▼ 優しい約束をしましょう
高校に入学して、悪友とももう一つの家族とも呼べるいい仲間に出会えて。鉄華団と名付けたそのチームが大切で大切で仕方がない。
その中でも幼い時から現在まで片時も離れることはなかった相棒の姿を探し、ある場所へ向かっていた、その途中。
すみません、という声がして自分に掛けられたものかと足を止めて振り返れば、書類の束を持った一つ上の学年の女子生徒が立っていた。
「アンタ‥‥生徒会の、」
「二年書記のナマエ・ナナシノです。貴方はオルガ・イツカさんで間違いないですよね」
「‥‥はい」
この人は確か鉄華団にちょくちょく顔を出す金髪の生徒会長とは違い、俺たちを目の敵にしている生徒会副会長の隣によく控えている人物だったはず。そんな人が俺に何の用だ?まさか難癖をつけに来たのでは、と思わず険しい顔になったのが自分でもわかった。およそ“先輩”に対する態度ではないが致し方無い。
一方ナナシノ先輩はそんな俺の様子を気にする様子もなく、淡々と用件を済ませようとしている。紙の束から数枚取り出すと、それらを受け取るように促された。
「会長から、“団長”の貴方へと」
「‥‥‥そうかい、手間を取らせて悪かったな」
「いいえ、丁度良かったので」
「なんだ?」
「三日月くんを探していまして。どこにいらっしゃるかご存じでは無いですか?」
「ミカになんか用なのか」
「園芸部の書類を渡したいのですが、教室を訪ねても空振りだったので」
「‥‥俺も今からミカんとこ行くんだ。多分、畑にいるだろ。一緒に行くか?」
「助かります。やはり貴方を先に探して正解でした」
俺の隣に並んで歩き出したナナシノ先輩の言葉が引っかかり、首を傾げた。どういう事かと問えば、シノくんが、と返される。
「シノ?」
「ええ、教室で三日月くんを探すならオルガ・イツカさんに会えばすぐ分かると教えてくれました」
なるほど、と独り言ちる。シノの性格を考えて、幾らいけ好かない生徒会役員相手でも女(しかも整った容姿)ならばスラスラと聞いていないことまで教えていそうだ。ユージン辺りも漏れなくそうだろう。
でもまあ、この先輩の様子を見る限り、此方を目の敵にしているわけでもなさそうだし、寧ろ下手に出られている感覚があるし。
何よりもミカの名前が何処か親しげな雰囲気で紡がれている点をみるに、嫌なヤツでは無いと判断出来た。
「ミカやシノは君付けなんだな」
「ああ‥‥はい。他の団員の方も何人かそう呼ばせてもらっています」
「いつの間に仲良くなってんだ?」
「大体は会長のお気に入り
「‥‥へぇ‥。なあ、俺のこともそう呼んでくれて構わないぜ」
「‥‥オルガくん、ですか?」
「おう」
少し擽ったいその呼び方に答える。
ああ、余りこんな風に呼ばれたことはないな。そう考えた時ナナシノ先輩が何処か遠くを見つめてポツリと何かを呟いた。上手く聞き取れなかったそれを聞こうとしたら、ぱっと話を逸らされてしまった。
「オルガくんの言う通りでしたね」
「‥‥あ?‥‥ああ」
ミカ、
するりと無意識に口から出たその声に、しゃがんでいた小さな背中が反応した。
「オルガ‥‥‥‥と、ナマエ?」
いつの間にか辿り着いていた園芸部の管理する畑に、やはり思っていた通り相棒がいた。
土の付いた軍手を外しながらとてとてと駆け寄って来たミカに挨拶をしたナナシノ先輩は、俺の時と同じように書類の束から数枚抜き取るとミカに差し出す。
こてりと頭を傾けたミカがそれを受け取った。
「チョコのかいちょーから?」
「はい。園芸部の部費に関するものです。外部顧問の桜先生にも目を通してもらうよう、お願いしますね」
「じゃあ、アトラたちにも見せた方が良いね」
「そうですね、皆さんで把握をしておいてください」
「ん。‥‥ところで、オルガとナマエが一緒にいるの、初めて見た」
以外、と物語っている視線にナナシノ先輩と目を合わせてから苦笑した。
「変か?」
「ううん‥‥ナマエは“敵だったけど”煩くない奴だから。ナマエ、いい奴だよ」
「なんだそれ」
「三日月くん、それ以上はダメですよ」
