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  get over 3


カンカン照りの太陽の光も、森の中へ入ればきれいな景色を作るための一部になる。

そんなことを考えられるようになったのは、彼らと旅をしてからだ。
あれからというもの、私は彼ら−三蔵一行と共に旅をしている。
彼らといるとチェリーのことで涙を流す時間が減っていき、生きていて楽しいと思えることが増えた。
安くて素朴な料理がおいしいと感じたのはいつぶりだろうか。木々の葉を通した光がこんなに美しいと思えたことは今まであっただろうか。
彼らとの日々は本当に新鮮で、楽しい。

「なぁ〜腹減った!」

スパーン!

「うるせえ!何回目だこのバカ猿!!」

「だって全然街にたどり着かねぇじゃんかよー!!」

こんなやり取りにももう慣れた。騒ぎつつもなんだかんだ悟空に甘い三蔵に微笑ましさを覚え、頬が緩む。

「こっち来ねぇとお前も巻き込まれんぞ?」

そう言って私の肩に腕を回し、グイッと自分の方へ引き寄せたのは、言うまでもなく悟浄だ。

「わっ。ちょ、ちょっと悟浄・・・!」

この悟浄のスキンシップにはいつまでたっても慣れない。というか、日に日に距離が近くなっている気がする。

この前だって、宿の部屋が空いてないからと私と相部屋になろうとしてきたり(結局は八戒と一緒だったけど)、街に繰り出せば肩に腕を回して恋人かのように振舞ったり。髪の毛や顔を触られて甘い言葉を囁かれるのなんて今じゃ日常茶飯事だ。
私が以前のように戻ることができたのは悟浄のおかげでもあるから、強く出ることができないのも事実で、きっと悟浄はそれを分かった上でこんなことをしているのだろう。

そんなことを考えていると、さっきまで肩にあったはずの手がいつの間にか腰に回されている。
対角線で騒ぎ合っている悟空と三蔵から距離を取ると言ったって、さすがにそこまで離れなくても大丈夫だと思う。私の身体は悟浄に密着している状態だ。離れようと悟浄の身体をさり気なく押すが、全然離れられない。少し力を込めて押すも、反対に力を込められる。
さすがに文句を言おうと悟浄を見上げれば、

「ん?なぁに?」

と見下ろされ、至近距離で目が合った。
あまりの近さに一瞬息が止まる。そして、近い距離がさらに縮められて私は思わず、きゅっと目を瞑った。

スパーン!!!

「いっ!?ってぇ!!何してくれんだよ!?」

隣で鳴った音にびっくりして目を開けると、悟浄が頭を抱えていた。どうやら三蔵にハリセンで叩かれたらしい。悟空のときよりも大きい音がしたので、相当な力を込めていたのだろう。

「フン。ゴキブリの始末だ。」

そういうと三蔵はハリセンを持って再びこちらを向いた。

スパン

「いたっ」

今度は私が叩かれた。叩かれたと言っても軽くだけれど。
何故私まで、と三蔵を見ると、もう彼はすでに前方を向いていて、ハリセンは持っていなかった。

「てめぇも嫌なら嫌だとはっきり言え。」

ぶっきらぼうではあるけれど、心配してくれる彼の優しさもこうして垣間見えるようになった。悟浄には、自分の気持ちをもう少しはっきりと言えるようになろう。


日が少し傾き始めた頃、私たちはようやく目的の街にたどり着いた。少し大きい街で飲食店も宿泊施設も充実している。ここに数日滞在して休息をとることになった。
晩御飯までまだ時間があったので、街を散策することにした。こういう場合、大抵三蔵は一人で行動したがるけど、お腹が空いている悟空が隣に引っ付いて、何か買ってもらおうとする。そして残った八戒、悟浄、私の3人で買い物をする。
今回もそんな感じで、うっとおしそうにする三蔵をよそに、悟空はあれが食べたいだの、これを買ってほしいだのと、おねだりしながら雑踏の中に紛れていった。
残された私たちはいつものように3人で街へ繰り出した。

だんだん西へ行っていることもあり、街によってその街の雰囲気だったり売っているものだったりが違う。この街もそうだ。目新しいものも多く、心が少し踊った。

「ちょっとあっちの方見に行ってきてもいい?」

そう2人に言うと、快く承諾してくれた。

「気ぃ付けろよー」

手をひらひらと振る悟浄の姿を後ろに人混みの中へ進んだ。
色鮮やかなフルーツの匂いを嗅いだり、輝くアクセサリーを見たり。そんなことがこんなにも楽しいとは思いもしなかった。
みんなと旅をして良かった。
そう思って歩いていると、ふいに声をかけられた。

