……はあ。
がっくり肩を落として、自転車を押しながら歩き出す。
ロビンは自転車を挟んで反対側に。
私はロビンに隣を歩いてほしいし、きっとロビンも成り行きで今の位置になっちゃってるけど、本当はこっちに来たいはず。
だけど、今日に限らず、こういうときにロビンから進んで行動を起こすことは滅多にない。プライドとかじゃなくて、単に恥ずかしいだけみたいだけど。
だから相手を積極的に誘うのは基本的に私の役割だし、ロビンもそれを待ってる。このことは、いわばお互いの暗黙の了解みたいなもの。
「……あ、カバン載せれば?」
「いいの? ありがとう」
でも今日は声をかけてあげない。
何もロビンに服装とか許可証とかを注意されたことにいらいらしてるとか、そんなんじゃない。
というかこれは私たちの間では日常茶飯事で、むかつくどころかそんなに私のこと見てんのね、かわいいやつめってにやにやしちゃう。
それでも、今回ばかりはちょっとぐらい怒らせてほしい。
だって、だってさ。
高校生、学校からの帰り道。夕焼けの中、自転車に二人乗り。
きっと後ろに座ったロビンは「大丈夫?」とか「重くない?」とかめちゃくちゃ気を遣うの。
それで、最初はサドルの下のあたりを掴んでるんだけど、ちょっと揺れた拍子にびっくりして、つい私の腰を掴んじゃうのよ。
すかさず私がその手を外させないように左手でおさえて片手運転をし始めると、ロビンのことだから「危ないから両手でハンドルを持って」って言うはず。そしたら私はこう返すの、「私が離しても、このまま掴まっててくれる?」って。
きっとロビンは躊躇いがちに頷いてくれて、でもその顔は真っ赤なんだろうな。
運転してる私からは見えないけど、もし見えてたとしても「夕日のせいよ」なんて散々使い古されたようなセリフ言っちゃうに決まってる。そこがまたかわいくて……はあ。
「──ナミちゃん、ナミちゃんってば」
「へっ? あ、えっ?」
やばいやばい、妄想が暴走してたわ。
でもとにかく、それだけ期待してたのよ。私のうきうきを返せこのやろう。
「もしかして、聞いてなかったの?」
「ごめん、なんだっけ?」
「……いいわ、もう」
ロビンはそっけなくそう言うと、ふいっと視線を前に戻した。
まずったかな。
「ロビン、ごめんね」
「もういいったら。気にしないで」
素直に謝ったのに、ロビンはこっちを向いてもくれない。
しばらくじっとその横顔を見ながら歩いてたけど、諦めて前を向き直した。
なーんか腑に落ちない。
まあ雰囲気や口調から、純粋に怒ってるのとは微妙に違うことはわかる。そもそもロビンはこんな些細なことに目くじら立てるタイプでも、ましてやそれを根に持つタイプでもないし。
ちらっとロビンを見る。
「あっ」
「あ……」
目が合った。ロビンもこっちを見てた。
それも、私と違って結構ずっと見続けてた感じ。さっき私が前を向いた直後からだろうか。
さっと俯かれてしまったから、その間1秒もなかったと思うけど。
「……ナミちゃん」
「な、なに?」
「ナミちゃん、さっき……私が言ったこと、聞いてなかったでしょう」
えっそこに戻っちゃうの?
ごめんって言ってんじゃん、もー。そんなふうには言わないけど。
「うん、ごめん」
「いいの、謝らないで」
じゃあどうしろって……うーん。
ひたすらロビンを観察しながら、歩く、歩く。西日のほうを向くことにもなるから、正直眩しいっちゃ眩しい。
っと、赤信号か。
私の位置より、少し後ろで立ち止まったロビン。さりげなーく後ずさって、引き続き横から窺い見る。
けれどロビンは相変わらず俯きがちで、その上髪が流れて顔にかかってるから高い鼻くらいしかまともに見えない。
「……ごめんなさい、ナミちゃん」
そんなロビンが唐突に口を開いたと思ったら、なぜか今度は私が謝られた。
「えっ、いや、なんで?」
わりと本気で、突然の展開に理解がついていかない。今度こそ一言一句聞き逃さないように、体ごと自転車の向こうのロビンに向き直る。
いつの間にか信号が青になってたけど、今はそれどころじゃない。私はただじっとロビンの言葉を待った。
「私が自分勝手だったの。ごめんなさい」
「え、っと……それ、さっきまでの話で合ってるわよね?」
まずは話を整理しようと思ってそう尋ねると、ロビンはこくりと頷いた。それからまた少し沈黙した後、やっとこっちを向いてくれたんだけど。
「さっき、ナミちゃんが聞いてなかった時ね」
「うん」
「……私、その、」
やっぱりまだ、どうにも歯切れが悪いロビン。
せめて表情がわかればいいのに、私のほうからだとちょうどロビンが夕日を背負っているせいで、せっかく顔を上げてくれても逆光でよく見えないのだ。
ていうか……いっか、もう。
「ロビン、こっちきてよ。私の隣」
もはや2ケツの件とか、そんなのどうでもよくなっちゃったし。
そう思って声をかけて手首のあたりをぐいと掴んで引き寄せると、ロビンはびくんと肩を揺らした。
「嫌?」
この問いには、即座に首を横に振ったロビン。私に引っ張られるまま、後輪のほうを回ってすぐ傍へ。
うん、今度はロビンの顔がよく見える……って、顔、赤くない? これ。夕日じゃなくて。
そっちに気を取られて、それまで片手でも余裕で支えてられた自転車のバランスが崩れそうになった。慌ててロビンの手を離し、それを食い止める。
こっちからは急かさずロビンが自分のペースで喋りだすのを待とうと思ってたのに、こんな表情を見せられたら私は黙っていられない。
「ロビン?」
「……あの時ね、私、そっちに行ってもいい? って、言ったの」
「あ、なんだ、そうだったの……えっ!?」
うそっ。
ロビンが? ロビンから?