「解ってる。オルガは今も昔もオルガのまま。それでいいんだ、それ以上はいらない」
頭を撫でる彼女の手をおとなしく受け入れているミカに驚きつつ、首を傾げる。
例えばミカだったり、例えばビスケットだったり、例えばヤマギだったり。
他にも鉄華団の何人かが、今のように時折不思議なことを言うのだ。しかし、一度もその真意を教えてもらったことはない。
蚊帳の外に出されているようで、しかしとても優しい瞳で見つめられるのでなんだか落ち着かなくなる、というのが現状だった。
口を出すことができず、ただぼんやりとミカとナナシノ先輩を見ていたその時。
びゅう、とひとつ、強い風が吹いた。
思わず目を瞑って、それを全身に受ける。次に目を開いた時に映ったのは、慌てて手に持っていた紙を抑えたであろうナナシノ先輩の姿だった。
「ナマエ、髪の毛ボサボサだよ」
「はぁ‥‥それにしても驚きました」
少し照れ臭そうにしながら片手で髪を整え始めたナナシノ先輩に、この人も女らしい仕草をするんだなぁ‥と少々失礼なことを思いつつ。先程の風のせいで着いたのだろう、彼女の髪に絡まった木の葉に手を伸ばした。
葉っぱがついてますよ、と声を出そうとした時だった。
「貴様ら、何をしているッ!」
酷く焦ったような、同時に、強い怒りを含んだような声が木霊したのは。
×××
放課後、剣道場が点検の為今日は部活が休みだったので、いつもより早く生徒会室に向かう。
出迎えてくれたのは生徒会長のファリド先輩みで、ボードウィン先輩は進路相談があり、ナナシノ先輩は書類を渡す為に各部活を回っている、ということだった。
手伝ってやってくれないか、とのお言葉に快く頷くと、早々に生徒会室を後にした。
道行く生徒たちにナナシノ先輩の行方を尋ねつつ、後を追う。しかし、一年生の階で見たという話を最後に、彼女を見失ってしまった。
あの人が何処にもいない。
凄まじい寒気が背筋を走った。
俺は昔から、如何してかは分からないが、“誰かがいなくなる”ということに過剰な程の恐怖を覚えるのだ。
この狭い校地の中だ、と自分に言い聞かせて深呼吸を一つする。
校舎の中は大体見回ったのだ、もしかしたら体育館の方に行ったのかもしれない。そう考えて、一階の今いる場所から体育館に進路を決めて歩き始めた時、微かに探し人の声が聞こえた。
きょろりと辺りを見回した時、窓の向こうに信じ難い光景があった。
「貴様ら、何をしているッ!」
考えるよりも先に声が出た。
驚いたようにその手を止めた男子生徒は、ボードウィン先輩と共に取締りを強化している不良集団の団長を名乗っている人間だ。
窓から飛び出して、ナナシノ先輩と男子生徒の間に割って入る。その時にちらりと見たナナシノ先輩の乱れた髪と仄かに赤く染まっている頬に、恐らく何かされたのだと合点した。
「ナナシノ先輩、お怪我は!?」
「‥‥あ、アイン?如何してここに、」
「お怪我は!?」
「無い、です、けど‥‥?」
ぽかんとした表情のナナシノ先輩にほっとする。本当に良かった。
一安心して男子生徒二名に向き直れば、うんざりしたような視線を向けてきている背の低い奴が口を開く。
「‥‥またお前か」
「どういう意味だ」
「‥‥‥、べつに。俺たちナマエには何もしてないよ。部活の紙貰ってただけ」
じゃあ、作業に戻るから。
もう一人を連れ、気だるげな様子でそいつは園芸部倉庫の方へ歩いて行った。
あいつ、今ナナシノ先輩のことを名前で、しかも呼び捨てに。態度のなっていない失礼極まりない人間だ。遠くなる二人の背中を、キッと睨み付ける。
「‥‥アイン‥?」
どうしたのかと言った表情でこちらを見上げてくるナナシノ先輩に、表情を緩めて対応する。生徒会長から先輩を手伝うように言われて探していたこと、評判の悪い生徒たちといた事に驚いて飛び出してきたことを伝えた。
「‥‥ああ、それでアインは上履きのままなんですね」
「‥‥あ、えと、一刻を争っていたので‥‥。いえ、そうではなく!」
「?」
「危険です!お一人で不良生徒と関わるなど!」