「ねぇ、君この街の人?」

目の前に立つその人物は、白い服を着て、赤い数珠を纏っていた。金色に輝く髪を肩まで伸ばしていて、額には赤いほくろがある。それはまるで、三蔵法師のような姿。

「え?いや、私は旅の者で・・・」

不思議な雰囲気の彼に自然と身体が強張る。なんとなくではあるけれど、近づいてはいけない気がした。
そんな私の考えも知らず、目の前の長髪の男は話しかけ続ける。

「そっかぁ。さっき近くの森で傷ついた猫を見付けてどうしようかと思っていたんだけど、この街の人じゃないならダメだね。他を当たるかぁ。」

「えっ猫・・・?」

猫と聞いて咄嗟に言葉が口をついて出てしまった。つい反応してしまったと我に返ったときには遅かったようで、彼は私の方を見ていた。

「気になるなら、ついてくる?」



話をしている感じでは、そんなに悪い人ではないように感じたが、どこか違和感がある。
一歩後ろをついて歩くが、どんどん森の奥へと入っていくことに不安を覚えた。

「あの、どこまで行くんですか?」

「もうすぐだよ」

5分前にも同じ言葉を言っていた。
やっぱりこの男、どこか怪しい。猫は気がかりだけれど、みんなを呼んでからもう一度来るべきだ。
そう思って足を止めた。すると、彼もすぐに足を止めた。

「ん?どうしたの?」

振り返った彼の顔色は一切変わることなく、私に問いただす。弧を描いた唇が今はただ不気味で仕方がない。

「・・・私、戻ります。仲間を連れてから来ます」

それだけ言って踵を返し、彼に背を向けた。はずだった。

「え・・・?」

何故か私の目の前には、今さっき背を向けたはずの男がいた。

「猫はどうするの?また、見殺しにするの?」

「は・・・?何言って・・・」

まるで私が今まで猫を見殺しにしたことがあるような口ぶり。
彼は穏やかな表情のまま続ける。

「だって、君、猫を飼っていたでしょ?黒い猫。」

思わず目を見開いた。なんで、さっき知り合ったばかりの人がそんなことを知っているんだ。

「ふふっ面白いくらい表情に出るんだね。なんで知ってるかって?それは、僕がカミサマだからかな」

「カミサマ・・・?」

自分のことを神だと言うなんて、正気ではない。相手をするだけ時間の無駄。一刻も早くこの場から立ち去ろう。
街の方向は記憶しているので、そちらの方に歩を進めた。
今度はカミサマは目の前に移動してこなかった。安心して数歩進んだところで、上から声が降ってきた。

「それにしても、最期はかわいそうだったね。」

見上げると、彼は木の枝に座っていたが、すぐに目の前に降りてきた。

「最期って・・・」

「そ、君の黒い猫チャンのことだよ。なんでずーっと傍にいてあげなかったのさ。」
「適当に返事を打つだけで、気付いた時にはもう死ぬ直前。」
「あんなに君のことを呼んでいたのにね。」
「そんな君のことを、猫チャンはどう思ってるんだろうね?」

どうしてチェリーの最期を知っているの?どうして、私が最期、一緒にいてあげられなかったことまで?
カミサマの言葉はまるで私とチェリーの最期をその場で見ていたかのようだった。
俯いた私の頭の中で流れる映像は、あの日のこと。
鳴いているチェリーの声が聞こえる。

「かわいそうな猫チャン。」

その言葉にハッとして顔をあげると、カミサマは姿を消していた。辺りは暗闇で、でも、目の前にいるものには光が当てられていて、その正体が分かった私は、目を見開いた。

「うそ・・・チェリー・・・?」

あのときの、苦しそうに弱々しく、しかし何かを訴えるように鳴いているチェリーがそこにいた。

「チェリー!」

助けようと手を伸ばしたが、届かない。傍まで行こうと走っても、どんどん離れていく。

「待って!チェリー!置いて行かないで!!」


「・・・サ・・・ミサ!!」

バッと目を開けると、視界に入ったのは、悟浄だった。
何故か私の右腕が白い天井に向かって伸びていて、悟浄が手首を持っている。

「ミサ・・・大丈夫か?」

安心した表情で悟浄は手を放し、解放された右腕を額まで持ってきて初めて自分がとてつもなく汗をかいていることに気付いた。
背中にかいた汗の感覚が気持ち悪くて、身体を起こす。
ここはどうやら、宿の部屋のようだ。
悟浄が水を差しだしてくれ、それを飲み干す。思った以上に身体は水分を欲していたようだ。
一息ついた私を見て、悟浄が状況を説明してくれた。

