キャプテンハーロック | ナノ
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 “キャプテン・ハーロック”

「マスター、お茶をお持ちしました」

カチャ、と机に置かれた紅茶の香りが鼻腔をくすぐる。
それに短く返事をして一口紅茶を飲んだ。何時もと変わらない味に小さく息をつく。

「他にご用はおありでしょうか」

机の反対側に立ち、じっと命令(たのみ)を待っている彼女は昔から変わることのない瞳で此方を見つめている。
昔────そう、100年前から。


まだ俺が≪ガイア・フリート≫に所属していた頃、仕事一筋だった俺のことを心配して友であるトチローが造ってくれた所謂“お世話アンドロイド”。それが彼女だ。

「お父様よりマスターの生活を補助するよう仰せつかっております。今日から宜しくお願い致します」

そう挨拶をして綺麗なお辞儀をした彼女に驚いていると、“とてもアンドロイドとは思えないくらい人間らしいだろ”と得意げに笑って友は言った。それから、“あまり無理はするな”と心配そうな顔で言っていた。


もう一口、紅茶を飲む。

今でも鮮明に思い出される記憶に、思わず感傷的になる。
幸せだったあの頃に戻りたいと願ってしまう。


コンナコト、ユルサレルワケナイノニ


「どうかなさったのですか?」

彼女が手を伸ばしてそっと頬に触れてきた。するりと細い指に撫でられて、思わず猫のように目を細めてその心地よさを甘受する。

「お顔色が優れないようですが」
「・・・・なんでもない。ただ昔のことを思い出していた」
「昔、ですか」

親指のはらで俺の頬を撫でながら、ほんの少し、彼女は整った形をした眉を寄せ、少し離れた窓辺に置いてある一つのビーカーに視線を移す。

「すまない。辛いものを思い出させたな」
「・・・・いいえ。マスターが謝られることはありません」

頬を撫でる手に己の手を重ねようとして止めた。

──────その罪深い手で触れてどうするつもりなの?

頭の中に響く声は一体誰のものなのか
自分自身の心の声なのか、広い宇宙の何処かにいるモノの声なのか、
それとも俺のせいで死んだ地球(ホシ)の声なのか、

(・・・分かっている、俺はただ、)

─────“慰める為”?そんなの嘘。他人を通して自分を慰めたいだけ。

─────その大罪から解放されることは許されない。

─────振り返ることは赦されない。

─────立ち止まることはユルサレナイ。


─────だッテ貴方は“キャプテン・ハーロック”なノだカラ!!


(ッ、そんなこと言われなくとも・・・・ッッ!!)


「マスター、大丈夫ですか、マスター」

彼女の声ではっと我に返った
いつのまにか揚がっていた息と額に浮かぶ汗に驚きつつも、「なんでもない」と返す。

「・・・・そうですか」

今だ不安げな顔をしているがそれ以上問いかけてこない彼女に有難いと感じつつ、気付かないうちに頬から離れた指に寂しさを覚えた。
もう一度それを感じたくて手を伸ばそうにも先程の声が頭に響く。

嗚呼、この弱さが


「   情けない   」


これ以上惨めな己を、穢れのない彼女を見たくなくて目を閉じた。
すると、突然の圧迫感。
驚いて目を開けてみると、そこには綺麗な黒髪が。

「・・・・おい、どうし、」
「マスターが触れることができないのなら私から触れましょう」
「っ、」
「どうして分かるのか、ってお思いになられました?どれ程の時間、マスターにお仕えさせてもらってきたと思っているのです。マスターのお考えになられていることはだいたい分かりますよ」

小さく上下する肩から彼女が笑っていることが分かった。
それにしても、いつの間に彼女はこんなにも人間らしくなったのだろう。
全然気付いていなかった、ということはどれ程彼女に向き合ってこなかったかが窺える。
100年もの長い間、彼女はずっと自分を見てくれていたというのに。

「・・・・すまないな、こんな情けないマスターで」

そういう俺は、やはり彼女の背中に腕を回すことができずにいて。

「情けないマスターでもいいんです。どんなマスターでも私は一生お仕えさせていただきます。・・・・それがお父様の願いでもありますので」

きゅ、と更に力を込めて抱きしめられる。
人間特有の温かさは無いが、機械故のひやりとした身体に何故だか安心した。

「これから先、何十年、何百年と時が流れていき、どれだけ周りが変わってしまっても、私は、私だけは何も変わらずにマスターの傍にいます。ずっとマスターに仕えていたいのです。そしてマスターの目的が果たせ、その命を終える時がきたらその手で私を壊してください。これが私の望みなのです。・・・・どうかこの身勝手をお許しください」

先程とは打って変わって弱弱しく告げる彼女に、何とも形容し難い感情が湧き上がってきた。
一体何の感情か分からない。
きっと100年前のあの日、時が止まったあの時に忘れて置いてきてしまったのだろう。まあいい、時間は腐るほど有り余っているのだからゆっくりと思いだしていけばいいのだ。

そんなことを考えながら、小さく「ああ、」とだけ返した。

彼女の背に腕を回せないまま。


(つめたい彼女のあたたかさ)

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