悪夢
「ぬぉぉぉおおお‥‥‥」
ばふんっ、と勢い良くリビングに設置しているソファーベッドへ飛び込んだ。
クッションを抱きしめて、のたうち回る。
疲れた。
怠い。
腹の中でぐるぐる、ごろごろと嫌なものが溜まっている。
「こりゃ、後で吐くな‥‥‥」
少し長時間外出をしていなかっただけでコレだ。克服を知らない己の身体がほとほと嫌になる、と不満をクッションにぶつけた。
やはり買い物はネットやコンビニに限る。おしゃべり好きのおばさんたちがうじゃうじゃと生息するショッピングモールなんて無くなってしまえ。だがしかし、色々な店が集結しているという利点があるので、完全に否定できないのが誠に悔しい。
大きく深呼吸。
己を取り巻く怠さを吐き出すように。
大丈夫、大丈夫。
俺はまだ、しぶとく生きている。
×××
帰路の途中で寝てしまったリヴァイは、まだ目を覚まさない。マンションに着いた際に軽く声をかけても、抱き上げても全く起きる気配を見せないので、昨日の警戒心は何処に落としてきたんだ、と呆れながら俺のベッドへ運んだのだ。
あのちびっ子が寝ていたおかげで山のような買い物荷物はたった一人で運んだ。たった一人で。
暫くは働かんぞ、俺は。
朝飲んだコーヒーと胃液を吐き出して、幾分かスッキリした気分で窓から外を見る。家に帰った時点で正午を過ぎていたので、昼飯の時間はとっくにすぎてしまっている。
酸っぱさが残る口内を洗い流して、のそのそと寝室へ向かう。そろそろリヴァイを起こさなければ、彼は夜に眠れなくなるだろう。
これは決してリヴァイの規則正しい生活リズムの為ではない。俺の為だ。
夜間にちょろちょろ動き回られると鬱陶しいものがある。
そーっと扉を開くと小さな呻き声。
「‥‥リヴァイ?」
う、あ、と小さく、だが確かに聞こえる声はリヴァイから発されており、紅葉のような手は強く布団を握り締めている。
ゆっくりと近付いて様子を見る。
うっすらと汗もかいており、少し前から魘されていたようだった。
その姿はまるで───‥‥‥
「っぁ、‥‥」
ビキッ、と頭に電気の様なものが走る。
“ここから出たい、見たくない”。
そう思う心と反してカタカタと震える右手はリヴァイの手に重ねられていた。
口が、勝手に動く。
「‥‥‥どうした、リヴァイ」
「‥‥ぃ、やだ、やめろ‥‥‥っ」
「ここにお前を怖がらせるモノは何も無いよ」
「ぅ‥‥あ、ぁ‥‥」
「大丈夫だ、リヴァイ」
───“大丈夫だよ、弥刀”
あの人の声が頭の中に反響した。
「俺、は‥‥‥‥」
次第に呼吸が落ち着いたリヴァイは、やはり起きない。
「(起こすタイミングを逃した気がしてならない‥‥‥)」
重ねていた手はいつの間にか握られていた。
別に解いても良かったのだが、安心したように眠る顔を見るとそのような気も起きず。
これで晩飯先延ばしは決定だ。
幸い、リヴァイは「メシが遅い」とキレる雰囲気ではないのでいいだろう。小言は言われるかもしれないが。
「‥‥早く起きろよ‥‥」
何処の眠り姫かっての。
ベッドに腰掛け、小さな手を握り返して愚痴る。
聴こえていたのか、偶々なのか、リヴァイがむぅ、と眉を顰めた。
忌々しい震えは消えていた。
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