中々戻ってこない私を心配した悟浄と八戒たちは三蔵と悟空の2人と合流して、私を探してくれた。森の方へ男と入って行くのを見ていた人がいたらしく、そのおかげで見つけることができたらしい。
4人が来たとき、既に私の意識はなく、カミサマの前に倒れていた。カミサマは私をどこかへ連れていこうとしていたらしいが、4人がそれを阻止してこの宿へ連れて帰ってくれた。

「アイツに何を言われた?」

アイツとは、カミサマのことだろう。シーツをキュッとつかんで

「・・・チェリーのことを責められた。」

と小さく返した。
やっぱりか、と同じくらい小さな声で悟浄が答える。

「え・・・?」

悟浄の顔を見ると、悟浄も私の方を見た。でも、すぐに目をそらして、シーツを小さくつかんだ手を見ながら続けた。

「寝てるとき、ずっとうなされてたんだよ。チェリーの名前も呼んでたしな。・・・それに、『置いて行かないで』って。」

カミサマに言われた言葉が脳裏に浮かんで、視界がぼやけた。

「チェリーは、私を恨んでるかな・・・」

両手でシーツをぎゅっと握りしめる。
強く握りしめられた手を見つめたまま、悟浄は何も言わない。

「鳴いて何かを訴えていたのに、私はそれに答えてあげられなかった・・・。最期だったのに・・・!私、何もしてやれなかった・・・!」

固く握りしめた拳に悟浄のゴツゴツした大きい右手が重なる。悟浄は、包み込んだ手を見ていた。

「本当に、チェリーはお前を恨んでると思うか?」

「え・・・どういう」

悟浄の目と私の目とが交わる。

「あのワケの分からねぇガキが何て言ったかは知らねぇが、チェリーと生きてきたのはお前だ、ミサ。・・・どう思う?」

チェリーと一緒に生きてきた記憶を思い出す。
いつも一緒にいて、喧嘩をすることもなく、仲良く遊んだり寝たり・・・たくさんの時を過ごしてきた。私もチェリーも笑ってた。
そういえば、最期のチェリーの表情・・・思い出した時、自然と涙が流れていた。

「最期、チェリーは幸せそうな顔をしてた・・・」

悟浄は少し口角を上げた。

「私は、チェリーといてすごく、すごく幸せだった・・・チェリーもそう感じてくれてるよね?」

「お前の気持ちは伝わってる。絶対にな。それに・・・こーんな可愛いコから愛されて幸せに感じないヤツ、いるワケないじゃん?」

そう言って空いている左手で私の頭を優しく引き寄せた。
真面目に慰めてくれているかと思いきや、いつものお調子者の悟浄に戻ってしまった。

「もう、悟浄!」

左手で軽く身体を叩くが、重ねられた手の温かさやいつもの調子に戻ってしんみりとした空気をはねのけてくれる悟浄の優しさを感じて、涙と共に笑みがこぼれた。
あのカミサマとかいう奴に言われた言葉は、正直ショックだったけど、きっとそれはチェリーの本心じゃない。だって、一緒に生きた私がそう思うんだから。そう思わせてくれた悟浄に、私は小さくお礼を言った。



心もすっきり晴れ、次の目的地への準備をするために私はみんなと街へと繰り出した。
広場を通ると、若い男性や女性が声をかけてきた。

「あの、すみません。私たち、動物保護のボランティアなんですけど・・・」

話を聞くところによると、彼らは動物保護のボランティア団体らしく、今日は子猫の名付け親を募集していた。
かごの中にはたくさんの子猫がいる。

「うっわー!可愛いー!これ全部つけていいの!?」

悟空が目をキラキラ輝かせながら子猫を見る。

「じゃあ、お前は茶色いからからあげな!そんで、こっちは白いから白米!その隣のお前は、毛がふわふわしてるから、わたあめ!んで、こっちは」

スパーン!!

「いてっ!!」

「なに食い物の名前つけてんだ。このバカが!」

「そうですよ悟空。名付けは、遊びではないんですからね。」

適当にあれこれと名前を付けた悟空は、三蔵にハリセンで叩かれ、八戒にも叱られた。
保護団体の方に頭を下げ、名付けは断ろうとしたとき、ふとある子猫が目に留まった。
黒色で少し尻尾がくねっとしている。
その子を手に取ってみた。まだ片手に乗るサイズの子だ。
姿かたちもそうだが、表情もどこかチェリーに似ていた。

「あの、この子の名前、決めていいですか?」

ボランティアの人は嬉しそうに頷く。
猫を見てこの名前を呼ぶのはいつぶりだろう。

「チェリー」

子猫を見てそう呼ぶと、

「ミャー」

と返事をするかのように鳴いた。



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