を仰いだ。有り得ない、道が表示できないような場所なのか。確かにだんだん道路ではなく土や砂利の道も見えてくるようになり、一抹の不安を抱えてはいたが、ユリの家は分限者でその地域でも最も大きくしかも隣家が近くにない事や周りが田んぼに囲まれている事もありすぐに見つかるだろうと高をくくっていたのだ。

「……道を聞くしかねぇな」

ローの言葉にペンギンもシャチも頷く、ベポは早速辺りを見渡した。4人の中で1番目のいいベポは、都会のスクランブル交差点でも探している人を見つけることができるのだ。しかし、どうやらこの辺りに人は居ないらしい。家を出てもうすぐ10時間以上が経過する。4人の脳裏には一瞬、野宿という言葉が浮かんだ。

「……取り敢えず進もうぜ、何するにしてもこのままじゃ野宿……」

「シャチ、野宿なんて言わないでよ、おれ言わなかったのに」

溜息が零れた。けれどここで立ち止まっているわけにもいかない。再び運転席に戻ったローは再び車を走らせた。するとほどなくして畑で何やら作業をしている老人を見つけた。助かった、とシャチとベポが車から飛び出していく。ローとペンギンも車を寄せて停めてからシャチたちの方に向かう。

「シャチ、分かったか?」

ローの問いかけにシャチから返事はなかった。しかしその理由は、この現状を見れば理解できる。ローは目を覆い溜息をつき、ペンギンは張り付いた笑顔を浮かべた。

「だーかーら!!でっかい家を捜してんだよ!!田んぼに囲まれて、このあたりで1番でっかい家!!」

「トメさんの家は……」

「トメさんじゃなくて!!」

「おぉ、フミちゃんの方か!!」

「違ぇーよ!!」

「元気じゃのう!わしゃこう見えても若い頃はなぁ……」

「話聞け!!」

肩で息をするシャチ。成程、これじゃあ全く有益な情報は得られない。諦めようとしたその時、畑の向こうから別の人間が歩いてきた。

「つるのおじいちゃん?どしたん、そんなに大きい声で言うてからに」

歳は20代前後だろうか、柔らかな印象を受ける女だった。これで今度こそまともに会話できるとシャチとベポが胸を撫で下ろした。ペンギンも内心ほっとしている中、ローだけが目を見開いたまま女を見つめた。

「……っ」

自分が聴き間違えるわけがない。話し方は若干違うが、あのおっとりとした柔らかな声音は自分が知っているものと同じだった。


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