「彼らは危険人物ではありませんよ?‥‥確かに、問題行動も見受けられますが」
「ナナシノ先輩は自衛意識を強化したほうがよろしいかと。今回は何事もありませんでしたが、いつ奴らのいざこざに巻き込まれるか分かりません」
「‥‥、そうですね」
不服そうな声色の返事に、思わずナナシノ先輩の肩を掴む。俺のこの気持ちはあまり彼女に伝わっていないようで、少し悲しかった。
「俺がどれ程、心配したか‥‥!」
初めてボードウィン先輩やナナシノ先輩を見た入学式。あの時感じた感情は、先輩方と同じ時を過ごす中で更に大きく膨らんでいる。漠然としていたものが、お二人の人となりに触れることで確固たるものへと変わっていったのだ。
護りたい。
共にいたい。
愛おしい。
それはもう、狂おしい程に。
「貴女に何かあれば俺は‥‥ッ」
ギリギリとナナシノ先輩の肩に置いた手に力が入る。抑えようとしても抑えられない不安と恐怖。どうすればいいのか、自分にも分からない。
「アイン」
大丈夫ですよ、と少しひんやりとしたものが頬に触れた。それがナナシノ先輩の手だと分かった時、ぴたりとすべてが止まる。
「“ここ”には貴方から何かを奪うモノは在りません」
貴方が私を、私達を想うように、私達も貴方を想っています。それでも貴方が恐怖を抱くのならば、私達はそれが消え去るまで共に在りましょう。
じわりじわりと御言葉が身に染みてくる。気が付けば涙が頬を伝っていた。
「アイン、」
また、泣いてしまった。
この人の前ではどうにも弱くなってしまう。強くありたいのに、この人はどんな俺でも優しく温かく包み込んでくれるから、弱さが出てきてしまうのだ。
「ナナシノ先輩‥‥っ」
「約束をしましょう」
ナナシノ先輩の指が俺の涙を掬う。吸い込まれるような真っ直ぐな瞳と視線を合わせて、こくりと頷いた。
「私も、“置いて行かれる”という事がどれだけ辛く、悲しいことか痛いほど分かっています。‥‥だから、何も言わずに貴方の元から去ることはありません」
「‥‥はい」
「だからアインも、私を一人にしないでくださいね」
「‥‥っはい!」
今度は約束を破らないでくださいね、とどこか哀しそうに笑んだナナシノ先輩。その言葉に少し疑問符を浮かべたが、心が落ち着いてきたおかげで今の状況をはっきりと認識した。
近い、のだ。
俺がナナシノ先輩の肩に手を置いているというだけでなく、ナナシノ先輩が俺の頬に手をあてている。
そのせいで体だけでなく、顔の距離も近い。今までの人生でこんなにも異性、しかも大切な人と距離を詰める事がなかったので、慌てて距離をとった。
ああ、これは顔が真っ赤になっている。
急激に感じた熱にどこか客観的に考えながら、またしても弱い、というか格好悪いところを見せてしまったと恥ずかしくなる。余計に熱が集まり、これでは負の連鎖だ。
突然一人で騒ぎ出した俺に、きょとんとした顔で立っていたナナシノ先輩。聡い彼女はなぜ俺がこのような状態になっているか理解したようで、くすりと微笑まれた。
「アインは可愛らしいですねぇ」
「‥‥‥‥ナナシノ先輩は、とても大人びていらっしゃいます」
むす、と少し口を尖らせて返答をする。
目の前のその人は、とても楽しそうに笑っていた。
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きよ様より、『アイン×連載主』でした!
鉄華団と仲良くしている連載主が絡まれていると勘違いし、飛び出していくアイン。最後に良い雰囲気に。ということで‥‥い、いかがでしょうか!?
個人的にですが、この二人は『くっつきそうでくっつかない』『周りからは付き合っているようにみえる』というような関係性が美味しいと思っているので、このような形となりました。
ご感想を有難うございました!嬉しくて舞い上がりました(笑)
お持ち帰りはきよ様のみです!
この度は企画参加ありがとうございました!
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