私のあまりのオーバーリアクションに、ロビンは少し視線を逸らして訥々と続けた。
「ナミちゃんがっかりしてたから……でも、二人乗りはだめだし、たまには私から言ってみるのもいいかと思って」
「うん……」
最悪だわ。私は頭を抱えたくなった。なんでこんな大事なことを聞き逃してたんだろう。妄想なんかより、現実のロビンがそんな嬉しいこと言ってくれちゃってたっていうのに。
「それなのに、いざ言ってみたらナミちゃん聞いてなかったんだもの。わざとじゃないのはわかるけれど、むっとしてしまって……拗ねてたの」
勝手よね、とロビンは申し訳なさそうに笑った。
「ううん、そんなことない」
私はぶんぶん首を振って否定する。
だって、きっとロビンにはすごく勇気の要ることだったに違いないから。あの怒ってるのとは違うそっけなさは、照れ隠しだったんだ。真っ赤に染め上げられた頬が全てを語ってるもの。
「もしかして、さっき一度目が合った時にもう一回言おうとしてくれてた、とか?」
そういえば、と思い浮かんだことを尋ねてみると、ロビンはちらっと私を見てからまた目を伏せて頷いた。
「その時はまさか目が合うとは思っていなくて、心の準備ができていなかったから、言えなかったけれど」
「そっか」
「ええ。……でもね、」
「うん」
「……うちに着くまでには、仲直りしておきたかったから」
そう言ってはにかんで浮かべる笑顔は、なんだか夕日に溶けてしまいそうに眩しかった。
前髪を梳くように弄ってる手を取って引き寄せ、ぎゅっと繋ぐ。知ってるわよ、それ、どきどきしてるときの癖でしょ。すごく好きだけど、今はこうしててよね。
「よし、帰ろっか」
「そうね。あ、でもこのままで? 自転車、片手で押して歩ける?」
「だーいじょうぶよ! 帰宅部のあんたと違って、私この時間はいつも部活で鍛えてんだから」
へへんと胸を張ってロビンの手を引き歩き出す。
普段から人気の多くない道だからか、ロビンも振りほどくことなく素直について来てくれる。
二人乗りも名残惜しいけど、うん、これはこれでいいかも。
「ナミちゃん」
私を呼ぶ、弾むようなロビンの声。ロビンも浮かれてるのかな。
それから、一歩踏み出して近づいてくる顔。
あ、また赤い。またというより、まだ?
って、えっ、や、ちょっと。
「……ん」
「!」
こんなところで、あんな真面目なロビンからの不意打ちに、心臓が飛び跳ねた。
やば、なんだか一気に顔が熱くなる。
「ナミちゃん、照れてるの?」
「……あんたこそ顔真っ赤だけど」
「私は……これは、夕日のせいよ……」
さらっとキスして、からかうようなことまで言ってくれたわりには、私が反撃に出るとあっけなく狼狽えたロビン。
そして、あのセリフ。まさかこんな成り行きで飛び出すことになるとは思っていなかった。
嬉しいのと少しおかしいのとで吹き出すと、ロビンは反対にちょっとつまらなそうな顔をした。これもからかってるって思われちゃったのかもしれない。
まあいいわ。その眉間、緩ませてあげる。
私はさらっとなんて済ませないから、その紅潮の新しい言い訳でも考えてたらいいんじゃないかな。そんな余裕があればの話だけどね?
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